短編小説 色とメロディーが混ざり合う時〜P2P1曲目『リズム』より〜
「真琴、あんた、ご飯ちゃんと食べてるの?」
母親の無遠慮な声が、私の耳に突き刺してきた。
「大丈夫。食べてるよ。心配しないで」
嘘がバレているのは百も承知だ。
でもわたしは、嘘を言うしかなかった。嘘をついてでも、この真っ暗闇の世界から私を引き摺り出して欲しくなかった。
「ねえ」
暗闇から声をかける。
返事はない。
当たり前だ。
あの人はもうこの部屋にはいないのだから。
というか、この世にもいない。
あの人のいない世界なんて、考えられない。見たくない、聞きたくない。
だから、わたしはこの暗闇で1人横たわっている。1人でいれば、あの人がいない世界を感じることもない。
ただ、生きてるフリをしていれば良いのだ。
生きているフリをして仕事に行く。
生きているフリをしてご飯を食べる。
生きているフリをして友達と会う。
そんな時、あの人の色鉛筆を見つけた。
ああ、そうだ。
あの人は、色が好きだったな。
特に絵を描いたりするわけじゃないけど、色を見るのが好きだからって、色鉛筆を並べてうっとりしてたっけ。
わたしは色鉛筆に手を伸ばして、青色を手に取って線を引く。
白い紙に一本の色ができた。
その色をきっかけに、わたしは次々に色鉛筆を手に取って線を引く。
いつの間にか夢中になり、気がつくと、あの人の顔を描いていた。
絵の中のあの人は笑っていた。
何回、何枚描いても、描くのは、あの人の笑顔。
そうだ。
あの人はこんな笑顔で私を見てくれていた。
そんな笑顔が大好きだった。
ふと見上げると、フレームに入れてある写真が目に入る。
何年か前にあの人と行った南の島の写真だ。
色とりどりの花と、青空。
「幸せいっぱいの景色じゃない?」
あの人は笑いながらそう言った。
その言葉を思い出した瞬間、私の周りが急に色付いて見えた。
色鉛筆が色とりどりに踊り出す。
乗せられるように、わたしは、カラフルな色たちとリズムに乗ってダンスを踊る。
私が描いたあの人の笑顔も踊り出す。
わたしは色を目一杯抱きしめる。
この世界で生きていこう。
衝動的ではあるが、強く、そう力強く誓った。
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