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オオイヌフグリ〜最愛サイドストーリー〜

木々は葉を落とし、一面は雪景色になっている。
年月とは不思議なもので、こちらがどう思おうと定期的に季節は巡り、年は重なる。
加瀬が梨央と優の前から姿を消して10年が経っていた。

加瀬は長野の小さな町に居を構えていた。
その地域は、白川のように雪深い地域で、冬が長く、5月まで雪が消えない。
その地域でその雪に閉じこもるように、加瀬は暮らしていた。

そんなある日、加瀬の馴染みのお好み焼き屋に、1人の男が現れ、彼の隣に座った。

「おばちゃん、俺、イカ玉お願いします」

宮崎大輝だった。
加瀬は一瞬驚いた様子だったが、すぐにいつも通り、冷静な姿に戻っていた。

「何勝手に注文してるんですか」

「ええやないですか。腹、減ってるんです」

そのままの流れで、2人でお好み焼きを食べた。
そんな光景を客観的に見て、可笑しくなった加瀬がふっと笑った。

「お子さん達、大きくなりましたね」

少し意地悪をする様に、大輝に切り出した。

「なんで知っとるんですか?」

大輝は驚いた。そんな驚く大輝を見て、目的を果たしたように得意げな顔をした。

「良いじゃないですか、そこは」

きっと、梓が知らせていたんだろう。大輝はそう考えた。
もちろん梓からは何も聞いていないが、この2人の関係性が切れるわけはないと直感が語っていた。

いつしか、お好み焼きを食べながら、2人はビールを傾けていた。

「梨央と優の為に、貴方が2人の前から消えてもう10年経ったんです。2人はわかっとります。貴方が思うより、強くもなっとるんです。
だから、2人の前に戻ってきてください。
優が、貴方の弁護をする言うてます」

大輝は突然切り出した。

「……優くんが…」

「貴方があの時守ってくれたから、あの薬で優の記憶障害も、良うなったんです。
知っとりますよね?優が弁護士になって国選弁護人として活動しとる事」

大輝は、先ほどの会話から、きっと2人のことは全て梓から報告を受けているんだろう、そう思っていた。

加瀬は、わかってます。と言った顔で笑みを浮かべた。

「本当は、貴方に梨央と優を託されてから、一生秘密を抱えていこう、そう思ってました。
でも、梨央に言われたんです。『加瀬さんが何をしたかのか、なんとなくわかってる』って。
梨央は、俺に一人で秘密を抱える事を許さなかった。2人で抱える事を選択してくれたんです」

大輝は、空になったビール瓶に気付いてもう一本注文し、加瀬の空いたグラスに新しい冷えたビールを注いだ。

「優は、貴方に憧れて弁護士になりました。いなくなったインコを探すように、困ってる人の助けになりたい言うて、国選弁護人をやっとります。
アイツはこの10年で、守られる立場から守る立場に、姉ちゃんだけやなく、色んな人を助けられるようになったんです。
梨央も、子供が出来てからは、前より一層前を向くようになりました。
でも、一人でガムシャラに頑張るのではなく、愚痴を言いながら、笑顔で色んな事を乗り越えてます」

「宮崎さんは?」

加瀬は大輝に根本を問いただすように質問した。

「俺は……俺は、梨央や優、子供たちが笑ってくれてればそれでええんです」

「…簡単ですね。相変わらず」

「ええ、簡単なんです。俺は」

溢れる朴訥とした大輝の笑顔に加瀬は緊張で上がっていた肩が下がるのがわかった。

そんな加瀬の雰囲気を感じとり、大輝は座り直して加瀬の方をまっすぐ向いた。

「俺は簡単やし、単純やから言います。もう一度言います。
梨央と優の元に戻ってください。
これは、俺1人の考えやなくて、3人で何遍も話し合いました」

大輝はもう一度大きな息を吐き、姿勢を正す。

「今まで、お互いがお互いのことを思って秘密を抱えてきた俺たちやけど、だからこそ、話し合いをしました。その上での結論です。
それで、梨央と優に託されました。自分達が貴方の前に現れても、また守られて終わってまう。やから、大ちゃん頼むわ。って。
もう、守らなくてええんですよ、加瀬さん。2人は自分で自分のことを守れるようになったんです。色んな人に頼りながら。
やから、俺たちの願い、聞き入れてください」

