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ソロ活、ススム、ススム、


ひとり行動の行動力に拍車がかかっています。

いやー、楽しくて。楽しくて。ひとり行動を楽しみ過ぎていて、果たしてこれは大丈夫なのだろうか?と、不安になってくるくらいです。


そんな矢先、「ソロ活女子のススメ」というドラマに出逢いました。ひとり行動って、ソロ活って言うんですね。(今更)

気になって観てみると、私は江口のりこさん演じる主人公:五月女恵の気持ちに共感するばかりで。そうそう!そうなの!!が止まらなくて。

結果、大丈夫だな!ひとり行動を楽しみ過ぎていても!ソロ活、楽しも!という気持ちに辿り着きました。


美味しいものは家族みんなで!楽しいことは家族一緒に!そういう気持ちが強い母のもとで育ちました。だからなのか私も美味しいものは家族にシェアしたいと思うし、実家暮らしだったので自分が食べたいと思った甘いものなどはもちろん家族全員分購入していました。美味しいもの・楽しいことはシェアしてこそ!と思っている部分があったと思います。

もうずーっとそんな生活だったから、引っ越してから毎週自分の好きなように過ごしていることに少しの罪悪感がありました。家事だって、実家暮らしの時とは違い自分の為だけにしています。

今の私は自分ひとりの為だけに好きなように生きていて、私ってすっごく我儘なんじゃないかな?こんなに好きなようにしててもいいのかな、、、と不安に思うこともあったのです。

でも、いいんだ。きっと。五月女恵さんを見て、そう思いました。


始めから、ソロ活するぞ!と意気込んで行動しているわけではありません。単純に自分の行きたい場所や食べたいもの、やってみたいことがあって、それを実行しているだけ。誰か同行者を探すよりもひとりで思い立った時に行動しちゃいたいだけです。

ソロ活女子のススメの主人公は、人が嫌いだからひとりで居たいというわけではない。ソロ活中に出逢う人との会話だって割と楽しむ。でも人付き合いは疲れるから苦手。

私は人付き合いが好きだと思っていましたが、20代前半の私がスケジュール帳の人との予定で埋めたかった気持ちは、寂しさからくるものだったんだと今なら分かります。

何処かに自分の居場所が欲しくて。それは自分以外の誰かに自分を求められたり、自分以外の誰かと楽しく過ごすことで満たされるものなんだろうと信じて疑いませんでした。けれど、スケジュール帳に予定がぎっしり詰まっても、心は満たされないままでした。


そしてひとりで挑戦したワーキングホリデーから帰国してみると、休日は誰かとの予定を入れなくちゃ!なんて思わなくなっていました。コロナ禍で人と会いづらいということもありましたが、寧ろそれが良かったとさえ思いました。だってやっぱり誘いを断るのは苦手なので。

どうやら私はひとりで海外生活をしたことで、自分と向き合う楽しさと、ひとりで挑戦する気持ち良さを知ってしまったようです。そして私はそれが好きで、所謂ソロ活で心のバランスを保てるのだと知りました。


同調圧力がもの凄く自分にとってストレスだということも、帰国して実感しました。特に当時の職場環境がそうだったと思うのですが、同意・調和が良しとされる風潮。優しい人の多い環境でしたが、ずっとここに居たらアイデンティティが崩壊しそうだと感じていたのも事実です。

そして団体の中にいると、どうしても気疲れしちゃいます。大勢で何かをするとなると、気を遣う方向は四方八方。楽しめていない人いない?大丈夫?と、勝手にあれこれ先回りして心配しちゃうこの性格はなかなか修正できません。だから、ひとりの時間が必要なのです。自分のことだけを気にする時間。


人によると思いますが、私はどうやら少し人口の多い場所の方が暮らしやすいみたいです。人口が減っていると言われる神戸ですが、生まれ育った町と比べるとまだまだ人が多い印象です。それに大阪や京都へのアクセスも簡単。

人が多い場所には、やはりイベントやスクールなども多い。つまり、行動しやすい環境です。ソロ活人間には最高。ソロ活が、ススム、ススム!従って、休日はひとり時間を大満喫しています。その行動範囲は着実に拡がっていて、バリエーションも増えています。


