見出し画像

「自分らしさ」をどこかに入れる――本屋大賞受賞『かがみの孤城』のデザイナーが大切にしていること

「ブックデザイナー」とは、あまり聞きなれない言葉かもしれません。
一冊の小説があったとき、文章を書くのは作家で、カバーイラストを描くのはイラストレーター。本のカバーやオビ、本文の文字組みなどをデザインするのがブックデザイナーです。
 ブックデザイナー次第で、本の見え方はがらりと変わります。「ジャケ買い」という言葉があるように、その本を手に取ってもらえるかどうかは、デザインにかかっているといっても過言ではありません。そして、デザインの方法や考え方は、デザイナーさんによって違います。
 普段は、デザイナーさんと打ち合わせをしても、どのようにデザインしてくださっているのかというところまでは伺えないのが実情。でも、本当は聞いてみたい! ということで、ブレイディみかこさんの初の長編小説『両手にトカレフ』の刊行記念として、話題作を次々と手掛ける人気デザイナー岡本歌織さんにお話を伺うことにしました。

(聞き手:企画編集部 近藤純)

画像1

両手にトカレフ』のあらすじ
寒い冬の朝、14歳のミアは、短くなった制服のスカートを穿き、図書館の前にいた。いつもは閉じているエレベーターの扉が開いて、ミアは思わず飛び乗る。図書館で出合ったのは、カネコフミコの自伝。フミコは「別の世界」を見ることができる稀有な人だったという。読み進めるうち、ミアは同級生の誰よりもフミコが近くに感じられた。一方、学校では自分の重い現実を誰にも話せなかった。けれど、同級生のウィルにラップのリリックを書いてほしいと頼まれたことで、彼女の「世界」は少しずつ変わり始める――。

ゲラは2回読む

近藤 岡本さんは、ゲラを読んでくださってから、デザインしてくださるという印象があります。

岡本 そうですね。シリーズの二巻目以降というものでなければ、ゲラを読んでから打ち合わせすることが多いです。

近藤 ゲラはどのように読まれるんですか?

岡本 みんなどうしてるんだろう、私も聞いてみたいんですけど(笑)、なんかゲラを読むのがうまくなくて、読みながら、アイデアが湧いてくるみたいなことはあまりないです。

近藤  うん、うん。

岡本 一回目は普通に読者の人と同じような感じで、まずストーリーを読んで、こういう話なのかって分かってから、カバーどうしようって考えながら、もう一回読むみたいなことが多いかもしれないです。

近藤  そうなんですね。二回目でデザインのイメージが湧いてくるんですか?

岡本 湧いてくるというか、無理やりひねり出しているというか。一回読んで、たとえば、著者さんのちょっと前の本を見てみたりとか、同じテーマの本だとこういうカバーもあるなあというのをちょっとだけ調べてから、それも踏まえて、もう一回読んで、こういうアプローチはどうかなと考えることが多いような気がします。

近藤 そうなんですね。お忙しいのに、ゲラを読む時間はどう作られているんですか。

岡本 最近はゲラをPDFでいただいて、移動中とか、外でも読みます。あと夜に読むことが多いです。

近藤 そうすると、私たち編集者よりも、たくさんゲラを読まれてますよね!私たちは同じタイトルの原稿やゲラを何回も読みますけど、岡本さんたちは、いろんな作品のゲラを毎月たくさん読まれている。

岡本 ああ、そうかもしれないですね。

銃を持つ少女たちから手をつなぐ少女たちへ

近藤 『両手にトカレフ』のカバーラフは、4種類いただいて、どれもすてきでした。どういうふうにそれぞれ考えてくださったんですか?

