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大人の特権

社会人一年目の私へ

・道順を覚えておいて
・乗り物酔いは本当に慣れる、大丈夫
・死ねと叫ぶ子どもはあなたのことが大好き

大丈夫、楽しんで。

あの頃、大人はこうあるべき、という使命感に燃えていたし、明確な理想像も私にはあった。与えられた職務を遂行すること、人の役に立つ喜びを感じていた。

私は別段子ども好きでもなかったけれど、音楽を学び、教えることに向いていたので幼児教育者として資格を取り、ご縁あって都内の私立幼稚園に勤めだした。

朝7:30に園に着くと、すぐさま自分が担当する幼稚園バスに乗り込んで、運転手さんの運転するバスで子どもたちを迎える。幼稚園バスは3台あって、近隣の区をいくつも横断するのだ。1時間半の間、子どもたちをお迎えする行脚が続く。

幼稚園教諭になり最初の試練は、先輩からの当たりの強さや親御さんとの摩擦、子どもたちを掌握出来ない…などではなく、まさかの「乗り物酔い」だった。

ちょうど今時期は少しは落ち着いてくる頃かと思うが、4月に入園したばかりの3歳児などは、バスに乗るのも一苦労、乗ってからも大なり小なり泣いている。
あやしながらも次々とお迎えをしていく。走行中は進行方向に背を向け、園児たちの安全を確認しつつ、例えどんなに乗り物酔いをしても朗らかに。
こちらが平静でいないと、泣くのを我慢して堪えている子どもまで、不安を感じて泣いてしまうからだ。子どもたちはどんな時も大人の様子に敏感で、共鳴する。

またある時などは、いつもの運転手さんが出勤出来なくなったことで、ピンチヒッターの運転手さんが当日の朝に来てくれた。 来てくれたのはいいが、代役の運転手さんは1時間半のお迎えの道順、定められたバス停の場所を知らない。確認してからなんて悠長なことは言ってられない。既に時間が押していて、朝の忙しい時間に保護者の方と園児を外で待たせてしまうからだ。日々子どもの世話で進行方向などほとんど見ずにいた私が、運転手さんに行き先を指示することになったのだ。
これについては実際のところ必死すぎて、道中の記憶はもうほとんどない。
しかしなんとか無事に園児を乗せることができ、園に戻ってこれたことはお伝えしておく。無事に済んだことは奇跡に近く、リスクマネジメントの大切さを思う。現代においてはこんなことはないと思いたい。 

そんないくつかの地獄を見た送迎も、いつしか当たり前におこなえるようになっていく。そうして全く平気になった頃には、後輩の先生にバトンタッチする時期になるのだ。

後悔や反省もしきりにあるが、思い出のほとんどは素晴らしい情景だ。
幼稚園教諭の仕事は向いていた。

1名枠のところに沢山の応募があったというが、私の就職は①字が丁寧であったこと ②試験の解答が明瞭であったこと ③ピアノ試験において達者であったこと ④雰囲気が良かったこと という理由で決まったらしい。園長先生から採用通知と共に手紙をいただいていたのをつい先日、実家で見つけたので、明記することが出来ている。手紙はこうして忘れていたことを思い出させてくれる。

やりがいのあった仕事だが、私は社会人4年目を原宿の会社で迎えた。かねてから憧れていたアパレル業界に転職したのだ。
そこで店舗運営や営業職を経験し、そこからまた転職をし、青山にある着物や和の総合スクールを運営する会社に入社した。営業部長として思い悩みつつも楽しい職場で、自分なりに目一杯努めてきた。
この道程は自然の成り行きとしか言いようもなく、しかしながら好きなことを仕事にする諦めない強さがあったと自負している。

仕事は都度、真剣に努めてきた。昨今の残業への厳しい姿勢に反論はないが、自分の会社ではなくとも自分の会社のように思い、必死に、しかし心底楽しんで仕事をした結果残業続きだったことはしょっちゅうだ。

時折、同僚と仕事帰りに飲んで帰るのは最高だった。特に仕事の愚痴を言いながら飲むのは、何もない時よりも幸せだった。

愚痴を言い合うのが楽しいだなんて、昔は考えたこともなかったな。愚痴なんていうマイナスなものは悪いこと、だと思っていたのだ。
今思えば、なんて潔癖なんだろう。

生きるなんて、綺麗なだけじゃないし、かと言って汚いものを汚いと言って嫌わなくても良いんだ。
「つらいね」なんて言って、一緒に笑ったり泣いたりして、汚いものを浄化する時間を作ればいい。時には飲んで喋って忘れてしまうことが解決策になることもある。真面目に考えることと同じくらいに、不真面目もだいじなんだ。 

そうそう、お残り保育のあの子たち、よく園庭のジャングルジムのてっぺんに登っては、私に向かって「死ね!」って叫んでいたよね。
懐かしい。

あの頃、ただただ受け止めてるばかりで、ちっとも懐いてもらえない自分が情けなくて恥ずかしくて、だけどあの姉弟の心の寂しさをなんとなくわかってはいて、
そんなこと言ったらいけないよ、と窘めつつも、私は努めて笑っていたね。
大丈夫、半年後にはめちゃくちゃ懐いてるから、安心して。

そんなあの子達も、今は二十歳を過ぎて、立派な大人。
どうしているだろう。
ただただ、健康でいてほしい。
たくさん、笑っていてほしい。   

社会人一年目の私。
もしかしたら一番大人っぽい心持ちの時だったかもしれない。
それは、大人にならなくちゃ、という気構えが目一杯あったから。でもそれは、とても大事なことだから。そのまま気張って。
あなたを必要とする人たちにとって、良い大人でいることが何よりも大切だから。
それは、その後の職場でも、どこでもそう。

社会人として一番大切なこと、大人でいること。そのまま理想を胸に、突き進んで。

そうして時折つらくなったら、仲間と愚痴って思う存分、飲んで食べて。肴にしよう。 

そう、仕事の愚痴を言うのも楽しむのも、
素敵な大人の特権だから。


#社会人1年目の私へ  #仕事 #エッセイ #コラム 

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