ワーカーホリック 心酔する愚者⑨
エレベーターが開き、私は9階へ降りた。
そのまま障子サイズの液晶画面の前に立ち、佐藤に電話をかける。
佐藤は1コールで電話に出た。
「もしもし、どうした?もしかして迷った?」
「ごめん、おねがいがあるの。車をこのビルに横付けできる?それで着いたら車の中から確認して欲しくて、その、もしその場にカトウアイが近くにいたら・・・エレベーターの傍まで私を迎えにきて。」
「別に構わないけど、なんで?」
「事情は車の中で話す。もう駐車場から出た?」
「ちょうど精算が終わって出ようとしたところ、ここからビルまでは2分かからないかな。着いたら連絡するよ。」
「ありがとう、それじゃまた。」私は電話を切った。
わたしはため息をついて、カバンから水を出して少し口に含んだ。
さっきのは何だったんだろうと考えた。ホストの営業か?と思ったが、初対面の人に急に抱き着くのはいくらホストはやばいだろう。しかも私お客様じゃないし、もし自然にやっていたとしても、相当自分に自信がないと出来ないはず。と思っていたところ、コートのポケットから紙が出ているのに気付いた。レシートなんてポケットに入れたっけ?と思いながらポケットから紙がを出すと、名刺が出てきた。それはカトウアイの名刺だった。全身の写真に2022年ナンバーワンホスト カトウアイと書かれている名刺だ。そして裏にはメッセージアプリのIDか書かれていた。
なるほど、このために抱きついたのかと思い、カバンの内ポケットにしまった。やっぱり新手の営業方法なのか?それにしてもなんで直接じゃないのだろう?それにエレベーターを扉がしまる前のあの表情って・・・と考えていたところ、佐藤から着信がきた。
「もしもーし。今ビルについたよ。エレベーターでたらすぐ正面に見える位置だぞ。それで、カトウアイの姿は見えないけど・・・大丈夫か?僕、車から出て、彼女を待ってます♡みたいな表情でいるから、早く降りてこいよ。」
「どんな表情なの・・・ありがとう、降りるね。でも電話はこのまま繋いでいて」
「おう、分かった」
わたしはエレベーターのボタンを押した、扉はすぐ開き、私は1階を押す、
「いまエレベーターに乗って下に降りている。途中で止まらなければ、あと18秒ぐらい。」
「はいはい、」と佐藤が返事をする。扉がバタンと閉まる音がした。
わたしは深呼吸をして、エレベーターの表示をみる、あと3、2、1と1階につく音がして、扉が開く。
扉を開く前に、開くボタンを押しながら左右を見る。すぐ近くにカトウはいなさそうだ。
すると佐藤が私に向かって歩いてきた。電話でわたしはもう切って大丈夫と言い、通話を終了する。エレベーターの扉がしまると同時に佐藤が私の前まできた。佐藤は耳元で私に伝える。
「ちょうどお前がエレベーターから出た瞬間、お前から見て対角線のコンビニのからカトウが出てきたが、いまタクシーに乗っているところだ。」
「そう。ありがとう・・・。ごめん、ここまでくれば大丈夫。車にいこう。」といって私は目線だけ、タクシーに向ける。たしかに後部座席に誰か乗っているようだが、顔はよく見えない。
私は佐藤が乗っていた車にむかう。扉を開けようとしたところ、Sは助手席を開けてくれた。
「ありがとう。やっぱり今日のは珍しいね」
「僕はいつも紳士だか?」とむすっとした表情をする。
そのやり取りの中、コンビニの前にいたタクシーは走り去っていった。
私は助手席に乗り込み、Sが話かける。
「俺が駐車場に向かっている間に、イロイロあったみたいだな」
「うん、詳しくは車で話す。とりあえずお昼食べよう。」
おうっと佐藤は返事をして助手席の扉をしめる。
そして運転席に向かい扉を開けた。
わたしはシートベルトをしめて、深呼吸をする。
佐藤はシートベルトをしめて起動キーを押す、一気に車内がエンジンの音とカーナビの音で響き渡る。
「俺、そばが食べたい。」佐藤はカーナビ操作しながら言う。
「いいね。事務所の近くのお蕎麦屋さんにいこう。個室もあるし」
「個室だなんて、えっち・・・いたっ」
私は佐藤の腕をたたく。
「ひどいっ俺が運転するのに・・・迎えにもきたのに・・・」
「早くいこう。あんまりここには居たくないし」
「・・・。そうだな」と佐藤は表情を戻して、車のギアをDにする。
「じゃ出発しまーす」
「お願いしまーす」
佐藤が運転する車は、カトウが去っていった方向とは逆方向に進んでいった。
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