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小説|夢見る兄ちゃん

「右手でけん玉、左手でヨーヨーをしながら、リフティングを100回する」

1学期最後の日、夏休みの目標を提出した僕は担任の松本に殴られた。
職員室のデスク5個分くらい吹っ飛んだ。いや、嘘だ。実際はちょっとよろけて手をついたくらい。松本は、引きつった笑顔で僕の方を見る。

「お前は馬鹿か。それ、この間話した、俺の夏休みの目標だろう」

春休み。空がずっとずっと遠くまで青く、桜がヒラヒラと舞う中、僕らはまだ見ぬ土地を目指していた。

「よっしゃ、行くぞー!」
「待てよ涼介!スピード出し過ぎだぞお前!」
涼介は幼稚園の時に通ってたサッカーチームで出会った友達だ。弟の悠太が生まれるからお母さんがお迎えに来れなくなるって理由で、僕は年中でやめてしまったけれど。

今日はふたりで学区内を超える自転車旅だ。
普段遊ぶ土手を風を切って進んでいくのは冒険みたいでワクワクする。
「俺の自転車もかっこいいけど、けんちゃんの新しい自転車もかっこいいな。特にこの青い稲妻とか」
先月、誕生日にお父さんが買ってくれた黒色の自転車。ふふん、かっこいいだろ。

あのさーと涼介は何だか照れ臭そうに話し出す。
「けんちゃん、俺ら、3年生も同じクラスだといいな」
「でもな!」と涼介は満面の笑みでこちらを向く。僕までつられて口角が上がる。
「クラスが離れたってこうやって一緒に遊ぼうな!」
「当然だろ!リフティング、僕が100回できるようになるまで教えてよね!」
「へへ。俺がいれば百人ばりき…あれ?なんだっけ。ひゃくまんりき?」
「なんかそれ、色々混ざってるでしょ。ひゃくにんりき、でしょ?」
「そうそう!それ!百人力!」
涼介語にふたりで大笑いしながら自転車のペダルを漕いだ。

昨日見たアニメの話、クラスメイトの話、最近流行りのゲームの話、僕らの話題は尽きない。
でもそろそろ、ひと休憩したい。なんて考えていたらあれは駄菓子屋じゃないか。
僕らの学区内にあるのは駄菓子屋”だった”場所しかない。これは寄るしかない。

「ねぇ、ここ寄ろうよ!」
遮るように涼介が大声で話す。
「なんだあれ!すげぇ!」
何事かと後ろから覗き込むと、店の前でヨーヨーをしている3人組がいた。
「もしかして涼介、ヨーヨーやったことない?」
「ない。逆にやったことあるのか?」
「学童に置いてあるから、何回かしたことあるよ。ここで売ってるんじゃないかな」
お菓子が並ぶ店内を散策する。スーパーのお菓子コーナーとは比べ物にならないこの密度。漫画で読んだ駄菓子屋さんと一緒だ。
緑とピンクのそれはレジ横に置かれていた。
「300円か。なら買えるな!けんちゃんも買えそうか?」
今日は500円持ってるから、お菓子も買う余裕がある。
「大丈夫だよ。買っちゃおう!」

「こうヒモをくくりつけたら、真っ直ぐにヨーヨーを振り下ろすんだ。肘はそのままの高さでね」
「健ちゃんってマジで教えるの上手だよな」
「そんなことないよ――」
ガシャン!僕らの右後ろで大きな音がした。
「あっ」
僕らより小さい女の子が自転車で転んだようだった。
そのことに僕が気づいた時には、涼介はもう走り出していた。
「大丈夫か!?怪我してないか?」
「膝痛い…」
膝を擦りむいてしまい、うっすらと血が滲んでいる。
「けんちゃん、おばちゃんに絆創膏もらってきてくれるか」
「わかった!」
店内に戻り、おばちゃんに話をすると絆創膏だけでなく、快く水道も貸してくれた。

