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【後編】夢持つまちの一手が世に共感を広げる~いすみ市・鮫田晋さん

地域を変えるには、まず子どもからーー。冒頭から新しい気づきをくださった千葉県いすみ市農林課の鮫田さんとのお話。前編ではいすみ市の環境保全活動が、有機米の生産や学校給食への導入、そして子どもたちへの教育まで発展していった経緯を詳しく伺いました。そこには情熱を持った地域の大人の存在が不可欠だということも。
後編では、いすみ市の取り組みのどんなところを他の自治体が参考にできるのか、そしていすみ市は、まちや子どもたちの未来をどのようにイメージしているのかにまで話が広がっていきました。

(前編はこちら)

課題解決は地域の特色や事情に合ったやり方でしかできない

千葉 いすみ市の取り組みを見て、「うちもこうやりたい」という自治体も多いと思うんですが、鮫田さんをはじめとするいすみ市のみなさんのような人材がどこにでもいるわけではないのが難しさですよね。
 
鮫田 そう言っていただけるとのはある意味ではありがたいのですが、私たちは決してパイオニアではないんです。有機の稲作によるまちづくりでは豊岡市、学校給食への供給では愛媛県今治市といったように、各地の優れた事例をかなり参考にしていますから。それらを自分のまちでやろうと思ったときに、各地の特色に合ったやり方をすべき、と言うよりもそうならざるを得ない。その上で、地域ごとに積み上げてきたものを、人を含めて活かしていくことになるんじゃないでしょうか。
 
千葉 大切なのは地域で活動されている方と事業とを結びつけること、なのですかね。実際にいすみ市の取り組みについて自治体から問い合わせはありますか。
 
鮫田 予算の振り分けなどピンポイントな質問から体制づくりの詳細までさまざまあります。聞かれたことには答えつつ、基本的には「私たちの場合はこういう課題があって、こういう取り組みをしたらこうなりました」という説明をすることになります。私自身も、豊岡市の方にお話をおうかがいする機会があったのですが、先行事例でとられている手法の一つ一つは、地域の深い事情を踏まえて熟考されたものなんだと気づきました。参考にする上では、そうした経緯や思いをリスペクトしてきました。
 
千葉 日本全体に話を広げると、給食への導入も含めて有機農業はどのように展開していくんでしょうか。
 
鮫田 私の予想はなんの影響力も正確性もありませんけど、次の展開としては「このまちではこうやったらうまくいきました」という事例がどんどん出てくるのかなと。すでにそうなりつつありますけどね。他の国を見ても、ある自治体から始まった先進事例がやがて国家規模に、という流れでしたので、日本もそうなっていくんじゃないですかね。国が何ごとかルールを決めるのは最後の段階だと思います。
 
千葉 そんな流れが生まれていくとすると、各自治体は早めに手を着け始めた方がいいですね。
 
鮫田 それはそうだと思います。実際にそういう考えのもとで動き出しているところもあるように感じています。

必要なのは「国民皆農精神」かもしれない

千葉 今手掛けられている事業を今後はこの方向に進めたい、といった展望はありますか。
 
鮫田 自然と共生したまち、持続可能な農業を主体に進めていくというのは市のアイデンティティになりつつあるので、コンセプトは間違っていないと思うんです。あとはそれをどこまで教育、地域経済をはじめ生活のあらゆる分野にコネクトしていくかですね。その次に考えているのは、都市と結びつくこと。都市の需要と地方の供給をしっかりつないでいくことで日本全体が持続的で質的に豊かな国になるんじゃないかと思うんです。
 
千葉 都市の人たちも、ただ消費するだけではなくて生産者に思いをはせるべきだし、そうした消費者をつくっていくアプローチも必要ですよね。
 
鮫田 たとえば韓国では、ソウルの給食はオーガニックである上に無償なんです。その調達先がどこかというと、周辺の農村部。予算を投じて高い食材を仕入れているわけで、そこには「共生」っていう理念があるんですよね。都市は地方と関わり合わなければ生きていけないという考えが政策に反映されているんです。
 
