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「空を遮る首都高速」を見上げて

和田彩花という人間をどう捉えるかは、相変わらずハロヲタのなかでも両極端な意見がある。そもそもで「多様性」とか「ジェンダー」という言葉自体に身構える人たちは今も多い。「フェミニズムって怖い」と感じる人もいる。なんだか強い圧を持った言葉に捉えられがちなのだろうか。

ただ、そういう言葉に拒否反応を起こしてしまう気持ちも分かる。僕は基本的にスタンスとしては「多様性」も「ジェンダー」も、それぞれを尊重したいと思うんだが、じゃあ自分と違う価値観のものも全面的に尊重できるかといえば難しい。本当の意味で「尊重」というのとは違うのかもしれない。

僕には「そういう考え方もあるんだ」くらいに留めて、頭から「否定しない」くらいのスタンスが丁度いい。物事は立ち位置で見え方なんて変わる。ちょっと「ん?」と思ったら、少し自分を横にずらして見る余裕を持っていたいと思っている。横から見てどう思うか。後ろに回ったらどうだろう。

ただ、それって結構な労力がいる。

最近あやちょのファンコミュニティFaniconには全然顔を出していない。なんか僕とは距離感が合わないなぁ、居心地悪いなぁという気持ちになってしまっている。これは僕の情緒の問題もあるので、あの場所が悪いということでは決してない。勝手にあの場所のパワーにあてられてしまって疲れてしまうのだ。

それでも3月にYU-Mのクラウドファンディングに支援して【限定50名】和田彩花超アコースティックライブへ招待された。当初5月開催だったものが8月初頭まで延期され、紆余曲折の末なんとか開催されたライブだったが、その間に僕も紆余曲折があった。結局、参加しなかった。

当たり前だが行きたかった。行きたかったが、僕の持病や体調面の不安もあって不参加の連絡を入れた。そうしたらYU-Mは参加できなかった人にも当日のライブの模様を観られるようにと、限定的に映像を公開してくれた。

山田社長に感謝だ。

さっき、その映像を観させてもらった。ゆったりと落ち着いた空間で、とても開放感があって画面越しだけどリラックスした様子がとても感じられた。

全部のセトリを書くのはやめておくが、『空を遮る首都高速』が歌われていた。一見とても前向きに感じる曲だけど、タイトルは『空を遮る首都高速』となっている。見上げた先に青空があるはずなのに、そこに無粋な高速道路がある為に空が見えないのだ。オシャレなシティポップに乗せて耳心地も良いのだが、それだけじゃない「どうしようもない閉塞感」が滲み出ているように感じる。

だが、僕はそれが良いと思う。

あやちょはソロになってから全ての曲を自作している。その時、その時の感情や想いがそのまま詩に溢れている。人によってはそこに居心地の悪さを感じることもあるだろう。曲によっても、その時の受け手の立ち位置次第で違和感を感じることもあると思う。

でも、それも簡単に「否定」するんじゃなく「そういうこともある」と距離を置いてみるくらいが楽な気がする。全部が全部「好き」じゃなきゃいけないわけなんかない。

あやちょを見ていると自然とそういう気持ちで生きたいと思う。なんだろ、とりとめが無くなったけど、限定公開のライブを観ていて改めてそんなことを思った。


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