「ほら、このグミ食べな」
「お兄ちゃん、ありがとう」
あんなに泣きそうだった顔がすっかり笑顔になった。
教えるのが上手な僕なんかより、こうやってすぐ人に優しくできる涼介の方がずっとかっこいい。
お家に帰るという女の子に大きく手を振り、僕らも旅の続きを始めることにした。

「なんだあの滑り台!でっけえ!」
高さも幅もあまりにも大きい、山のような滑り台がある公園を見つけた。
こんなのワクワクしないわけがない。
滑り台を使って鬼ごっこ。ブランコでどっちで遠くまで跳べるか対決。野良猫を撫でようとして引っ掻かれたり。
やることはいつもと一緒でも、場所が変わるだけで新しい遊びのように思えた。

「ふぅ、いっぱい遊んだね」
「けんちゃん、ジュース買おうぜ」
お互い60円ずつ出し合って、オレンジジュースを半分こする。
時計を見ると午後5時45分。やばい。6時過ぎたら怒られちゃう。
急いで帰らなきゃと慌てて体を伸ばして、ふと、ふたりはとある事実に気づく。

やばい。来た道がわからない。
さっき来たのは右側からだったけど、その次はどこで曲がったっけ?
涼介は今にも泣きそうな顔をしている。
日は沈みはじめ、辺りがオレンジ色に染まりはじめていた。

「そうだ!交番!来た道にあったよね!」
交番。その4文字に涼介もはっとした顔をする。
真っ直ぐ戻るだけだから、間違いない。

「そっか。道に迷っちゃったのか。お家の住所はわかる?」
ううん、とふたりで横に首を振る。僕も涼介も、自分の家の住所がわからない。
「どこの小学校に通ってるの?」
「北路小学校。2年1組」
僕がすかさず答える。
「北路小に連絡かな……あっ」
お巡りさんは何かを思い出して携帯を出し始めた。
「よぅ、元気か」
なにやらお巡りさんは「松本」という人と話をしているようだった。

「どーも。俺んとこの子がお世話んなってますー」
「休みの日にわざわざあんがとなー」
「ほんとだよ。まぁ、迷子じゃしゃーない」
あ、見たことある。確か、6年生の担任の――
「松本だ。北路小の先生。あとお巡りさんのお友達。ほら、一緒に帰るぞ」
涼介はまっすぐと先生の方を向いて「松本か。小学校までお願いします」と言った。真面目なんだか、不真面目なんだか。
「涼介、先生だぞ。呼び捨てにすんなって」
えー。いいじゃんかそれくらい。涼介はケラケラ笑い飛ばす。
「松本先生、な。お前ら名前は?」
「2年1組、野中賢一です」
「同じクラスの、大和田涼介」
「野中と大和田な。行くか。親御さんには、学校から連絡しておくから」

僕らはどうやら、巡り巡って小学校から歩いて30分のところにいるらしい。
遠い土地まで冒険に出たつもりだったが、意外と近場で終わってしまったのだと、ほんの少しがっかりする。
「松本ー。俺お腹減ってもう歩けないよー」
「あー?お前のせいだろ。頑張れよ」
「あっ肉まんだって!お小遣いで買えるかな……」
コロコロ変わる涼介の表情。悲しそうな顔を見るに、持ち金が足りなかったのだろう。さっき駄菓子屋にも行ったし、途中でジュースも飲んだもんな。
でも、どうやったらあんなに悲しさ満点の顔がパッとできるのか。感動すらしてしまう。
「あーわかったわかった。他の先生たちには言うんじゃねえぞ。ここで待ってろ」

松本は3人分の肉まんを手に僕たちのところへ戻ってきた。
「やったー!最高!」
「ありがとうございます。でも、いいの?」
「いーんだよ。さっきも言ったけど、内緒な」
4月とはいえ、陽が沈みはじめると肌寒い。肉まんの温かさが口の中いっぱいに広がる。

