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G7 気候・エネルギー・環境相会合 ①〜合意〜

今年もまたG7会議が幕を閉じた。さまざまな政策領域をまたがる会議だが、世界的なエネルギー政策の潮流において、今年のG7はある意味歴史的な出来事だった。

まず一つは、今年3月に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次統合報告書が、気候変動をめぐる国際交渉に新たな危機意識を押し付けた。もう一つは、その危機意識に応えるかのように、主要先進国が再エネの割合を大幅に増やすことを合意した一方、石炭火力発電の段階的廃止に明確な日付を定めるに至らなかった。

日本にとっては、違う意味で画期的な会議だったと僕は思う。これまで公にされていなかった日本の脱炭素計画の欠陥が、世界の指揮者たちの目の前で赤裸々に暴露された瞬間だった。

今年のG7(特に4月に行われた気候・エネルギー・環境相会合)について、そしてそれが日本にとって何を意味するかについて、3部にかけて探っていきたい。

第1部では、当会議の共同声明の内容を詳しく見てみよう。第2部は各国の立場を読み解き、異なる位置付けから生じた会合中の食い違いを検討する。最後の第3部は日本が世界に発信しようと試みた日本特有の脱炭素思想の特徴を考えてみる。

G7環境大臣たちの合意

G7会議の時期が近づくにつれ、期待される論題の報道をよく目にする。それでもほとんどの人にとってG7は「得体の知れない物」ではないかと思う。

簡単にいえば毎年行われる主要7カ国(米国、英国、日本、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア)の会議で、先進国の価値観調整、政策方針を整える場だ。1975年、パリ近郊のランブイエで初回のサミットが行われ、世界の通貨システムの混乱の解決を目的に7カ国の首脳が集った。そこで新しく考え出された浮動為替レートが現状の通貨レジームとなっている。

毎年G7会議が繰り返されていくうちに、首脳サミットはあらゆる課題領域を監督する大臣の会議に伴われるようになった。「気候・エネルギー・環境大臣会合」はその会議の一つだ。

G7会合では共同声明(コミュニケと呼ばれる)に含まれる言葉一つ一つについての議論が繰り広げられる。結果として、最終的に公表されるコミュニケはかなりニュアンスのある文書になる。一見無味乾燥なミッションステートメントに見えるが、その裏には各国の対立や見解の違いがかなり存在する。

今年の気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケの内容は幅広く、大まかに言えば気候変動、生物多様性の喪失、公害への取り組みが含まれている。ここでは気候変動に関連するエネルギー政策(コミュニケの15ページから始まる部分)に焦点を当てる。

総じて言えば、大臣たちは次のようなことに合意した:

  • パリ協定に従い、産業革命前からの世界の平均気温の上昇を1.5C°に抑える

  • 2025年までにできるだけ早く世界の温室効果ガス排出量をピークさせ、2050年までにはネットゼロ排出を達成する。

  • 2019年を基準として、2030年までに世界の温室効果ガス排出量を約43%削減し、2035年までには60%削減する必要性を強調。

この目標はかなり意欲的で、G7がIPCCの警告に真摯に取り組んでいることがわかる。ただし日本は厳しい立場に立たされてしまう。日本の排出削減目標は2030年までに2013年に比べ46%削減とされている。コミュニケの目標とはベースラインが違い、直接比較は難しいが、合意目標に追いつくにはハードルを上げる必要がある。

再生可能エネルギー

今回の閣僚会議で最も高く評価されている合意は再エネに関するものだった:

  • 洋上風力:各国の既存の目標を基に、2030年までに洋上風力発電容量を合計150GW増やす(日経の意見広告が効いたのかも😉)

  • 太陽光発電:2030年までに太陽光発電容量を合計1TW以上に増やす。1TWというと、日本の2021年度の総発電設備容量の約3分の1に匹敵する膨大な容量だ。

これだけ飛躍的に再エネ容量を増やすことに賛同したのは、太陽光と風力発電が電力部門の脱炭素化の主役だと認められたことを示している。

化石燃料

化石燃料に関して、G7大臣は次のようなポイントに合意した:

  • 電力部門と排出削減対策が講じられていない石炭火力:2035年までに電力部門の全部または大宗を脱炭素化することにコミットし、排出削減対策の講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速する。

