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短編小説:初恋じまい(2)〜体温より〜

「でーと????」

突然の紗和の提案に、俺は少し声を高くして反応してしまい、そんな声を出した自分にびっくりして、なおさら大きな声になってしまっていた。

「うん。やり直すの」

「また付き合うって事?」

「ははは、それも良いかもね。でも、敏樹私の事好きじゃないでしょ?私は好きじゃないよ。ってごめん、嫌いとかそう言うのじゃなくて…えーと、そう、恋愛としての好きね」

「……まあ……10年ぶりに突然会っただけだからな」

「でしょ?だから、やり直すの。1日だけ。こんにちはからさよならまで」

「なるほど」

とは言ってみたものの、紗和が何をしたいのか、正直理解できなかった。
ただ、次の日は休みだったのもあったし、単純に紗和ともう少し一緒にいたい。
その思いで、紗和の申し出を了承していた。

次の日は、抜けるような青空の下、俺は紗和と少し距離を開けて、だけど隣同士で歩いていた。
デートをしよう。と誘った割には、何のプランも考えてなかったのか、俺たちは30分ほど沖縄の青空の下をただ、歩いていた。
それでも紗和はご機嫌で、時々空を見上げては「本当綺麗…」と漏れるように呟いたりしていた。

沖縄の青空はどこまでも続くようで、いつでも正直に照らす。俺はそんな沖縄の青空が苦手だった。
照らされていると、何もかも剥ぎ取られるような気がするからだ。
だからいつも避けるように、サングラスをかける癖がついていた。

そんな俺の横顔を見つめながら、紗和は少しスキップするように先を歩いて振り返る。

「今日はさ、楽しそうな事、全部しようよ。子供じみたことも、全部やる。思ったこと言ってみて?私はまず砂浜でお城作りたい」

「お城!!」

予想外の提案に俺は思わず笑ってしまう。

「良いの、全部やるんだから。さあ、私を砂浜に連れて行ってよ」

そう言って両手を広げ紗和は笑った。
俺は、少しワクワクしてきて、少し先を歩く紗和に追いついて、道案内をした。
砂浜に着くと紗和は早速砂の山を作る。俺もつられて山をどんどん高くした。
トンネルを両側から通そうとお互い掘り進める。

「あ」

お互いの指が触れた。
そう思った瞬間、トンネルは崩れて俺たちの腕は砂風呂に入ったように埋まってしまった。

「あははは!惜しかったね」

ケタケタと紗和が笑う。
釣られるように俺も「ホントだな」と声を出して笑った。
それでスイッチが入った俺たちは、次々とお城を作った。
気がつくと身体中砂だらけになっていたが、それさえも楽しくなっていた。

「砂、落とさなきゃな」

そう言って当然のように俺は服のまま、海に入り、ジャブジャブ身体を洗った。

「ねえー!海で洗い落としても、今度は海の潮がついちゃうじゃん。何やってんの」

「あ、そっか」

本当に何も考えていなかった。
見ると、砂浜で笑い転げている紗和がいた。
もうどうでも良くなった俺は、そのまま海にぷかぷか浮いた。

波が耳に当たる音と風の音が俺を包み、正直な青い空は相変わらず俺を照らしていた。

「俺ね」

青空の正直さに押されるように、思わず言葉が漏れていた。

「うん」

姿は見えなかったが、紗和が話を聞いてくれているのが分かった。

「紗和が引っ越しちゃった時、どんどん知らない紗和の世界が広がっていくのが分かって、俺だけ置いていかれるのが怖かったんだ」

「うん」

「………それだけ、好きだったんだよ。大切すぎたんだ。紗和の事が」

「そっか……ありがとう……でも……それは、私から逃げたって事だよね」

風に消されそうな小さい声で、紗和は答えた。
その言葉を聞いて俺はザバリと起き上がり、濡れた体のまま紗和に近づき、隣に座った。

「……そうなんだと思う。いや、そうなんだよ。俺は、卑怯だった。好きでいる事が怖くなって、そこから逃げたんだよ。いろんな理由をつけて……ごめんな」

困ったような顔をして紗和は笑っていた。

「そうだよ。突然別れ告げられて、嫌われたのかどうかもわからないままだった。あのねぇ…あれから私、突然フラれるのが怖くてそんなに深い付き合いができなくなっちゃったんだから」

俺はこの10年、あの時自分だけが辛い思いをしたんだと勝手に思い込んでいた。
何て浅はかだったんだ。
そりゃ笑顔が浅いと言われても仕方がない。

空を見上げ、正直な空にもう一度勇気をもらい、サングラスを外す。
そして紗和をしっかり見つめた。

「俺、あの時は本当に紗和が好きだった。大切だった。それは間違いないよ」

「……ありがとう…ずるいなぁ」

紗和はそう言って横を向いてしまった。
泣いているのが分かった。

抱きしめたい。

そう思ったが、ここで抱きしめることは、安直な答えに飛びつくだけだと自分を戒めた。

「紗和、海入ろうぜ」

俺は宣言をするように紗和を誘った。

「え?服濡れちゃうよ。やだよ」

「俺はもう濡れてるからさ、良いじゃん、道出たところに服売ってる土産屋あるから、そこで調達すれば良いよ。今日は楽しそうな事、全部やるんだろ?俺、紗和と海に飛び込みたい。いくぞ!」

そう言って俺は紗和の腕を引っ張って海に飛び込んだ。

「きゃーーーー」

最初は悲鳴をあげていた紗和だが、次第に楽しくなってきたのか、一緒に海で泳いだりしてはしゃいだ。

「あははは、なにこれ、楽しいね」

青空に溶けそうな笑顔だった。
その笑顔に、俺も笑って返す。

ああ、俺は沖縄の青空を見れるようになったんだ。

沖縄の海の風が、雲を連れてきていた。(続く)

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