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不安を想像で乗り越える絵本が作りたい~絵本「おおきなかぜのよる」が生まれるまで~

良く晴れた11月の某日。11月新刊の絵本『おおきなかぜのよる』の著者・阿部結さんに会社にお越しいただき、阿部さんにとって4冊目の絵本、およそ2年にわたる制作について、たくさんの本にサインを描いていただきながら、インタビューさせていただきました。

絵本のラフなどもご紹介しながら、「おおきなかぜのよる」が誕生するまでを追ってみたいと思います。聞き手は担当編集のポプラ社・長谷川です。

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▲サイン本と阿部結さん。たくさんの出来上がったばかりの絵本に囲まれてサインをしていただいきました。

阿部結(あべゆい)1986年、宮城県気仙沼市出身。中学校で美術教師を務めていた画家の父の影響を受け、幼少のころから絵に親しんで育つ。パレットクラブスクール、あとさき塾にてイラストレーションと絵本制作を学び、書籍装画や演劇の宣伝美術などを数多く手掛ける。イラストレーションの仕事に『世界不思議地図 THE WONDER MAPS』(朝日新聞出版)、『鬼ばばの島』(小学館)、絵本作品に、『ねたふりゆうちゃん』(白泉社)、『あいたいな』(ひだまり舎)『おやつどろぼう』(こどものとも2021年8月号福音館書店)がある。東京都在住。https://yuiyuiabe.jimdo.com/
おおきなかぜのよる』 風が強く吹く夜、おもちゃが外に飛び出した。風と遊ぶ、主人公りくの一夜の、夢と現実が入り混じるお話を圧倒的なイラストで描く。

長谷川)本日はよろしくお願いします。「おおきなかぜのよる」見本を前に、制作を追っていくというインタビューですが…、最初に打ち合わせしたのはいつでしたかね。コロナが始まる少し前だったのかな、2019年でしたか。

阿部結さん(以下、阿部)そんなでしたか。

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▲阿部さんから最初に届いた絵本ラフ。タイトルは「かぜのよ」。

長谷川)ラフを描き始めるとき、どこの出版社で出そうかな、とか考えて書きますか?

阿部)ないですね。ラフができたら、声をかけていただいていた順に編集者さんに見ていただくという感じです。出版社によって内容を考えたりとかは特にありません。

※早速ですが、このあと来年出る本について長々と盛り上がるも、まだ書けないのでカットです。2022年も23年も絵本の出版予定がどっさりと…。これからも目がはなせません。

長谷川)絵本デビューが昨年2020年の「あいたいな」(ひだまり舎)で、ハイペースに絵本出されていますが、どんな感じですか? これからも絵本を中心の場所に?

阿部)はい、絵本を中心にしていけたらうれしいです!

長谷川)ばっちりですね(笑)。今日は阿部さんの“絵本前”のことから聞きたいんですが、どこからいきましょうか。

阿部)小さい時から、架空の世界を考えて、絵を描いておはなしをつけて、親に見せたりしていました。小学生の時、家にデスクトップのでかいパソコンが来て、それでお話を作っていた記憶があります。絵を描くのもずっと好きで、趣味でお絵描きをしていたんですけど、中学高校は部活が中心の生活になって・・・。

長谷川)あれ、聞いたことなかったです。何部ですか?

阿部)バスケ部です。

長谷川)あら…意外ですね。で、話をもどしまして…。

阿部)そう、絵はずっと趣味で描いていていました。
高校を卒業して芸工大(※東北芸術工科大学)に進学したんですけど、絵画と彫刻を併願して受けて、絵画のほうで落ちて彫刻科に入ったんです。
そこで、自分が何したいのかわからなくなって、何もできなくなっていた時期が何年もありました。
その時、休学をして、仙台のクラブでアルバイトしながら、そのお店のイベントのフライヤーを描くようになりました。それを見た人からCDのジャケットの絵を頼まれたりして、そういうことが増えて行って、もっと絵の仕事をしていきたいなと思うようになったんです。

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▲仙台時代、阿部さんがイラストを手掛けたCDのジャケット。

阿部)それで、いろいろな場所で展示をして絵を売ったり、絵で自立できるように色々な方法を模索していました。でもその当時、仙台では、できることに限界があるなと思う時がきて、東京に行ってみようと思ったんです。それが27歳とかだと思います。
それで、絵を仕事にする方法を学ぶために休日にパレットクラブに通いはじめました。平日は当時勤めていた会社が終わった後にポートフォリオを持ってデザイナーさんや出版社など色んなところにまわりました。
そうして、だんだんイラストのお仕事を出来るようになっていったのですが、絵本をつくりたいっていう気持ちがずっとあって、あとさき塾に通い始めて、絵本のラフを作っていました。その後にひだまり舎さんからの出版がきまって…

長谷川)もう今に至りますね。

阿部)そうですね(笑)。

長谷川)大学のころは、彫刻でいいのかな、とかそういうことで悩まれていたんですか?