  • 天然ガスとLNG:ロシアのウクライナに対する侵略戦争が引き起こしたエネルギー供給の逼迫やインフレを踏まえ、各国の気候目標と合致した形であれば、ガス部門への投資はガス市場の不足に対応するため適切でありうるとした。

  • これが広島首脳サミットで「ロックイン効果を創出することなく、我々の気候目標と合致した形で実施されるならば、ガス部門への公的に支援された投資は、一時的な対応として適切であり得る」(p. 16) に訂正された。

再エネに関する合意に比べ、化石燃料における声明は心残りのところがある。もちろん、「電力部門の全部または大宗を脱炭素化」と「排出削減対策の講じられていない石炭火力のフェーズアウト」は大歓迎。しかしこのフレーズ自体は去年のコミュニケの再確認に過ぎず、「大宗」という抜け穴は一部の化石燃料を燃やし続ける言い訳となりかねず、石炭火力フェーズアウトに明確な期限は付けられていない。

天然ガスとLNG(液化天然ガス)は現在厳しい課題となっていて、この合意に簡単に良し悪し言い切れない状態にある。昨年のG7会合はウクライナ戦争勃発のわずか数ヶ月後に行われ、ヨーロッパ市場における天然ガスのサプライチェーンの混乱を和らげるため、LNGの増加供給が果たす重要な役割を強調した。そのコミュニケには、ガスとLNGへの投資は「必要」であると書かれた。

去年の言文に比べ、今年のコミュニケはガス市場の不足に対応するためならば天然ガスとLNGへの投資は「適切」だとされていて、重要性がかなり減った。それはつまりG7がエネルギー安全保障と脱炭素化の二択難問のバランスを慎重に保った結果だ。ヨーロッパをロシア産天然ガスから解放するため、そしてガス価格高騰で苦しむ途上国を援助するためにガス供給を増やす必要があると認識している一方、気候変動対策の影響で今後20年間にかけガス需要が減少する想定を織り込んだのではないだろうか。シンクタンクE3Gのアルデン・マイヤー氏は「新たなLNGインフラへの長期的な投資は愚かな行為となる」と指摘している。

原子力発電

コミュニケの原発に関する項目を見ると、G7が板挟み状態にあったことが読み取れる。

  • 「原子力エネルギーの使用を選択した国々は、化石燃料への依存を低減し得る低廉な低炭素エネルギーを提供し、気候危機に対処し、およびベースロード電源や系統の柔軟性の源泉として世界のエネルギー安全保障を確保する原子力エネルギーの潜在性を認識する。これらの国は、現在のエネルギー危機に対処するため、安全な長期運転を推進することを含め、既存の原子炉の安全、確実、かつ効率的な最大限の活用にコミットする。」(p. 24)

原発を気候変動やエネルギー安全保障の対策として認めてはいるものの、この表現は原発に対する各国の姿勢の食い違いを反映している。ドイツは今回の閣僚会合の直後に国内に残る3つの原子力発電所を停止させた。その反面、日本は福島原発事故以来停止していた原子炉の再稼働・一部の原発の最長60年の運転期間を延長する取り組みを進めている。

水素とアンモニア

巷ではあまり耳にしないエネルギー源だが、日本にとって水素とアンモニアを取り巻く国際情勢は一番の難題ではないかと思う。コミュニケは水素とアンモニアについて重要なポイントを二つ挙げており、原発と同様に大臣らが言葉を慎重に選んだことが分かる。

  • 「低炭素および再生可能エネルギー由来の水素並びにアンモニアなどのその派生物を開発すべきこと並びに産業および輸送といった特に排出削減が困難なセクターにおいて、セクターおよび産業全体の脱炭素化を進めるための効果的な排出削減ツールとして影響力がある場所で使用すべきであることを認識する。」

  • 「1.5C°への道筋及び2035年までの電力部門の安全または大宗の脱炭素化という我々の全体的な目標と一致する場合、ゼロ・エミッション火力発電に向けて取り組むために、電力セクターで低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにその派生物の使用を検討している国があることにも留意する。」(p. 22)

長い引用で申し訳ないが、コミュニケの表現を正確に理解するべきだと思う。上記の一つ目のポイントは、水素とアンモニアは電化が極めて難しい分野(主に産業や長距離輸送)の排出削減として使われるべきだと大臣たちが指摘している。その反面、2ポイント目では、とある国がこういった電化しにくい分野ではなく、電力部門で水素やアンモニアを使おうとしていて、まあ1.5C°の目標に沿っているなら良しとしてもいいだろう、と言ってるわけだ。

