トラブルシューティング(故障修理)の概要

トラブルシューティング(故障修理)は日常生活のあらゆる場面で広く行われます。トラブルシューティングにはゴールとする状態が不明瞭、解決への手順が不明確などの難しさがあります。それではトラブルシューティングを得意とする熟練者と一般人の違いは何でしょうか。




トラブルシューティングとは

トラブルシューティングとは異常を検出し正常状態に修復する作業です。複雑な思考を伴う知的作業とされ、認知科学、人間工学、教育工学等の分野で多くの研究が行われています。

一般に次の4プロセスから構成されます。
①問題の定式化
②仮説
③検証
④修復と評価

まず①問題の定式化では、発生している異常状態と、本来の正常状態とを把握します。②仮説では、異常状態を発生させている原因の仮説を立てます。その後、計測装置などを用いて仮説が正しいか③検証します。検証の結果、仮説が支持されれば④修復と評価にて、故障原因と思われる箇所を修復し正常状態に戻ったか評価します。



情報収集の重要性

これら一連のプロセスのなかで作業者は、システムの観察や測定器による計測、他の作業者とのコミュニケーションなどを通し、必要な情報を収集します。

情報収集できなければ、①問題の定式化ができず、正しい仮説を立てることができません。また③検証、④修正と評価においても、仮説の正しさ、障害回復の確認などを判断するためには正確な情報収集が必須です。つまりトラブルシューティングにおいて、情報収集は非常に重要な要素です。



トラブルシューティングのポイント

以降では、ネットワークの故障事例を取り挙げ、トラブルシューティングのポイントを解説していきます。
(ネットワーク故障は、複数の機器が絡んだ難解な現象で、因果関係が不明瞭な故障も多く、大変なトラブルシューティングです)




ポイント1「故障頻度に応じた情報収集」

熟練者は、経験的に機器の故障頻度について熟知しており、それを基に情報収集を行います。故障の症状やその構成から、故障頻度や故障箇所を予測します。これらの情報はマニュアルや保守手順書には記載されておらず、現場の経験を通じて獲得します。


【事例 1】
マンションの屋内の配線を使った通信方式は、配線の劣化による故障を招きやすい。そのためマンションでのネットワーク障害では屋内の配線を重点的に調査する。

【事例 2】
映像信号を処理するタイプのルータは熱を持ちやすく、設置状況によっては故障頻度が高くなる。そのため設置場所の状況に注意して調査する。






ポイント2「差分分析による故障箇所の絞り込み」

熟練者は、故障に影響を与えているであろう部品の構成を変えて(除去・交換・変更することによって)故障原因を特定します。具体的には以下のような事例があります。


【事例 3】
無線内蔵型のルータで無線が使用できないという障害において、ルータに有線による接続を試みて、ルータの有線インタフェースまで正常であることを確認する。

【事例 4】
故障が疑われる機器について、その機器に可能な限り設定を似せた代替機と、その機器とを交換し、 故障が再現できるかを調査する。


以上のように、熟練者は機器・回線の種類、部品・設定という細かい単位で構成部品の除去・交換・変更を行い、その差分の影響を調査することで故障箇所の絞り込みを行います。





ポイント3「複数の情報源の活用」

熟練者は複数の情報源から情報収集し、組み合わせて故障状況を把握します。

【事例 5】
電話が使えないという故障事例において、トラブル情報だけでなく、トラブルに紐付いているお客様への機器販売履歴、機器の取扱説明書などを検索し、お客様の家庭内のネットワーク構成について様々な想定を行う。

熟練者はトラブル周囲の環境情報までアクセスするなど、確実な情報収集を心がけています。





ポイント4「行間情報の取得」

熟練者は、記載されている通りの表面的な内容だけでなく、表現の多義性や、記述がないという情報からも記述内容以上の情報を取得します。

【事例 6】
故障症状の自由記述欄に「リブート改善無し」と記載されていた事例について、熟練者は「(コールセンタのオペレータが装置Aを遠隔地から)リブート (したが) 改善無し」 「(お客様が装置Bを) リブート (したが) 改善無し」と二重に読み替える。一方、初心者はこの記述について、お客様による装置Bのリブート操作の可能性しか考慮しない。


熟練者は、自由記述欄についてその行間から情報を取得します。特に、自由記述欄はコールセンタのオペレータによって記入されること、彼らが装置Aを遠隔地からリブートできること、という事前知識が無いと想定することはできません





ポイント5「知識の組み合わせ」

熟練者は、教材やマニュアルに分散して記述されている機器の動作原理や故障修理のルールを知識として持ち、それらを組み合わせて故障箇所を絞り込みます。


【事例 7】
光ファイバを使った地上デジタル放送信号の再送信サービスで、特定のチャンネルだけ視聴できないという故障について、熟練者はチャンネル毎に使用する周波数帯が異なるという地上デジタル放送信号の知識,、光ファイバのケーブルの曲がりによる信号の減衰率は周波数帯ごとに異なるという光ファイバ特性の知識を使って、特定のチャンネルだけ視聴できない理由を説明する。


上記の例において、地上デジタル信号の周波数帯域の知識と、光ファイバの特性は文書化されていません。熟練者は、これらの知識に精通しており組み合わせることで故障原因を特定します。





熟練者の知識1「保守対象の特性の理解」

熟練者は、保守対象システムのどの部分が壊れやすいかを経験的に知っています【事例 1,2】。また保守対象のどの構成部分について交換・変更できるのかを知っています【事例3,4】。

まとめると、熟練者は保守対象についてモジュール単位で認識しており、その一部を交換しても正常に動作すると理解しています。またそのモジュール単位は初心者と比較して、より細かく小さい単位です。これらモジュールごとに故障頻度の情報を有しています。


故障修理作業は、保守対象システム全体から、故障の原因となっているモジュールを特定し、交換・修正することです。要するに熟練者は、初心者と比較して保守対象の特性をより詳細に理解しています。




熟練者の知識2「保守業務全体の理解」

熟練者は,保守業務システムだけでなく、それを利用する人間の作業についても詳しく理解しています。【事例6】が示すように、主語・目的語の補完や、記載されていない事実から情報を取得するためには、 記述がどのように作成されているのかまで理解する必要があります。






熟練者の知識構造

以上より、熟練者と初心者の知識の違いを説明しました。それでは知識構造についてはどのように形成されているのでしょうか。一般に次の「座学・実習・現場経験」の3つがあります。


【座学で獲得する辞書的知識】
授業形式の集合研修によって獲得する知識。PPPoEセッションの仕組みやネットワークの構成など主に概念や辞書的知識に関するもの。

【実習で獲得する手続き的知識】
研修用設備を使った訓練によって体得する知識。PCのNICの交換手順、装置のランプの見方など、主に手続き的知識に関するもの。

【現場経験で獲得するノウハウ】
現場でのOJTによって獲得する知識。上記二項目に当てはまらない知識、故障しやすい機器、機器間の相性問題など、主に明文化されていない知識ノウハウ。


その他にも次の分け方があります。
・保守対象の動作原理などの宣言的知識であるドメイン知識
・計測装置の使用方法などの手続き的知識
・手順を組み立てるための戦略的知識
 



参考文献

高山千尋、大野健彦、トラブルシューティングにおける情報収集プロセス: 熟練者はどのように手がかりを得ているか、研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション (HCI) 2011 (12), 1-8, 2011

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