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消えない記憶

ショートステイを利用されるTさん(80代、女性)は認知症と診断されている。

短期記憶障害が著しく、

「私はいつ帰るんかいね?」

と聞いてきた3分後には、同じことを聞いてこられる。

「明日帰りますよ」

と伝えると、

「ほんまに? あんたが連れて帰ってくれる?」

「明日、僕が送っていきますよ」

と伝えると、

「ほうかね、よかった。頼みます」

と笑う、朗らかなおばあさんだ。

そんな朗らかなTさんだが、

ある話をするときだけ口調と表情が変わります。


「私はね、満州から帰ってきたんよ」

「小さい妹の手をひいてね。着の身着のままで逃げてきたんよ」


この話をする時のTさんに笑顔はありません。

「満州は豊かな場所で、広い畑もできるって聞いとったんよ」

「行ってみたら、土はこんだけしかないんじゃけ」

そう言って、両手のひらを5〜10センチに広げてくれる。

「土のすぐ下は固くてね…。畑なんてできんかった」

「近くに川もなかったけぇ、何もできんかった」


「結局、私らは国に騙されて満州に行ったんよね」

「満州に行くために、親戚中からお金を借りてね…」

「帰ってきても、頼るとこはありゃせんかったよね」


誰かを憎むわけでも、責めるわけでもない。

話している最中に、怒りがこみ上げてくるわけでもない。

淡々と話される。

何度も何度も。

家に帰る日は覚えていられなくても、

決して消えることのない記憶。


戦後は、ブラジルへの移民を募った。

北朝鮮への帰国も募った。

どちらも「楽園」と伝えた。

背景には食糧難があったのでは?

原発を作るとき、地域住民には『安全』と伝えていたのでは?

そして今年は、新型コロナ感染拡大の中での東京オリンピック。

安全に開催なんてできるのだろうか?

いつまでたっても、Tさんの話が『昔話』になりそうにないことがもどかしい…。






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