見出し画像

みかん剥くのむちゃくちゃ上手いいぬ

 ビールって時々ゲロの味がするよね。特にちょっとおいしいやつだと。飲み過ぎて、舌が意地悪くなったわたし。いぬちゃんは相変わらずみかんを剥くのが上手で回すようにしてどんどん剥いて、みかんを私の前に置いていく。わたしをそれぱくぱく食べる、いぬはまだまだ剥いていく。

 みかんとビールの相性は、悪い。無茶苦茶悪い。ビールの酸味がかった苦みにみかんの甘酸っぱさは本当に合わない。でも、いぬちゃんが剥いてくれたみかんは年末年始にしか食べられないし、何よりいぬちゃんが剥くと世界一おいしいみかんになる。

「いぬちゃんちょっと飲んでみな」

SAPPORO CLASSIC、北海道限定って書いてるけどここは香川だぞ。いぬちゃんは一口飲んで、なんか梅干しみたいな顔をした。

「どうよ」

子供舌の友達にするみたいな意地悪。

「おいしかった?」

いぬちゃんはスクっと立ち上がり、紙パックのでっかい梅酒を持ってきた。コップには氷だけ。梅酒のオン・ザ・ロック。いぬちゃんはわたしに張り合おうってつもりだ。

いぬちゃんは何も言わず三杯くらい飲んだ。いぬちゃんもついに酒を飲むようになったか。いぬと酒を酌み交わせるようになったのか……なんか親父臭い事思うけど、絶対にいぬの方が年上だけどね。だって少なくとも五千兆年生きてるんでしょ。

私が広島に巣立ってからもう3年経つ。いぬちゃんは出会った時からずっと顔も体も変わってないけど、母さんは生え際の白髪を隠しきれなくなって父さんは雰囲気が小さくなっていた。命が減ってるって感じだ。だからどうしたとも思わない。だって広島に行ったのはできるだけこの人たちに会いたくないからだ。でも広島って詰めが甘かったなと反省する。いぬちゃんには会いたいもんね。

母と父はいつの間にか寝室を別けていて、各々わたしを詰り終えたら部屋に戻っていく。普段はいぬちゃんがこの役を引き受けているのかと思うとぞっとする。まぬけな顔をしているだけに、世知辛さが一層引き立つ。いぬちゃん、穀潰しとか言われたらわたしのとこに来なよ。子は夫婦の鎹っていうけれど、嫌な立場だよなあ、ほんと。まあ、ここまではわたしの妄想だよ。

二人ともトイレを共有するだけの人になっちゃったんだ。

涅槃顔ってのいまいちわかんなかったけど、たぶんこの顔だろう。梅酒がちょっとずつ効いてきたいぬちゃんは、目を閉じ起きることに全神経を集中させていた。

「起きなよ」

いぬのでっかいおでこを親指ではじく。置きっぱなしの買い物袋から、柿の種を出した。9パック入ってるやつだ。一応の礼儀として大晦日くらいは家族で過ごしたいだろうと思うから、それに応えたつもりでいたけれど、二人とも早々に寝付いてしまった。

いぬちゃんは前足(手?)に柿の種をのせて吸い込んで食べる。キャトルミューティレーションみたいになる柿の種とピーナッツたち。これは笑っていいやつだろうか。いちいち所作がおもしろいのでどうしようもない。笑ってしまった。いぬちゃんはしたり顔になってうれしそうだったから、これは笑ってほしいやつだった。

気が付けば時計の針が12時をまわり、除夜の鐘の最後の一発が、いま響ききった。舌はどんどん軽くなり、次第に何を言っているのかもわからなくなる。何かを熱く語らって、わたしも眠たくなってきた。

「いぬちゃんこっちきな」

「いいよ」

座布団を二つに折って枕にする。いぬちゃんのはソファからクッションを取ってきた。いぬちゃんはわたしの胸元にもそもそ顔を出して、すぐ寝る気でいる。常夜灯の灯りの下で、二次会のつもりなのに。いぬちゃんの前足をもたげて抱きしめる。もしドラえもんを抱きしめたらこんな感じなんだろうな。ほっぺのもこもこを伸ばしたり揉んだりしたりいると、そのうちわたしも眠たくなってきて……






いぬちゃん前作


この記事が参加している募集

応援していただけたらさいわいです。頂いたサポートは交通費や食費、勉強代になります。