千葉 日本でもそのような考え方が広がっていけばいいんですが。
 
鮫田 なかなか難しいかもしれませんが、どこかの自治体が事例を通してそうした意識を発信することは大事じゃないでしょうか。小さなまちの小さな取り組みでも、世の中に共感が大きく広がっていくことがあるんですよね。そういう心持ちで一つ一つの実践を大切にしていきたいなと思っています。
 
千葉 私としては、国の負担で全面オーガニック化してもいいのかなと。防衛費でいくら、というのと比べれば負担は少ない。国を守るのはミサイルではなく、食糧ですから。
 
鮫田 それに、言い方はよくないかもしれませんが、給食によって公共が日本人の食の趣向をデザインできる可能性もありますよね。消費者が食べることで国内の農業や漁業は支えられるわけですから、食の在り方についてはもっと国民的議論が必要だと思います。
 
千葉 欧米の先進国では、農家の収入の9割が補助金というくらいきちんと農業を保護しているところもあります。日本の場合は新型コロナウイルス禍で需要が落ちると、すぐに生産者が辛い状況に陥ってしまいます。
 
鮫田 日本の中でも際立ってうまくいっていない分野だと思いますよ。にもかかわらず、なかなか世間的な話題にも上がってこない。
 
千葉 新規就農者を増やすために国もいろいろ取り組んでいるけれど、問題は定着率ですよね。一方で加齢によって離農する人は増え続けていて。
 
鮫田 新規就農しても3、4割は5年以内にやめてしまうそうですね。このままだと食べ物を作る人がいなくなってしまいますよ。
 
千葉 農業、やった方がいいですね。
 
鮫田 「国民皆農精神」っていうのは必要かもしれないですね。ガーデニングで野菜をつくるとか、やれるところからやってみる。
 
千葉 いすみ市は新規就農希望者を多く受け入れていますが、状況はいかがですか。
 
鮫田 収入だけでなく生きがいの話にもなってきますから、一概に「こんな結果が出た」とはなかなか言えないんですが、学校給食向けの野菜は新規就農者に中心となってもらっています。まだ始まったばかりなのでつくるのも売るのも大変で、必ずしも経営的に自立できている方々ばかりではありません。基本的に行政としては経営的に自立できるようにとサポートしています。
 
千葉 コメの場合は給食への全面導入と産地化という目標に向かい、達成しましたが、野菜はまた別の難しさがありそうですね。
 
鮫田 野菜は種類があって出荷時期も限られているし、サイズもばらつくので、流通や調理の業者さんとの細かい調整も必要になります。コメとはまったくの別事業ですが、有機米の生産を通して成功が次の成功を呼び寄せるという経験をしているので、どんな小さな成果だろうと、そこにつながるのであればという思いでやっています。これもまたコメと一緒で、広く理解を求めるには結果を見せるしかないんですよ。結果は嘘をつかないので。

体験の一律提供こそ行政の役割

千葉 都市との結び付きで言えば、都会の子どもたちに生産地に来る機会を設けてあげたいですよね。オンラインなどいろいろなツールはありますけど、やはり現地での感情の通った交流にはかなわない。
 
鮫田 有機米の収穫量をもっと増やせたら、都市部の学校給食に提供したいと考えているんですけど、それがゴールではないと思っています。子どもたちに何日かかけて滞在してもらって、今日みたいな自然体験をしてもらいたいんです。これまでオンライン交流はやらせてもらったことがありますし、関心を抱くきっかけにはなったはずですけど、やっぱり実際に来てもらうことは必要だなと。
 
千葉 自然の中で得られる感覚は大切な学びですよね。たとえば田植えの時に田んぼでバランスを崩してヒヤッとした経験から、自然に足を取られる怖さがわかる。
 
鮫田 きょうも川で転んでいた子がいましたけど、きっと忘れられない経験になったと思います。
 
千葉 鮫田さんご自身も3人のお子さんを育てられているんですよね。
 
鮫田 虫にかまれたり、プチ災害みたいなことがあったり、いろいろと大変なことはありますけど、そういうことも含めて「生きるっていうのはこういうことだ」という実感のもとに暮らせているのはいいことだと思います。暑ければ海に行けばいいですし(笑)。
 