「松本って、小学生の時どんな遊びしてたの?」
唐突に涼介が質問する。
「松本先生、な。小学生の時ねぇ」
普通に鬼ごっことかしてたけど、と考え込むとボソっとつぶやいた。
「そういや、夏休みに、けん玉とヨーヨーとリフティング、一気にやろうとしてたな」
「何それ!全部新しく覚えようとしたの?」
「いやそうじゃなくってな。右手でけん玉、左手でヨーヨー、足はリフティング。それも100回。それを同時にやるのが俺の夏休みの目標だったんだ」
そんな無茶な。と僕は目を丸くした。涼介は多分、よくわかってない顔をしている。
「どうしてそんな目標を…….」
「大した理由なんてねーよ。全部一気にできたらかっこいいなって。ただそれだけ」
昔の自分は馬鹿だったなぁと松本は笑った。

学校に着くと、見覚えのある影が見えた。
「お母さん!」
「ほら、親御さんとこ行けよ」
「もう!学区外には出ちゃダメっていつも言ってたでしょう!けんちゃん帰ってこないからお母さん、心配してたんだからね!」
「……ごめんなさい」
お母さんの匂い。安心する。どうしてか涙が滲んだ。滲む涙を堪え、松本と涼介に、また学校でと挨拶をした。

「けんちゃーん。ご飯できたから運ぶの手伝ってー」
マ……いや、お母さんの呼ぶ声が三階まで響く。ゲームはやめて、手伝わなきゃ。
なんたってお母さんのお腹の中には、2人目の僕の弟がいるのだから。
「元気かい弟くん。元気だったらお返事してね」

……ぽこぽこ!

「お母さん!弟くん返事した!」
「ほんとね。けんちゃんと早くお話したいのかもね。それはそうと――」
お母さんは意地悪な笑顔をこちらに向ける。
「早く、ご飯運んでくれる?」

今日のごはんは、僕の大好きなハンバーグだ。
「先週はね、学童で春香ちゃんにけん玉教わったんだ。春香ちゃん、空中ブランコできるんだよ。マジですごいの!」
悠太もけん玉に興味津々だ。
「ゆーたも、けん玉やる!」
「えー教えるのめんどくさいなぁ」
「意地悪しないの。まぁ、悠太にはまだちょっと早いかなぁ」
そう言いながらもお母さんはニコニコしてる。変なの。

「さ、ご飯食べ終わったら宿題の時間ね」
「えー悠太と遊ぶ!」
「だーめ。今日は涼介くんとたくさん遊んだでしょ。悠太はもうお風呂の時間だから。その間に宿題やっちゃうのよ」
「はぁい」
今日は怒られてしまった手前、駄々をこねる気にもならなかった。悠太はいいなぁ、いつもママと一緒で……

窓の外を見るとモクモクの雲が見える。あれは入道雲というのだと、理科で習った。

今日は2人目の弟に会いに行く日。
「お着替えできた?」
「あい!」
悠太も4歳になり、ずいぶんしっかりしてきたように思う。
まぁもちろん、まだまだお世話してあげないといけないけど。
「悠太、お兄ちゃんになるんだよ」
「あい!」
わかっているのだろうか。弟ができるんだぞ。
「さーふたりとも、赤ちゃんに会いに行くぞ」
お父さんの掛け声で、せーのとペダルを踏み込んだ。

お母さんのいる部屋に入ると、悠太がとんで行った。
「ママ!ひさしぶりだねぇ」
「久しぶりだねぇ悠太。けんちゃんも来てくれてありがとうね。ほら、弟の『湊』だよ」
「湊……」
ちっちゃくて、やわらかい。そういえば悠太と初めて会った時も、こんな感じだった。僕、お兄ちゃんなんだ。たくさん遊んであげなきゃ。

「ねぇお母さん。湊はどうして湊って名前になったの?」
「湊はね、モノや人が集まる場所って意味があるの。だから、湊の周りに、たくさんの人が集まりますようにーって思いを込めてパパとママで決めたんだ」
「人が集まるように、かぁ。じゃあさじゃあさ、僕の名前は?」
「賢一はね、賢い人になりますようにっていうのと、みんなを一つにできるような人になりますようにって思いを込めたんだよ」