阿部)そういったところではなく、自分がどう生きていくかという点で人生の露頭に迷っている感じでした。でも、あの時があってよかったなと思います。親にはさんざん迷惑かけましたが、迷う時間があったからこそ、好きなこと、やりたいことが見いだせて、上京して集中的に力を入れることができたんだと思います。

長谷川)それで、パレットクラブで大島さんが先生だったんですよね。(※大島依提亜さん。今回のデザインをご担当)

阿部)そうです。ほかにも、いろんなデザイナーの方やイラストレーターの方、絵本作家さん、編集者さんなどが講師でいらっしゃいました。パレットに通っていたころは画風の個性、「これが自分です」みたいなものが必要なんだと考えすぎて、わたし自身がそこに縛られていた所がありました。でも今は、自分が描けば自分の絵になるだろうと思って、画風や描き方という点はそこまで意識していません。わたしの中に人間のどろどろした部分が色濃くあって、描く絵にはそれが絶対ににじみ出てしまう、それが自分の絵なのだと思います。


長谷川)さて、今回の絵本の話もしていただかないとでした。最初にラフを見せていただいてから、およそ2年。おおきなかぜのよるのラフはどんな感じではじまったんですか。

阿部)子どものころ、風が吹く夜って、ちょっとこわくてドキドキしていて、その怖さを乗り越えるためにいろんな想像をしていたんです。そんなふうに、日常で恐怖や不安と対面したときに、自分のなかで別の世界を想像し、そこに飛び込こむことで、恐怖や不安を乗り越えて、想像の世界を経て豊かな経験ができるような、そんなお話を作りたいと思いました。

長谷川)初稿は怖かったですよね。ハリケーンはあまり馴染みがないけど、災害を思い起こさせるような、楽しいことを吹き飛ばしてしまう強い自然にも見えたんですよ。それが最初にお伝えした感想でしたね。「ちょっとこわいかもです」、と。最後のラフは4、5稿までいきましたね。

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▲最初に送っていただいた原稿では、主人公のりくのお家も飛んでいました。

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▲その後、りくが空に飛びたつ現在の流れに。このとき、32Pから40Pに増えました。飛んでいくシーンもラフ(上)から、町全体を見下ろすように少しずつ変わっていきました。

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長谷川)あの怖さも一つの魅力だったし、残っていると思いますけど。飛んでいくときの楽しさが、「スノーマン」や「おおきなおおきなおいも」を思い出したんですよね。だから、楽しさを抽出していただきたかったんです。ラフの過程で苦労はありましたか?

阿部)この絵本のなかでの主人公の心の成長を表現したいという部分があって、それを描くには、このお話は本当にこの展開でいいのかと、ぎりぎりまで考えていました。

長谷川)そうですよね、原画に入ってからも、文章を調整していましたもんね。自分としては、40Pになったくらいからは編集のリクエストは終わったなと思っていて、あとは阿部さんのやりたいことを見守ろうっていう感じで、感想を言うだけにしたつもりですね。正解はないですから。

阿部)信頼してもらって、ありがとうございます。あと序盤のころ、おもちゃについて指摘してもらいましたよね。

長谷川)ちょっと特徴がなくて、フワッとしましたよね。おもちゃもだし、家の中もちゃんとここに人がいる感を出しましょう、記号っぽくならないようにしましょうとか。

阿部)おもちゃをじっくり見ることなんて今までなかったので、おもちゃ屋さんを回って、どんなものがあるのか色々見に行って、資料にするために個性的なおもちゃを買い集めました。
みんなが空に向かって飛んでいく見開きでは、長谷川さんに、「おもちゃたちがもっと狂ってる感じでもいいんじゃないですか」って言われた覚えがあります(笑)。はっちゃけてもいいですよって。

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▲上は最初の原稿の部屋とおもちゃのラフ。下は完成形。

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▲部屋のおもちゃも、だんだん具体的に個性を出していただきました。下は本画になった様子。

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▲飛び立つおもちゃも少しずつ迫力が増していきました。上は2稿のラフ。下は決定稿のラフ、そして……

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▲こちらが、最後に色のついた完成形。

長谷川)絵を描いているときはどうでしたか?単純に大変だったりすると思うんですが。

阿部)大変でしたが、今までの自分の殻をやぶるものを作りたくて、気合を入れていました。

長谷川)殻って?

