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【矢部太郎さん×『星の王子さま』ができるまで】児童文学を読めなかった子どもの頃の自分へ。

「大切なことは、目に見えない」

サン=テグジュペリの名作『星の王子さま』の中で、キツネが王子さまに言ったセリフです。お話の内容はおぼろげでも、このセリフだけは覚えている、という人も多いのではないでしょうか。

「大切なことは、目に見えない」

うーん、やっぱり素敵なセリフです。
(大事なことなので、もう一度言ってみました)

そう、大人は大切なものを見失いがちであります。

このたび『星の王子さま』の挿絵を含むイラストを、漫画『大家さんと僕』の矢部太郎さんに描いていただきました。今年3月に創刊した「キミノベル」という、新しい児童文庫レーベルからの刊行です。

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なぜ絵を変えたのか?
なぜ矢部さんだったのか?
なぜいま『星の王子さま』なのか?

そこには、わたし担当編集の松田が「大切にしたい」想いがありまして……

編集者のちょっと3分ください。
いや、3分と言わずとも(言ってるのはお前だ)、小一時間お付き合いいただけませんでしょうか。

矢部太郎
1977年生まれ。お笑いコンビ「カラテカ」としてキャリアをスタートさせたのち、『大家さんと僕』で漫画家デビュー。大家さんとの日常を優しく丁寧に描いた作風が評判を呼び、ベストセラーに。同作は第22回手塚治虫文化賞短編賞も受賞した。2021年、同賞の社外選考委員となる。著書に『ぼくのお父さん』がある。
ポプラ社 松田拓也
91年生まれ。奈良県出身。前職で約80冊の文芸作品を担当。2019年、ポプラ社に転職。20年、漫画家×児童文学フェア「キミはまだ、名作の面白さを知らない」企画。21年、新児童文庫レーベル「キミノベル」の創刊に携わる。

子どものころ、児童文学が読めなかったわけ

ある日、『星の王子さま』に新しく絵を描いてくださる人を探していたわたし。『星の王子さま』といえば、挿絵も作者のサン=テグジュペリが手掛けています。淡い色調の繊細な絵は、いちど見たら忘れられませんよね。いつ見てもキュンとしてしまう素敵な絵で、わたしも大好きなのです。

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なのにどうして絵を変えるのか?

うーん、ごもっともな意見です。

ちょっと昔話をさせてください。
わたしは子どものころ、『ドリトル先生』が好きでした。
ヒュー・ロフティング作の、動物の言葉が話せるお医者さんとにぎやかな動物たちとの冒険譚で、『星の王子さま』と同じく児童文学の名作と誉れ高く、楽しい作品です。

さて、さっきわたしは「好きでした」なんて言いましたが、厳密に言えばウソです。
わたしが好きだったのはエディー・マーフィー主演の映画版だったのです。

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ポプラ社から当時ノベライズが出ていた!(偶然)

両親はわたしがこの映画を喜々として観ていることに、「これ好機!」とほくそ笑んでいたはずです。そのころのわたしといえば、「読書=漫画」でしたから、原作を与えれば、小説を読むきっかけになるはずだ、と。
しかし、わたしは『ドリトル先生』を読むことができませんでした。その理由は――挿絵が怖かったから!

子どものころの自分が読みたかった本にしたい

『ドリトル先生』もまた、作者のヒュー・ロフティングが挿絵を描いています。いまなら分かります。その絵のすばらしさが。そしてまた、絵への抵抗がなくなってから思うのです。なんて面白い話なんだろう、と!

そこで考えたわけです。
原作は原作で大切にするべきだけれど、より多くの今の子どもたちが楽しめるように、他の選択肢もあっていいのではないか――。

絵が怖いとか、難しそうなどと思って手を出さなかった子たちも、ビジュアルを変えたり、本の作りを工夫したら読んでくれるかもしれない。
だって、話は面白いし……。
絵や佇まいで断念してしまってはもったいない……。

子どもの頃の自分が読みたくなるような本を作ってみよう!