自然との触れ合いが足りていない!と感じる時は、片道1時間程度のハイキングに出掛けたりします。昨年ひとりお伊勢さん参拝をして以来、神社に足を運ぶことが好きになったので、少し山の上にある神社まで歩いたりもします。有難いことに神戸は、北には山・南には海が広がっているので、思い立った時に自然の中に身を置くことが出来ます。

家族で行く初詣は家族行事として大切で好きですが、ひとりでのお参りは集中出来てより清々しい気持ちになれると感じます。グループハイキングも楽しくて好きですが、やっぱり会話重視になっちゃう。ひとりで山道を歩いてみると、ひとりで自然の中に身を置くことでこそ感じられるものがあるなあと思ったりもします。

韓国気分に浸りたい!と思ったら、一人でふらっと大阪の鶴橋へ行き、屋台のような雰囲気のお店でトッポッキを注文。ここでお酒が飲めたら最高なんだろうな〜結局私はお水やお茶が一番美味しいんだけど。なんて思いながら、二人組に挟まれてひとりでトッポッキを食しました。

お仕事頑張った〜つっかれた〜〜!と思ったら、少し足を伸ばして温泉に行ったり。ええ!やってみたい!と思ったお花屋さんのワークショップに参加してみたり。本当に割と何処へでも行っています。


「ご飯は誰かと食べる方が美味しい。美味しいものは誰かと食べたい。」以前はそう思っていました。でも所謂飲み会に参加することが多くなると、美味しいものを数人で食べる時に美味しいものの美味しさを堪能しづらいことにモヤモヤする自分がいたのです。

美味しいものを食べているのに、美味しいと感じる間も言う間もなく止まらない会話。相槌を打つのに忙しくて、美味しいものが口の中に入っているのに脳は話に集中させなければいけない。

他の人はちゃんと料理を味わいながらも、脳を働かせてその料理とは全く関係のない会話が出来るのか、、、私にはそんな器用なこと出来ないので、大勢で会話メインの食事をすると、不完全燃焼感が残ってしまうのです。


ドラマの初回、「みんなで食べる焼肉はコミュニケーションの場。お肉はそのツールだ。」というような台詞がありました。ああ、本当にその通りかもしれないと思いました。みんなで食べに行くご飯代は、私の中で完全に交際費でした。

それはそれで良いのです。あの時みんなで行った焼肉屋さんでした話が思い出として残ることだって素敵なこと。美味しいものをみんなで食べれば美味しいです。

でも、ただ自分が食べたいお肉を食べたい分量だけ頼んで、目の前のお肉にだけ集中する焼肉だって、美味しいのです。美味しいものはひとりで食べても美味しい。台詞にもありましたが、本当にそうだと思います。


私もドラマの主人公のように、人間は好きだと思っています。人との関わりがなければ生きていけないとさえ思います。けれど、どうしたって団体の中では気を遣っちゃいます。それがこの先も続くであろう関係の人なら尚更。

だから私は、旅先や店先での出逢いが好きなのかもしれません。また会うのかどうかも分からないけれど、そこで偶然居合わせた人との会話を楽しめるのも、ソロ活の醍醐味です。

そして、ソロ活が楽しいと感じるのって、勇気を出してちいさな挑戦をしているからかもしれないと思うんです。誰かと一緒だと安心感があるから初めてのことにもトライしやすい。でも、ソロ活は挑戦するかしないかを決めるのも自分自身。それが楽しかったとしても楽しくなかったとしても、その経験を噛み締めるのは自分ひとり。

大袈裟かもしれないけれど、どんな結果もひとりで受け入れる覚悟をきめて、そして勇気を出して新しいことに挑戦する。それが多分、気持ちいい。



自分の心の声を聞いて、自分の好き嫌いを自分に問い、自分で選択する。そうして結果として出てきた答えを自分で受け入れる。そうやって自分への許容範囲が広がることで、他人を受け入れることも、容易くなる気がします。

他人と一緒に生きる毎日の中にある、自分のためのソロ活。

今年は興味のアンテナが伸びる方向へ、ひとまず何でもやってみたいと思っています。早速、誕生日には初めてのことに挑戦してみようと企み、予約をしました。とっても楽しみです。


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