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ミザール星人の憂鬱

32.9度。

このご時世ゆえ、職場のビルに入るには、検温を突破せねばならぬ。
体温が37.5度を超えた人が来ると、「千と千尋の神隠し」に出てくるオクサレ様よろしく、丁重にお帰りいただく算段だ。

32.9度。今朝の私の体温。

体温が高いとオクサレ様になるのだが、低いと特に何もないらしい。
あっさりと入館できてしまった。

……本当に、「特に何もない」のか? 
体温32.9度とか、もはやヒトではないのかもしれない。
毎日出社し仕事に励んでいると思っているのは自分だけ。
このビルは、実は人間をミザール星人に作り変える研究所で、私は既に改造されているのではないか。
ミザール星人なら、32.9度はいたって健康、平熱の中の平熱なのかもしれない。だから体温計の故障を疑うこともなく、この警備員たちは私を館内に通すのだ。


ここで大変なことに気づいてしまった。もし私が、自分がヒトから改造されたミザール星人だと自覚したのが、研究所の上層部に露見したら??
消される。間違いなく消される。そしてほかのヒトを改造するための材料にされる。
「見ざる・聞かざる・言わざる」が、自己保身のためにはいっとう大事。何も気づかなかったふりをしよう。


……と妄想を繰り広げている間に、屋上に向かうエレベーターが到着した。

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