岡本 最初は読んだ時のイメージで、タイトルが『両手にトカレフ』だから、主人公が銃を持っているイメージが浮かびました。装画を描いてくださったオザワミカさんも最初の打合せでそうおっしゃったとき、あ、同じだと思いました。タイトルにぴったりだし、インパクトもあるし。
まわりへの大人への怒りだったりとか、戦いを挑んでいるような強さも表現できていいんじゃないかなって、その時は考えてたんですけど、近藤さんが銃を構えている絵柄ではないものにしたいとおっしゃって。それで打ち合わせで、どういうポーズにしましょうかとみんなで考えましたよね。違う時代とか、違う場所で生きている二人を繋いでる空を眺めているような絵にするのはどうでしょうってオザワさんが提案してくださって、その場でささっとラフも描いてくださって、それでいきましょうって決まりました。

近藤 うん、うん。

岡本 作品のなかに出てくる金子文子の本も、ブルーの表紙だったので、それもリンクして、空の色とも合って、ぴったりでいいなって。そのまま進んでいって、このカバーになったんですけど、今考えてみるとたしかに武器でまわりに抵抗するみたいな絵じゃなくてよかったなと思います。
自分の世界を変えていくとか、違う世界があるんだって思う内面性を表現するのに、二人が背中合わせで向き合って、手を繋いでそれを見ているという絵になったのは本当によかったなって思っています。

近藤 手を繋いでるっていうのは、岡本さんがご提案くださったんですよね。

岡本 あ、そうですね。やっぱり繋がってるっていうのも、絵の中でも分かりやすく入ったらいいなと思って。

近藤 書店員さんが手を繋いでいるのがいいなってツイートしてくださっていました。

岡本 本当ですか? オビを外さないと見えない場所だから、さりげない感じなんですけど、そういう風にちゃんと見てくださる方がいると嬉しいですね。

画像1

画像2

(一番最初のラフ。4種類いただいて、左上のもので進めることに)


何年か経った後に、古臭くみえない書体に

岡本 絵が決まって、タイトルロゴを考えていた時に、長く読まれていく本になるんだろうなと思ったので、何年後かに見たらちょっと古く感じるような、トレンドが強いロゴにはしない方がいいんじゃないかなと。そうなると、明朝体とゴシック体そのまま生かしたようなタイトルロゴは王道で整然としていて、良書っぽい感じの雰囲気も出てよさそうだなと思って、それもロゴのパターンに入れました。
デザインしながら、もう少しこの本ならではの人と人の関係性だったりとか、温かみを感じられるような手触り感というか、手作り感というか、そういうものが加えられたらなと思ったのと、あと装画の打ち合わせの時もちょっと話したと思うんですけど、日本の本とも海外の翻訳書とも、どっちのイメージにも偏らない感じがカバーに出たらいいなと思っていました。「雅楽(ががく)」というちょっと和風な書体をベースにアレンジして、作品の雰囲気と合わせながら作ったのが、最終的なロゴになっています。

近藤 そんな風に考えてくださったんですね。

岡本 どこの国の人が読んでも響く内容だと思うから、そのあたりがあまり偏らないようにしたいなとか、いろいろ考えていました。

デザインは何日かかけて考える

近藤 何日かにわたって、時間を一回あけたりとかしながら、デザインは考えてくださるんですか? 

岡本 そうですね。何日かあけて、ちょっと時間をおいてみるとまた違った見え方になったりもするので、ちょっと時間をあけながら見て。それから編集のみなさんに見ていただいて、客観的な意見も聞きながら、また直して、という感じです。

近藤 今回は、色味も絞ってくださって。特に、空の色と黄色のタイトルが印象的です。色味を絞るのは、最初の段階から考えてくださっていたんですか?

岡本 そうですね。最初にお送りしたラフでも、肌の色を入れるか入れないかとか、いろいろパターンを出しながら、すり合わせながら進めたと思うんですけど、やっぱり色数はなるべく少ない方がすっきりまとまってデザイン的にスマートに見える。カッコイイ感じがするので、ついそちらにいきがちなところもあるんですけど、編集の方がちょっと寂しい感じがするから、色を入れたいみたいなこともあります。
そういうご意見を聞きながら色味を増やしていったり、でもそれだと増やし過ぎてバラバラになっちゃうから、やっぱりちょっと減らしましょうみたいなやりとりをしながら進める感じで、今回もきれいにまとまったなと思っています。 

近藤 帯のピンクも、初校戻しのときに、別のピンク色にして、試してくださったんですよね。

岡本 そうですよね。オビのピンクは、近藤さんがけっこう最初の段階からピンクがいいっておっしゃってて。

近藤 暖色が入るといいなあっていうのがありました。

岡本 カバーがブルーと黄色とか、すっきりした色合いだったので、私だったら、オビは白とかでまとめてしまいそうなところを、近藤さんがピンクっておっしゃってくれて、ああ、なるほどと思ったんですけど、ピンクと水色と黄色の三色が、シンボルカラーみたいに目立って、よくなったなと思いました。