そのとある国とは日本のことだ。G 7メンバーで石炭にアンモニアを混ぜて燃やす「アンモニア混焼」技術を試みるのは唯一日本だけ。また、日本は化石燃料由来の水素を発電部門で導入することを断固として追求している。

しかし複数のシンクタンクは、アンモニア混焼は十分な排出削減効果は出せておらず、1.5C°の目標にはほど遠く、再エネを駆使した電力部門の脱炭素かに比べ費用が高すぎると結論づけている。また、あらゆる分野で水素を使用するという方針(2017年の基本水素戦略)を幻想だと強く批判している。


ここで解説した合意点はコミュニケのほんの一部でしかないが、いくつかの感想が浮かんでくる。一つは再エネの飛躍的な増加、石炭火力のフェーズアウト、電力部門の脱炭素化、そし天然ガス・LNG投資に対する重要視の薄れなどから、先進国がエネルギー・トランジションに向けて大きく踏み込んでいることが明らかになっている。

一方、いくつかの政府間の対立で石炭フェーズアウトの期限を決め損なったり、電力部門の「大宗」の脱炭素化といった抜け穴を入れたり、G7の共鳴がブレるところも目立つ。日本の立場においては、他の主要国との足並みの乱れが浮き彫りになる会議だった。

コミュニケなんてただの紙クズじゃねーの?

と、あなたは内心つぶやいているかもしれない。「G7?そんなの金持ちの国の集まりで、何に合意したからって実施不可能な紙切れだろ。国際政治になんの影響も無いんじゃないの?」と。

ある意味合っていて、ある意味間違いだ。

確かにG7は今では多少古めかしい先進国のクラブで、G7の共同声明に実施メカニズムはない。だがこの「紙切れ」は化石燃料から離れていくための世界規模な取組みにおいて重要な役割を果たす。

国家が国際法を順守する理由について、数十年にわたる研究があり、その裏にはさまざまな理由がある。G7のコミュニケは国際条約とは比べ物にならないほどインフォーマルではあるが、効果は同様だと考えてもいい。一連の合意を確立し、G7加盟国共通の価値観を再確認し、合意に沿わない国は不名誉という痛手を負う。G7の共同声明は他の国際会議や国際機関、民間企業、NGOなどのアクターにシグナルを送り、そのアクターが国外や国内からG7諸国を監視する立場になる。つまり、コミュニケという政府間合意がフォーカル・ポイントになるということだ。

だからこそ今年のG7気候・エネルギー・環境大臣会合は歴史的な瞬間だったと思う。主要7カ国が積極的に温室効果ガス排出を削減していく決意を世界に発信し、再エネの本格的な普及に賛成することで、他国や金融機関、再エネ事業者など、数多くの利害関係者に再エネへの取り組みを強化するためのゴーサインを出した。さらに、G7が天然ガスやLNGへの投資に対する姿勢を去年の「必要」から今年の「適切である」に格下げしたことも意味深い。天然ガス分野への投資を考えている事業にとって、近いうちガスの需要と価格が低下し、投資先の資産が座礁してしまう恐れがあることを示すからだ。

しかしG7コミュニケの持つ国際的インパクトは、曖昧な部分や抜け道の悪影響を拡大させることにもなる。例えば、G7大臣たちが天然ガスへの投資に肯定的な姿勢をとった直後、東京ガスはガスインフラへの投資を続けることを決意した。東京ガスは日本最大のLNG購入業者であり、アジアや米国での上流工程のインフラを保有している。

最後に、重要な気候変動対策の期限について合意できなかったことも、G7の世界的なリーダーシップを弱めてしまう要因だ。E3Gのアルデン・マイヤー氏はG7が「抜け穴を許すたびに、他の国の『あなたがたは勇ましいことを言うが、国内では実行していないじゃないか』との言い訳を許す」と厳しく批判している。僕としても全く同感だ。

この投稿の第2部で今年のG7会合内での対立についてもっと掘り下げていくつもりだ。

第3部で日本が世界に仕掛けようとした日本特有な脱炭素思想について考える。


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