禅なら禅やった方がいいんじゃないの?(・ω・`)AmaZen、マインドフルネス
日本で、日光東照宮ができたあたりのある時代、
ヨーロッパのとある貴族の家系へ連なる
ある貧乏な人が、
ある書物を発表して、ヨーロッパで有名になりました。
それをもとに、哲学のような、行動の規範になるようなものをシェアする人が集まります。
(ここから一瞬で現代のお話ですが、)
その人々の集まりに、僕がコンタクトしたときには、友愛の集まりになっていました。
グランドマスターをはじめ、それを受け継いだ人たちが、現在でも活動しています。
超絶頭の良い人たちでしたが、
その人たちが、400年ほどの長い時間をかけていろいろ考え抜いたことのエッセンスが哲学として伝わっています。
会食のとき、グランドマスターが、マインドフルネスについてご意見されました。
そのことに付いてお話しします。
僕がお会いしたグランドマスターは「数値化しちゃってる」と言って憂いていました。
何のお話かと思い、良く聞いてみました。
そのあと、検索して調べてまとめましたら、グランドマスターは、マインドフルネスが座禅をして効果を数値化するのを憂いていました。
座禅をするのに、ゲインを求めてするのは、長いスパンでみたら何か弊害が出るのではないかと言うことの様です。
下記は、お坊さんが書いたものですが、こうあります↓
“マインドフルになろうとすればするほど、自分への執着が強くなり、却って逆効果になることも多々あります。マインドフルネスを実践しながら、カウンセラーのお世話になっている、などという笑えないケースもあるそうです。”
(マインドフルネスと禅、その決定的な違いは何か?(松山 大耕 著より引用)
ここから、思うことは、
マインドフルネスとして西洋化してやるのであれば、不都合が出てから補完するものを用意して補うしかないので、
科目を細分化して、マインドフルネス、カウンセリング、ビタミン剤、、みたいに必要なものがわかってから順番に揃えて行くしかないということです。
でも、それで良いのだと思います。
それなので、手遅れになるのでしょ。と思うこともありますが…
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Amazon.comは、従業員がマインドフルネス動画を見ながら瞑想できる1人用ボックス「AmaZen」を設置すると発表したと(2021年にはこれに3億ドル投資するとか)