短編 バイオリニストと万年筆01
「僕は左利きなんだけど、使っても構わないですか?」
私が差し出した万年筆に伸びかけた手はとても指が長く、縦長の爪はきっちりと切りそろえられていた。
私は、何を問われているのかわからなかった。左利きであることと、私の万年筆を使うことの間にどんな関連性があって、なんの許可を求められているのか結びつかなかった。
「はい?」
と聞き返してしまった。
「あ、気にする人もいるから。いつもと違う使い方すると変わっちゃうからと。あの、書き心地が、っていうのか…」
万年筆にはその人の癖みたいなものが染み付いていて、使えば使うほどその人にとって使い勝手の良いものに育っていくらしい。他人が使うと、いつもと違う癖がついてしまうから、という配慮だったようだ。
「詳しいんですね、よく使うんですか万年筆」
「ドイツでは、学校で万年筆を使っていたから。インクをいちいち付けるやつだけど」
彼にとっては馴染みの文具、というわけだ。私はと言えば、人から送別の品でいただいたのでこれを私の愛用品にしよう、と決めて、多少息巻いた感じで使っていた。
何か書くものを借りてもいいですか、と言われたので、万年筆しかないんですけど、よければ使ってください、と答えたのだ。その答え方に、「万年筆を使っている私」という、ちょっと特別なことをしている自分、という自意識が滲まぬように気をつけたつもりだけど、そんなことを気にしている時点で、やはりまだ、万年筆は私の生活にしっくりと馴染んでいる、とは言い難いのだと思う。しかし彼にとっては日常の道具。紳士ぶる訳でもなく「僕は左利きなんだけど、使っても構わないですか?」なんていうフレーズをさらりと、なんでもないことのように言える、というところが、眩しい、と思った。
文化の違いが成せる眩しさ、なだけかもしれないな。とはわかっていたけどその後に、私は物語を書いていきたいのだけど、それが売れるためなのか、書きたいから書いているのか、ちょっとよくわからないんです、作家というものになりたいような気もするけど、どうだろう。まだまだ先は見えていないんです、というようなことを、びっくりするほど素直に語っていた。彼は、僕も同じです、やりたいことと、求められることは違う。お互い頑張りましょう。と言った。英語を翻訳したような日本語だった。私は何故だか、いよいよ心を開きたいような気持ちになってしまったのだった。
私たちは住所を交換して、手紙のやりとりをすることにした。
あれは、文学賞の表彰式の後の、懇親会でのことだった。私は何も受賞していなかったが、過去の受賞者、ということで参加の案内をいただいていたので、なんとなく参加した。彼はドイツで音楽の勉強をしているというバイオリニストだった。表彰式のプログラムの一巻として、バイオリンを弾くために招待されてやってきたらしい。実際に彼の演奏も聴いた。私にはバイオリンの良し悪しはわからなかったが。
受賞者でもない私と、文学にさほど興味のない彼は、他に行き場もなく、簡単なオードブルやケーキ、紙皿の上にばら撒かれた柿ピーやチョコレートがなくなっていくのを、そして人々が入れ替わり立ち替わり挨拶を交わしていくのをぼんやりと見ながら、長いこと二人で話したのだった。
続く
なんとなくフィクションを書きたくなって、思いつくままに書き出して見たがこの先を全く考えていない。こんな書き方したことないけど、どんな感じになるのかなあ。ちゃんと仕上がるのかなあ。途中でタイトルは決めます。とりあえず仮題。
応援いただいたら、テンション上がります。嬉しくて、ひとしきり小躍りした後に気合い入れて書きます!