千葉 私の持論なんですが、子どもは自然と直接ふれあう体験をすると、ものごとを〝面白がる力〟が身に付けられると思うんです。それが生きる力であり、結果としてもっと学びたいという意欲も出てきて学力向上にもつながるんだろうなと。学力調査で結果が悪くて、テストの回数を増やそうなんていう自治体もありますけど、一番手っ取り早い改善策は自然にあると思います。それは行政が意識的に子どもたちに提供しなければいけない。
 
鮫田 今は人口減少で地域の力が減少している中ですから、行政の率先した取り組みは必要だと感じています。
 
千葉 行政がやることのよさは、学校単位になるので子どもたちへ一律にサービスを届けやすいという点ですよね。たとえば東京のお金に余裕のある家庭だけが体験に恵まれるのでは格差が広がる一方ですから。
 
鮫田 私たちが公教育に入り込んでいったのも、普及啓発を等しくできるからなんです。給食はそのいい例で、どんな家庭の子どもでも同じものをしっかり食べられる場というのは大切。だからこそ、そこで提供するものにはこだわっていきたいんです。

多様性に育まれた未来の子どもたちへの夢

千葉 生産者の顔が思い浮かべられるお米や、自分たちで手掛けたお米が食べられる。そういう体験ができるいすみ市の子どもは本当に幸せですね。具体的には子どもたちに給食や農体験を通してどんなことを感じ取ってもらいたいとお思いですか。
 
鮫田 食べ物の生まれる過程や、そこでの環境の関わり、地場産品を地域で消費することの意味などを考えてほしいです。保育園から中学校まで広がれば十数年というスパンでそれを考え続けられるようになるじゃないですか。その結果として有機野菜の品目も増えていったり、家庭にまで望ましい食の提案がなされるかもしれません。そこには大きな可能性があります。
 
千葉 確かに、そうしていったら市全体の食への目線が変わっていくことでしょうね。それと私は行政が子どもたちに提供すべき機会として他にも、「目を輝かせている大人との交流」があると思うんです。今日の生き物観察会の運営をされていた方々を見ていて感じたのですが、いすみ市ではそれがなされているのが素晴らしいですよね。
 
鮫田 地域の方々はみんな、未来志向なんですよね。私を含めて県外出身者もいれば、根っからの地元民もいる。もともと住んでいる人が築いてきた社会基盤は大切にしつつ、時代に合わせて変わっていかなくてはいけない。そういう時に、地域外から入ってきた人も一緒になって、これからのいすみ市を前向きに考えることができているんです。こういう多様性の中で子どもたちが生活できるというのは面白いことなんじゃないかなと思います。
 
千葉 東京は確かに人という意味でも多様性のあるまちだとは思うんですけど、他者を自分とは関係ないと思いながら暮らしてしまうところがあるじゃないですか。でも、地方だとその存在がリアルなんですよね。
 
鮫田 そうですね、リアルな結びつきが強いことは間違いありません。
 
千葉 鮫田さんたちの事業は、自然や食の魅力とともに、いろんな面白い大人たちがいるということを子どもたちに伝えていますが、私はそれらがやがて子どもたちの郷土愛につながるんじゃないかと考えているんです。いすみ市は東京との距離も近いので、子どもが育ったら一度は都会で生活してみたいとなるというのは理解できますけど、たとえば農家の子が都会から故郷に戻ってきて家業を継ぐというようなケースが増えるんじゃないかと。今は親が「農家なんてやるもんじゃない」というような世の中ですけれど。
 
鮫田 特定の事業が郷土愛とどう結びつくかはなかなか実証が難しいですけど、自分が子どもだったころに故郷についてどう思っていたのかな、という経験と照らしながら、これについては長期で見ていきたいと思っています。私はいすみ市の子どもたちが将来どうなっていくかというのが、やっぱり楽しみなんですよ。うん、そこには夢を持ってるんですよね。

(了)