そこで、キミノベルでは漫画『クマとたぬき』で人気のさんに絵を依頼しました。

そして、できあがったのがこちら。

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(か、かわいい……)

帆さんの絵はかわいいだけじゃありません。
動物への愛ある眼差しが随所から感じられるのです。

訳者の杉田七重さんも、中のツバメの挿絵について「身体の冷えたツバメを毛布でくるんでやり、お茶まで出してあげるなんて、帆さんはなんて優しい方なのでしょう!」
と驚かれていたのですが、わたしもまさにそういうところが帆さんの魅力だな、と思うのです。

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冒頭には、あらすじを紹介しつつ、ドリトル先生の魅力を伝える4コマ漫画も描いていただいています。また、最後には動物の豆知識ページも付けました。入り口のハードルを下げつつ、最後にはちょっと詳しくなれる。そういう本にしたかったのです。

ドリトル先生003-004

実際、刊行後にいただいた読者のお母様からのメールには、

「今までどんな『ドリトル先生』を与えても興味を持たなかった娘が、このキミノベル版は買ってきてすぐに読破し、続きはないの? と言っています」

とありました。まさにわたしが目指していたところだったのでうれしく、このときの気持ちを忘れないでいようと思いました。

帆(ほ) 動物たちのほっこりする日常を描いたマンガ「クマとたぬき」がツイッターで注目を集める。著書に『クマとカラス』がある。

矢部さんからのサプライズ

そんなこんなで、『星の王子さま』も考えていたわけです。
(話が長いですね。この前、後輩に話が長いから気をつけた方がいいと言われ、ちょっとショックを受けました)

しかし、『ドリトル先生』に比べて『星の王子さま』は主人公の「ぼく」が絵を描いているという設定もあり、冒頭のセリフと同様に、絵だけ知っているという人も多いです。なので、あまりに原作とかけ離れた世界観になるのは避けたいという想いも強くありました。

世界観を壊さずに、長く愛されるビジュアルで、新鮮味があって……

悩んでいるわたしを知ってか知らずか、ある日編集長が言いました。

「この前の『本の道しるべ』見た?」

『本の道しるべ』とはゲストが読書遍歴や好きな本について語るNHKの番組。編集長は平松洋子さんの回を見て、西荻窪の今野書店さんが紹介されていたので、同書店で書店研修をしていたわたしも見ていたかなと思って声をかけたようです。

「そしたらさあ、次回予告で矢部太郎さんが出てて、好きな本として『星の王子さま』紹介してて……」

――――5秒の沈黙(Silence)――――

「「矢部さんだ!!!!」」

その状況を目撃した人いわく、令和のマナカナかと錯覚したそうです(そんな人いません)。
それぐらい、息ピッタリのヒラメキだったわけです。

一週間後、わたしは実際の放送を見て、あのとき編集長と声をそろえたのは間違いでなかったと確信し、ドキドキしながらご依頼。お忙しそうだし、受けてくださらないかな……と待つこと……

たった一日。

え、返信きた
しかも、なんか添付ある。

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ラフきた(マジか)

とてもまじめな矢部さんは、まず描いてみて「こういうのでもよろしければお引き受けします」と言ってくださったのです(一般的には、お引き受けいただいてからラフの作業になります)

真っ黒な宇宙にただよう王子さま。まるでこのまま溶けていきそうなほど儚げで、見た瞬間、心をギュッとわしづかみされてしまいました。

もう、即レスです、即レス。イメージ通り、いやイメージ以上にすばらしい王子さまですと。ぜひこのテイストで描き進めてほしいと。

こうして、矢部さんと新たな『星の王子さま』を作ることになったのです。

原作リスペクトとオリジナリティー

ご時世的にオンラインで打ち合わせをさせていただくことになりました
(矢部さんはとても暗い部屋にいらっしゃって、これも真っ黒な星の王子さまの演出の一部なのかなと思ったのはここだけの秘密です)

すばらしいラフに感謝申し上げつつ、中の挿絵についていろいろとご相談しました。

『ドリトル先生』と違って、『星の王子さま』の難しいところは、先ほども申し上げた通り、主人公の「ぼく」が絵描きという設定であること。
なので、どうしても原作と同じ内容の絵が必要となってくるのです。例えば、「ぼく」が初めて書いた「ゾウを丸吞みした大ヘビ」の絵。それを矢部さんが描くと……

星の王子さま(ゾウ)

こうなる!

