身近にあった儚い存在

2017年12月1日 9日目

 夜中降り続けていた雨は、朝方目覚めると止んでいた。
 約束どおり六時前にスイミングスクールを発つ。
 最後に防犯カメラに向かって挨拶――ありがとうございました、礼。
 例のごとく国道四号線を北上する。

「ああ、ほんとに、なんていい人なんだろう!」
 弱聴は昨夜の出来事を思い出し思わず心の声がこぼれた。
 あの男性もこんな珍客が現れて驚いたろうに、固いことを言わずに場所を貸してくれて、さらに差し入れまでしてくださった。
 頂いた物はどれも強力なアイテムばかりで、吟味して買ってきた様子が窺える。あの男性が、何がいいか悩んで買っている姿を想像すると、なんだか嬉しくて使わずにとっておきたい気分になる。もちろん、もったいないので一つ残らず使わせていただくつもりだ。
 赤の他人をここまで幸福な気持ちにさせる行為を、さらっとやってのけるあの男性は、やっぱりヒーローだ。かっこいいヒーロー。映画のように空を飛んだり、特殊能力は持っていないけれど、でもあの人は、ヒーローだ。現実にいる本物のヒーローなんだ。
 だって、なかなか出来ることじゃない。
 職場の玄関先に寝泊まりしようとしてる人に差し入れなんて、まず思いつかない。もし思いついたとして、行動に移せるだろうか? 電車でお年寄りに席をゆずろうか悩んで結局ゆずれない私だ。きっと恥ずかしくなって行動に移せないだろう。差し入れを差し出す時の姿勢も押しつけがましい所がなく、こちらを気遣う心がじんわり伝わってきた。

 ああ、なんて美しいんだろう。その心意気! その行動力!
 ああ、私も美しい人間になりたい。男女に関係なく、外見に関係なく。信念の奥底から芯が通っていて、そこからブレない生き方をする、美しい人間になりたい。

 弱聴はコンクリートの地面から目線を上げた。
 国道四号線の右手には緑あざやかな山々が、左手には町が――学校や公民館、個人商店や民家などが――暮らしぶりが見えてきそうな距離に見える。
 昨晩の雨に濡れた町や山は朝日を受けてみずみずしく輝き、もうすぐ新しい一日を迎えようとしていた。

 私は真っ当で誰にも恥じない、美しい生き方をして来られただろうか…。

 やりたい仕事が出来ないことを会社のせいにして、やる気が起きないと手を抜くようになって、陰では文句ばかり言って、不満があるのに自分から変えてみようと行動することも無く、周りからはいい人と思われたくて要領よく立ち振る舞って――。
 会社にとって自分は人件費でしかないと気付いた時、私は人間でいることを放棄したのだ。お金になって、体の声も心の声も無視して、睡眠も取らずに、食べて、食べて、食べて、吐いて――

 弱聴はぎゅっと目を閉じ、息を止めた。
 自分の醜さから目を背けたい。自分の愚かさを無かったことにしたい。
 いっそ、自分を消してくれ…。
 しかし、その願いとは裏腹に心臓の音が聞こえてきた。
 …トクン、トクン。
 いくら息を止めても、心臓は動き続けている。
 …トクン、トクン。
 そう、心臓は動き続けている。いつも、どの瞬間も。

 弱聴はぐわっと目を見開いた。
 ある重大な事実を知った。いや、気付いたと言うべきか。
 それは何の変哲もない当たり前の事実。
 しかし、その当たり前の事実の中に、底知れない宇宙のような、はたまた忠義を尽くす君子のような、真っ当で美しい存在が身近にあることに気付いたのだ。

 それは、「心臓が動いている」という事実。

 やけを起こして暴食していた時も、人間でいることを放棄し、お金になって仕事していた時も、心臓は動き続け、私を人間として生かし続けていたのだ。
 さらに遡れば、就活に苦労していた時期も、受験のために何時間も机に向かっていた時期も、フラれて涙が枯れるまで泣いた時も、部活の最後の夏が終わったあの瞬間も――もっともっと前、初めて先生に叱られた時も、友達とケンカして泣いた時も、――初めて歩いた時も、おしゃぶりをして眠っている時も、――お母さんのお腹から出て来て産声を上げた瞬間も――心臓は私の体の中でずっと鼓動を打ち続けていた。
 これほど誠実で健気な存在があるだろうか。私が生まれてから今までの途方もなく長い年月、一瞬も休むことなく働き続け、私の命を繋いできたのだ。私のすぐそばで、私の意識とは関係なく、忠実に鼓動を打ち続けていたのだ。
 心臓だけではない。他の内臓や器官もきちんと機能して私を生かし続けてきた。
 それなのに私は、たった数か月の、たかが仕事のストレスのせいで、体を痛めつけ、誠実な心臓や内臓たちにムチを打つような残虐な行為を平気でしてしまっていた。

「ごめんね、私の体。ごめんね」
 弱聴は体に謝った。
 心なんて不確かなものだ。小さな出来事でころころ変わる。その不確かな心の、ほんの一瞬の気の迷いで、ひたむきに働き続ける自分の体を痛めつける資格があるだろうか。
 体があるからこそ私は生きていけるのに。体が無ければ私の心や意志は存在することさえ出来ないのに。

こうしている今も私の体は、何も意識しなくても足を動かし歩行を続け、心臓は鼓動を打ち、内臓たちはそれぞれ私も知らない仕事をこなしている。
「ありがとう、私の体」
 弱聴は体にお礼を言った。
 この時、不思議な現象が起こった。
 目からボロボロと涙が溢れ出したのだ。
 それはもう突然に、悲しいとか嬉しいとかいう感情や意識とは関係なしに、涙が勝手に流れ出る。それは正に、意志に関係なく心臓が「トクン、トクン」と鼓動するみたいに。
 こんな感覚は初めてだ。
「やっと気づいてくれたのね」
 体がそう言っているような気がした。
 この時、弱聴は強く胸に誓った。

 体に恥じない生き方をしたい。

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