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ポプラ社の時代小説をもっと知ってほしいから、誕生の経緯をまるっと公開しちゃおうという話

時代小説は、お好きですか?
ポプラ社の時代小説は、お好きですか?

そうです。じつは、ポプラ社は時代小説も作っているんです。


ポプラ社が出している小説って、どんな本を思い浮かべますか?
小川糸さんの『食堂かたつむり』、寺地はるなさんの『ビオレタ』、辻村深月さんの『かがみの孤城』、凪良ゆうさんの『わたしの美しい庭』……
思い浮かべる本は人それぞれあるでしょうが、まず時代小説をイメージする人は少ないのではないでしょうか。

ポプラ社では、実は二年前くらい前から時代小説文庫のラインを立ち上げ、定期的に刊行しています。
新しくレーベルを立ち上げたわけではないので、明確に何年何月から~と決まっているわけではないですし、役職的な編集長がいるわけではないのですが、文庫ラインを立ち上げて時代小説をほとんど作っている僕こと森が、実質的な編集長として管理しています。

ことの起こりは数年前。
ランチしながら雑談していた営業のOさんが「時代小説のラインがあるといいなと思うんだよね~」と言い出したのでした。
そのときはあまりピンとこず「あ~、時代小説っすか、なるほどね~」と適当な生返事をしていました。
なにせポプラ社から時代小説を出すイメージがありませんでしたし、歴史あるレーベルが多い中に参入して勝てるビジョンが浮かばなかったからです。
ただ、数日後に家でお酒を飲んでたときに、ふと「アリかもしれん……」と思ったのでした。

中島久枝さんという時代小説の書き手をご存じでしょうか。
「日本橋牡丹堂 菓子ばなし」「一膳めし屋丸九」などの時代小説シリーズを手掛ける人気作家ですが、じつは、中島さんのデビューはポプラ社なのです。
日乃出が走る 浜風屋菓子話』という明治時代の菓子屋さんを舞台にした小説で第3回ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞してデビュー。その後ポプラ社では『お宿如月庵へようこそ』という時代小説がスタートしていました。

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中島さんの書く時代小説は、料理や菓子のおいしさと心温まるドラマが詰まっていて、読んだ後に優しい気持ちになることができます。
児童書の血脈を受け継ぐ「ポプラ社の文芸」は心温まる作品を多く刊行してきて、そのカラーをメインの柱にしてきました。子供から大人ポプラ社の新人賞で『日乃出が走る』が受賞したのも、こうした「ポプラ社らしい空気」を纏っていたことがあります。
中島さんのような時代小説であれば、ポプラ社文芸から刊行する意味もあるし、自社の強みを生かすことができる。新規事業的な視点でいろいろ考えて、これなら時代小説市場の中でも勝ち筋があるのではないか。そう思ったのです。

とはいえ。
僕自身、時代小説に詳しいわけではありません。山田風太郎の『甲賀忍法帖』とかが大好きだったくらいで、今の時代小説のことを分かっているわけではありません。
勢いだけで新しいことは始められませんし、時代小説作家さん達ときちんとやり取りするためにも、まずは市場の分析と研究と勉強じゃ~!ということで、片っ端から時代小説を読み漁ることにしました。
仕事が終わってから、夜な夜な酒を飲みつつ時代小説を読む日々。だいたい半年間くらいを研究期間にあてて、いろんな時代小説の構造やジャンルを学び、それぞれの本の売れ行きなども調べながら市場研究を行いました。当時はほんと毎晩読んでましたね……。

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(まだまだいっぱいある資料本の一部。整理しよう……)

恥ずかしながらそれまで知らなかったのですが、ひとくちに時代小説といっても、さまざまな時代が舞台になっていて、さまざまなジャンルがあります。
イメージしやすいのは「水戸黄門」「暴れん坊将軍」のような〈江戸時代〉の作品でしょうが、江戸時代だけでも初期と幕末は時代背景がぜんぜん違いますし、戦国武将たちが活躍する〈戦国時代〉や近代化が進み始める〈明治時代〉が舞台のものもあります。
時代背景だけではありません。江戸時代の作品でも〈捕り物帳〉があれば〈剣豪モノ〉などジャンルの違いもあります。
厳密に言い出すと「時代小説」と「歴史小説」もまた違ってきますが、それはさておき。
それぞれの時代・ジャンルごとに魅力があることが理解できて、我ながらいまさらだな!と反省したりもしました。

