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知っていたエクソン

これはすごい。アメリカの大手石油会社エクソン・モービルが1970年代をはじめに、地球温暖化は人間の活動が原因で起こっていること、温暖化の影響が著しい気温上昇へとつながること、そしてその事実を隠し、世界を騙し続けたことが先月公刊された研究で明らかになった。

でもその研究を詳しく紹介する前に視野を広げた話から始めよう。

約一万年前、地球の気候が安定し始めたことが人類の文明が成り立つ大前提となった。しかし気候変動がその地球環境を大きく歪めるだろうと予測されている。いや、もはやすでに世界中で異常気象や干ばつ、そして日本でも猛暑日の増加、感染病を媒介する蚊の広範化など、温暖化のさまざまな影響が顕在化している。

本来ならば人類全体を脅かす問題の解決は賛否の議論をしているどころではないはずだ。だが温室効果ガス排出の大半の責任を抱える経済超大国では、解決策がかなり遅れてしまったのが事実だ。その要因の一つとして、気候科学に対する否定論や懐疑論が挙げられる。

特にアメリカでは気候変動は近年まで鋭く政治化されたイシューだった。保守派の政治家の間に否定者や懐疑者の影響が強かったのが大きな理由であり、その懐疑論の源として、化石燃料に依存する業界の繰り返してきた物語がある。1970年代後半から大手石油会社をはじめとしたエネルギー業界や電力会社などが気候変動の科学的知見に対しての懐疑論を唱え続けてきた。

しかし2015年以来、欧米記者の調査ジャーナリズムのおかげでこういった懐疑論にヒビが入り始めた。石油メジャー、特にエクソン・モービルの内部文書の分析により、産業活動による二酸化炭素排出が温暖化の原因で、温暖化の影響は数十年で深刻化するという予測を当該企業所属の科学者たちは察していたことが明らかになってきた。

そして今年一月半ば、科学誌「サイエンス」に掲載された研究結果がこの事実を一層確信付けた。

エクソンの内部文書に記された気候科学

マイアミ大学科学誌学者ジェフリー・スプラン、ナオミ・オレスケス、そしてポツダム気候影響研究所のステファン・ラームストルフはエクソンに所属する研究者たちが1977年〜2014年にわたり行われた104もの気候研究報告書全てを統計学的に分析した。

この分析の結果、主に3つの発見を報告している。①エクソン科学者が1977年から2003年に渡って行った温暖化予測はそれ以降に観察された温暖化を正確に予測想定していて、②学界や政府機関による予測と一致し、③高度なモデリングを用い、巧みに未来の温暖化パターンを想定していた。

エクソン内部文書に表示された図。歴史的に観察された気温変化(赤線)とエクソンの科学者による温暖化予測の比較(青線)

自己の研究結果を知っていたにもかかわらず、2000年にエクソン最高経営責任者リー・レイモンドは「適度な予測や過度な政策決定を下すほどの科学的理解にはいまだに達していない。気候科学は不確実だ」と述べていて、2013年には最高営業責任者レックス・ティラーソンも「気候変動の主な要因が何であるのかまだ不可解なのが事実だ。気候システムには化石燃料を燃やすといった一つの変数を相殺する他の要素があるかもしれない。つまり、不確実性の問題だ。」と語っている。

この論文の結果は近年発覚した事実を証拠付けた。もはや疑う余地はない。エクソン・モービルは専門的レベルで地球温暖化の人為的起源そして影響を正確に把握していた。同時に、表向きには科学的不確実性やデータ不足の強調、地球寒冷化論を推進し気候変動対策を反対してきたのだ。

化石燃料企業の使う手段

ここからは私的な話になるが、今回の論文の発見には多数の教訓があると思う。

自明なインプリケーションとして、化石燃料企業が利益を守るため、気候変動対策による損害を回避するためには世間や株主を堂々と騙せるということだ。

業界による撹乱は前述のエクソン幹部の発言にとどまらない。化石燃料企業や業界団体は保守派シンクタンクの設立や支援、共和党の数多くの政治家への寄付、そして科学的知見に異議を唱える科学者を雇うなどということに取り組んできたのが明らかになっている。アメリカで気候変動が二極化した政治問題と化したのも、こういった関連業界の仕業が背景にあるといっても過言ではないかもしれない。

1970年代末、温暖化の事実が明白になり始めた当時、エクソンがその過酷な発見を受け入れ、ビジネスモデルの転換に力を尽くしたとすれば、脱炭素社会の英雄になっていたはずだ。他の石油会社および化石依存企業も後を続いたかもしれない。そうすれば2023年現在、気候変動などという深刻な問題すら存在しなくて済んだはずだ。今とは全く違う世界になっていたかもしれない。

今後の見通し

近年の調査ジャーナリズムなどの影響で組織的な懐疑論の鼻柱はへし折られた。株主や規制当局に気候関連リスクを軽視した情報を与えたこともあり、化石燃料会社に対する訴訟が相次いでいる。本論文もその動きに拍車をかけるはずだ。

少なくとも欧米では否定論を唱える政治家はまれになってきていて、懐疑論者も当選するのは困難になってきているように思える。これからは気候変動が実際に起きているか否かではなく、どうすれば気候変動対応・国民の幸福と生活の上質化・エネルギーの安定的で平等な供給が実現できるか、といった社会的な目的を両立させるまともな議論に移る政治を期待したい。


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