阿部)絵作りにおいても、自分の想像の範囲の中に納まらないようなものを作りたいと思っていました。

長谷川)密度みたいな意味では、この本は単純にページ数も多くて、コマ割りも多くて、一見開きに主人公が三人出てきたりして、大変だったんだろうな…と思います。そもそも40Pありますし。

阿部)読者が絵本の中に没入してしまうような世界にしたいと思い、細部まで密度ある絵作りをしました。大変でしたが、妥協せず挑めて良かったです。

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▲終盤の阿部さんツイート。さぞ大変だったのだと思います……。

長谷川)校了後は、印刷の立合いにも行かれましたね。どうでしたか? 

阿部)印刷立ち合いは5時間くらいかかりましたが、初めて見聞きすることばかりですごく勉強になりました。今まで印刷会社の方々と直接的な関わりがないまま本ができることが多かったのですが、今回お仕事を見学させていただくにあたって、改めて本は本当にたくさんの方々の力があって形になっているということを実感しました。

長谷川)今回は原画の預かりの段階から、テスト校正をして、密にやりとりできましたよね。

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長谷川)最後に、デザイナーの大島依提亜さんとのお仕事はいかがでしたか?初めてご一緒されたかと思いますが。

阿部)10年以上前だったと思いますが、仙台にいるときに「百万円と苦虫女」のポスターを見て、かわいいな、誰が作っているんだろうと思って、調べてみたら大島依提亜さんという方が作られているということを知りました。大島さんが手がけられている映画のビジュアルやパンフレットがどれも素晴らしく素敵で、そのときは、デザイナーという仕事自体を知らなかったのですが、漠然と、いつか大島さんと仕事できるようになりたいと思ったんです。
たくさんあるイラストの学校の中でパレットクラブに入ったのも、大島さんが講師でいらしたので、そこをめがけていきました。授業が終わったあとにも、個別でアドバイスをもらいたい生徒が大島さんのところにズラーッと並ぶのですが、自分もそうしてお話を伺ったり、大島さんが授業で話された本を真似して買ったり、装丁を手がけられている本やパンフ買って集めたり、そんな感じでずっとただのいちファンだったんです。それが、今回ご一緒させていただけると決まって、とても緊張しましたが、大島さんに装丁をしていただけるということが制作の中でしんどい時の自分の励みになりました。
絵本が少しずつ形になっていく中で、大島さんに色々なご提案をいただけたこともすごくうれしかったです。

長谷川)タイトルロゴももちろん素敵でしたけど、造本設計や仕様も面白かったですね。裏のバーコードも珍しい感じで…。こういうの反対されてしまうんですが、これで見ちゃうとこれにしたくなりますよね。

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▲タイトルロゴ。クラシックな映画字幕のような文字に、ピスタチオのカラー。

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▲カバーまわりの文字はすべて同じ色。バーコードまわりも。

長谷川)見返しも大島さんのご提案でしたね。

阿部)オンラインミーティングの時ですね。風のお話だから、表見返しで風で葉っぱが舞っていて、裏見返しに風がおさまって葉っぱが積もっていたらどうですか?ってご提案いただきました。

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▲阿部さんが落ち葉に白い絵の具をつけて描いた見返しのイラスト。まさか本当の葉っぱを使うとは思いませんでした。

長谷川)さて…今日は色々と伺いましたが、こんな感じでしょうかね。ええっと、ほかには…まあ大丈夫でしょうか、阿部さん。

阿部)はい、大丈夫だと思います(笑)。

などなど、話は脱線しながら1時間半ほど。もちろん、絵本の魅力はここに描き切れませんでした。最後まで読んでくださった皆さん、ぜひ『おおきなかぜのよる』を手に取って読んでください!

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最後に阿部さんのお父さまの、新刊恒例?のオブジェをご紹介。りくとおかあさんの心温まるシーンの彫刻…驚きのクオリティ、そう、阿部さんはお父さまもアーティストなのです。