こうして「時代小説」の中にはセグメントがたくさんある……という基礎の基がわかったところで、じゃあポプラ社の時代小説はどのセグメントを攻めるのか。
それを考えたときに、まずは『お宿如月庵へようこそ』のような江戸時代後期の文化文政を舞台にした人情作品を軸にして、ほかのセグメントを狙うのはやめようと思いました。

時代小説はある種のファンタジーなのだと思います。
現実にない暮らし・日常がそこにある。もちろん現実の延長線にある世界ではあるけれども、そこにはコロナもなにもありません。
暗いニュースや嫌なことがあったり、毎日を生きていくのは大変で、ほんのひと時だけでも、現実を忘れたくなることがあります。
そんな時に、今ここではない世界に逃げ込める「時代小説」というのは、僕自身が読んでいてすごく救われた部分がありました。
中でも、江戸後期を舞台にした市井作品というものは、作品の中に温かみや人とのつながりが満ちていて、なんだか心が休まるような気がしたのでした。
僕自身がこうした作品が好みということもありましたし、「ポプラ社」の時代小説としてどんな作品を届けていきたいかを考えたときに、読んでくれた人の心を支えられる作品を届けたい、とあらためて確信を持ったのでした。

どのジャンルの作品にも魅力があって、一人の編集者としていろいろ手掛けたい気持ちがあります。ただ、ポプラ社文芸編集部は小所帯なうえに、おそらく作るのはほとんど森一人。そうなると、すべてのジャンルの時代小説を作れるわけではありませんし、読者にとって散漫に見えてしまってもよくありません。
後発である以上、まずは「ポプラ社時代小説」の強みを読者に理解してもらう必要があると考え、メインの柱を定めたのでした。


これらを踏まえて、ポプラ社時代小説のコンセプトはこう決めました。

コンセプト:「ほんのひととき今を忘れられて、読んだ後に明日も頑張ろうと思えるような物語」

また、基準となる設定はこう定めました

主人公:女性(ポプラ社文芸の読者は圧倒的に女性が多いので)
主な時代背景:文化文政
作品に大切なもの:温かな想い・人情・読後の幸せ

全ての作品がこの設定である必要はありません。
ただ、新企画を立てるときや道に迷ったときに、立ち返るべき「標」は必要だろうと思ったのです。

こうした道標を定めて、いよいよポプラ社の時代小説は動き始めました。
お付き合いのあった作家さんや新しい作家さんとご相談しながら、少しずつ本が刊行になりました。僕以外にも時代小説づくりに興味を持ってくれる編集者も増えてきました。
そして生まれた作品たちはこちら。

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(画像は刊行している本の一部です)

おかげさまでポプラ社時代小説は好評いただいており、高い確率で重版をすることもできています(さすがに正式な数字は出せないのですが)。
昨年12月に刊行した田牧大和さんの『古道具おもかげ屋』は刊行一か月で三刷となりましたし、高橋由太さんの『うちのにゃんこは妖怪です』はもうすぐシリーズ三巻です。

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また、とてもうれしいことに、ポプラ社小説新人賞から生まれた時代小説もあります。
第9回ポプラ社小説新人賞・奨励賞を受賞した鷹山悠さんの『隠れ町飛脚 三十日屋』は第10回日本歴史時代作家協会賞の文庫書き下ろし新人賞にもノミネートされました。

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ほそぼそと作っているため、〇月に必ず刊行!などのルール作りまではできていません。読者の方々には申し訳ない限りですが、少しずつ、ポプラ社が作る時代小説というものを認知してもらい、ファンが増えてくれると嬉しいなあと願っています。

永山涼太さん『えんぎ屋おりょうの裏稼業』、柳ヶ瀬文月さん『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』など、2022年も心温まる時代小説をぞくぞく刊行予定です。

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苦しいことや辛いことがたくさんあるこの世ですが、ほんのひとときだけでも現実を忘れられてもうちょっと頑張ろうと思えるような時代小説を、今年もたくさんお届けしたいと思います。
ぜひよろしくお願いいたします。

文芸編集部:森潤也

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