大輝は深々頭を下げた。

「嫌ですよ。
私はね、貴方のことは、会った時から気に入らなかったんですから」

そんな加瀬の否定の言葉に落胆して大輝が顔を上げると、加瀬が笑顔で大輝のグラスにビールを注ごうと待っていた。

大輝はやられたな、と言う顔をしながら、グラスを持ち、ビールを受け取った。

「大体、私が貴方達の前に現れることで、貴方の立場はどうなるんですか?今、係長でしょ?」

「ええんですよ。俺は元々出世に興味は無いんで。ただ、困ってる人を助けたい。その思いで警察官になったんですから。どこにおっても、その思いは変わらんです」

「本当に、貴方は単純だ」

加瀬は呆れたように笑い、グラスをあけた。

「あの」 

大輝が少し思い切ったように加瀬に切り出す。

「ここ、もんじゃもあるんですね。頼んでええですか?一緒に食べません?」

「…好きにしたらいいですよ」

加瀬は穏やかに言葉を返し、2人でビールを注ぎあい、2人でもんじゃを食べた。

お互いのこんな所が気に入らないとか、そんな文句を言いながら、いつしか、大きな声で笑い合っていた。

「宮崎さん。私は罪を償っても良いんでしょうか」

加瀬が少しトーンを落として大輝に向けて呟いた。

「この10年、ずっとそれを問い続けてきました。
残念ながら、自分が彼女らのために一線を超えたことを後悔したことは無いんです。それが私の守り方だったから。
そんな私が、罪を償うと言う言葉を使って良いんでしょうか。その答えが出なくて、気が付いたら10年経ってました」

「わかりません」

大輝は少し時間を置いて、そう答えた。

「だだ、その答えを見つけるために、俺らがおると思ってもらえませんか?」

「俺ら?」

「はい。加瀬さんと俺らは家族以上の関係やないですか。家族なんやから、みんなで問題を解決していけばええんやと思います」

加瀬は突然笑い出した。

「貴方と私が家族ですか。これは面白い」

「あ、すんません。
なんか、えーと、どう言ったらええかな。ほら、俺と梨央は夫婦やから、家族なんだし、そうなれば加瀬さんとも家族ってことやし…」

大輝は前髪をかきながらしどろもどろになる。

そんな光景がおかしくて、また加瀬は笑い出した。

「ははは、そんなだから、貴方に2人を任せられたんですよ」

加瀬は大輝に近づき、両腕を掴んで頭を下げた。

「ありがとうございました」

今まで、加瀬はこの白で染まる地域にひっそりと暮らすことで、自分の存在を消してきた。
白い景色が、自分を真っ白に染めてくれる。そう言う幻想を抱いたのかもしれない。

ただ、雪はいずれ溶ける。溶けた下から、オオイヌフグリが小さく咲き出す。
白い景色に閉じこもりたい。そう思いながらも、毎年顔を出すオオイヌフグリを見つけるたびに、心が踊った。
春の訪れが嬉しかった。

「私はオオイヌフグリを見て良いのかな」

ポツリと加瀬がつぶやいた。心の底から、言葉が出た。

「所で、私の居所、なんでわかったんですか?」

「警察、なめんなよ。ですよ」

2人は笑い合い、鉄板に向かってもんじゃを再び食べ出した。
もんじゃの焼ける音と、2人の笑い声が店に響き渡った。
春の訪れを感じる、ぼた雪が降り始めていた。


あとがき
最愛がついに終わりました。
加瀬さんが最愛の人たちを守るために一線を超えてしまっていました。
とても悲しかったですが、そのまま姿を消した加瀬さんは、きっとどこかで困っている人を助けながら暮らしているだろう。そんなことを考えて、今回のお話を妄想しました。
このお話は、私の完全なる妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。



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