この素朴なやさしさが矢部さんらしいですよね。
でも、実際に原作と比べてみるとまったく違うのに、世界観を壊していないのがすごいです。それは矢部さんが絵を描かれるときに、無意識のうちに「ぼく」の気持ちになっていたからなのだと思います。

一方で、せっかく新しく出すのですから、矢部さんの作家性も大事にしたい。なので、打ち合わせではあくまで、ざっくりとしたご提案にとどめました。

矢部さんが黒ベースで描きたいと仰ったので、ページ全体を真っ黒にするのはどうでしょう? とか。中盤、いろんな星をめぐる王子さまのシーンで、それを交互にしたら面白いんじゃないか、とか。

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編集部内でも好評な見開きページ

個人的に印象深い絵は、王子さまと花の別れのシーンの絵。
ここ、原作では絵がありません。直前のすす払いをしている王子さまの挿絵はあるのです。
うーん、原作と同じようにすす払いをしている絵を描いてもらうべきか、でもやっぱり別れの絵も見てみたい……と思ったわたしはこう書きました。

【すす払いしている王子さま or 花とお別れする王子さま】

矢部さんに投げた!!

やさしい矢部さんに甘えてしまったのです。
そして返ってきたのが、

「ふたつのシーンを1枚で描いてみました」

星の王子さま(別れ)

表情を見せないようにする花と、マスクのようにマフラーをまき、表情がよくわからない王子さま。画面全体に舞うすすが、王子さまの心の中を暗示しているかのようで、感動的です。
これこそ、矢部さんの作家性が遺憾なく発揮されている一枚ではないでしょうか。矢部さんもお気に入りの一枚になったそうです。

中にはP〇〇~P〇〇の間に1,2点描いてください! という無茶ぶりをさせていただいた部分もあります。そんな無茶ぶりから生まれた挿絵はどれか、予想しながら読むのもアリかもですね(自分のことを棚に上げる)

こういった作業を経るうちに、挿絵は40点以上にのぼり、新しいけれど、どこか懐かしさのある、愛おしい『星の王子さま』が誕生したのです。

後に依頼を受けたときのことを矢部さんは

「(テレビで)いつかこんな本が描けたらいいな、と言ったんですが、″こんな本を描きたい”と”この本そのものを描きたい”とは違うー!!

と語ってらっしゃいました。

(た、たしかに……!←わかってなかった)

でも、大好きな本だからこそ自分が描いてみたらどうなるんだろうという欲求に勝てずに、それでまずラフをくださったそうなのです。

(矢部さんの欲に感謝……!)

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ポプラ社内にて。挿絵で作ったパネルの前で満面の笑みの矢部さん

つながりを見失いがちな今だからこそ

『星の王子さま』は、主人公である「ぼく」が、不時着した砂漠で偶然出会った王子さまと会話するうちに、生きることのきらめきを知っていくお話だと、わたしは思っています。
切なさや悲しみをまとった作品ではありますが、必ずや人とのつながりを再認識し、今を生きることへの希望を見いだせるはずです。

長く続く自粛生活で、つい自分はひとりなんじゃないか、誰も自分のことなんて見てないんじゃないかと、孤独を覚えることもあると思います。

しかし、誰にでも「ぼく」にとっての「王子さま」のような存在や、「王子さま」にとっての「花」のような存在はいると信じたいです。

この本が、そうであってもいいと思います。

帯文には「ぼく」が王子さまに向かって、ラストで何度も言う「きみをひとりにするもんか」というセリフを書きました。それには、上記のような想いをこめたつもりです。

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矢部さんはこの本の出来栄えについて「世界で2番目に素敵な『星の王子さま』になりました!」と仰っていました。

しかし、担当編集のわたしからあえて言わせていただくと、順番などつけなくとも、これは原作とは別次元で素晴らしい『星の王子さま』なのです。

原作の『星の王子さま』が好きな人にも、とっつきにくさを感じていた人にも、これから初めて読む子どもたちにも、もうひとつの選択肢として矢部太郎さん版の『星の王子さま』を選んでほしい。

加藤かおりさんの訳も、また素晴らしいのです。既訳をたくさん読みこんでいただき、物語の内容がやさしく伝わるよう工夫してくださっています。

きっと、キミの、あなたの、宝物になるはずです!

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さて、次回は『星の王子さま』と同時発売の宮沢賢治の名作『注文の多い料理店』を人気漫画家スケラッコさんに描いていただいた経緯についてお話させていただければと思います。

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え、まだ続くの!?
そりゃあんた、後輩に話長いって言われるよ!

と思った、そこのあなた!

反省します……。

でも読んでくださるとうれしいです。

3分間(?)お付き合いくださりありがとうございました。またお会いしましょう!

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