みんなを一つにできるような人に。悠太も湊も、お父さんもお母さんも、みんなを一つに、僕ができるのかな。

「けんちゃん?」
「僕、がんばる。たくさん勉強して、賢くなって、みんなを一つにできるような人になる!」
みんなを一つにって、正直、よくわからないけど。でもなんとなく、そうなりたいって思うことが大事な気がした。
「うん、楽しみにしてるよ。けんちゃん」

お母さんが湊と一緒にお家に帰ってきてから1週間くらいが経った。
お母さんは湊のお世話で大変だから、お父さんが帰ってくるまでは僕が悠太のお世話係。一緒にアニメ見たり、本を読んであげたり、お絵描きしてる横で宿題したり。たまにママと遊ぶ!ってぐずって大変だけど。

「なんだか、前よりお兄ちゃんになったね」
お母さんが僕の頭をなでる。
うん、だって僕、なんでもできるお兄ちゃんになるから。

「でも、夏休みの目標、宿題で出てるんでしょ。お母さん知ってるんだから」
え、え、何日も僕が後回しにしてる宿題。なんで知ってるんだ。
「涼介くんは『毎日お母さんのお手伝いをする』だって。涼介くんのお母さん嬉しそうだったよ。けんちゃんも見習いなさい」

涼介のお母さん情報か。くそう。カレーの跡が残るお皿をシンクに下げながら頭の中をぐるぐるとさせる。
勉強、は夏休みにまでがんばりたくない。却下。お手伝い、もなぁ。洗い物とか面倒臭いし。却下。
「お兄ちゃんになる」だとまた書き直しさせられそう。うーん。

――あ。
思い出した。僕の目標はこれで決まりだ。プリントにでっかい文字で書いてやった。

春休み、泣きそうな顔で出会った少年はなんのご縁だか教え子となった。

クラスのほとんどが提出日の昨日に俺に出した中、遅刻した少年が出した夏休みの目標。俺はこれを知っている。こんな馬鹿な目標を立てるのは、俺以外にいないだろう。
もっと真面目な目標を、自分で立てろよ!そう思ったのも束の間、気が付いたら手が出ていた。やっべ。

俺は一息ついて、改めて聞く。
「お前は馬鹿か。それ、この間話した、俺の夏休みの目標だろう」
クラスの他の子たちは『宿題をお盆までに終わらせる』とか『朝顔の観察日記をつける』とかなのに。

少年は食い気味に「だって」と話し始めた。
「だって僕、松本の目標かっこいいって思ったんだよ。僕、そんなの思いつかなかったもん。けん玉も、ヨーヨーも、リフティングも、全部できるようになりたい。それで、全部一気にできたら弟たちにだって兄ちゃんすげー!僕にも教えて!ってきっと思ってもらえる。僕はそんな、すげー兄ちゃんになりたいんだ!」

真っ直ぐな目で少年は俺を見る。
あぁ、こいつは、いい兄貴になるんだろうな。
「だからってなぁ、いっぺんに全部やらなくたって良いだろう。それと、松本じゃなくて松本先生、な」
俺は殴って悪かった、と少年の頭に優しくポンと触れた。
あの時の俺のおふざけが、こんな風に花開くなんてなぁ。子どもはすげぇや。

窓辺にもたれかけ、空を見上げる。一面に、目に染みるくらいの青。
夏休みは、長くて、短い。どうか少年にとって、実りのある夏休みになりますように。


(5,304字)



(あとがき)

初めて完全フィクションの小説を書きました。
ん〜創作小説難しいですね。

実はこちら、書き出しの二行は指定の文、後は各々自由に小説を書くんだ!
という、みょーさん主催のフリーダムな企画でございます。
その名も #ポンコツ書き出しチャレンジ
まだ1週間期限がありますので、興味のある方はぜひ。
わたしもいろんな方の作品を読んでみたいです。


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