画像3

画像4

画像5

(肌の色を入れるかどうか、着物や帯の色など、いろいろパターンを出してくださいました。左上のものに肌の色をいれて進めることに)


加工が効果的かは、実際に試してみないとわからない

近藤 今回は、クリア箔という加工をロゴと人物のところに使ったのですが、まだ珍しい加工ですよね。この加工はどのように考えてくださったんでしょうか。

岡本 今回は最初の段階でちょっと予算があるので、加工オッケーですよっておっしゃってくださったので、デザインの本をいろいろ見たりとか、実際に書店に行って考えていたときに、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』を思い出して、バトンの部分のツヤっとした感じが印象に残っていて、なんの加工だろうと思って検索して調べてみたらクリア箔というらしいということがわかって。

近藤 やっぱり紙の本ならではというか、スクリーン上では全然わからないものですよね。

岡本 触ってみるとあれっていう面白さがありますよね。

近藤 社内で見本を配っていた時も、「これ、なんの加工?」てよく聞かれました。

岡本 こういう新しい加工を使う時って、実際、その紙だったり、絵で加工してみないと見当がつかないところがあるので、毎回すごいドキドキします。たとえば、タイトルに箔押ししてみたら、意外と目立たなかったり、見えにくくかったりということが時々あるので、今回もドキドキしてたんですけど、色校を見た時に、効果的に見えていて、よかったって安心しました。

自分じゃなきゃこうならないだろうというアプローチ

近藤 すごい漠然とした質問なのですが、本をデザインされる上で大切にされていることがありましたら、お話しいただけますか。

岡本 事前にいただいた質問を見て、なんだろうなとあらためて考えてたんですけど、最近は、個性っていうか、自分らしさというか、自分じゃなきゃこうはならないだろうなというアプローチが感じられるようなものを入れるように意識しています。

近藤 その自分らしさっていうのを、もう少し具体的に教えていただくとしたら、岡本さんがこれがいいって思われているものを入れるとか、そういうことになるんでしょうか?

岡本 ええ、なんでしょうね。ロゴひとつとっても、シャープにオシャレというアプローチをするデザイナーさんもいるかもしれないですけど、自分だったら多分そこにちょっと温かみを加えてみようみたいな感じですかね。自分が考えるこの本にはこういう感じが合ってるんじゃないかっていう感じというか。

近藤 すべて方程式通りではないというか、王道感がありつつも、そこになんかもうちょっとプラスするという感じなのかなって聞いてて思いました。うまく言えないんですけど。

岡本 月に十冊前後の本をデザインしているので、どうしてもセオリーというか、なんとなく決まっている流れだったりとかがあって、それをそのまま流すと、もう本当に流したままのものになっちゃうから、なるべく一冊一冊立ち止まって、もうちょっと違う方法がないかとか考えるようにしてます。

近藤 すごいですね。だって月十冊だったら本当にお忙しいと思うのに、その中できちんと立ち止まり、考える時間をとられている。だから、岡本さんのデザインは進化されてるんだと思うんですけど。

岡本 進化してますかね? 本当に毎回これで合ってるのかな? と思いながらデザインしてます。売上がいいとか、そういう結果を見て、これでよかったんだなって思える時もあれば、なかなかうまくくいかない時もあるので、なにが正解なんだろうって毎回悩みながら作ってます。

近藤 うん、確かに、本自体がそうだと思うんですけど、あんまりこれが正解というものがないですよね。売れるかどうかっていうのが、一つの指標にはなると思うんですけど、出してみるまで分からないし、本を出した後も100パーセント分かるわけじゃないみたいなところってありますよね。

岡本 そうなんですよね。売れたかどうかとは別に、いい形になったなっていう気持ちにもなれるので、そういう満足感も得られるような形にちゃんと仕上げたいなと思っています。

まわりの意見をすべて聞くと、つまらないものになる

近藤 デザイナーさんだと、編集者からもいろいろリクエストがきて、そのリクエストも聞きつつ、バランスをとるのが大変な時もあるのかなって思います。

岡本 そうですね。編集の方や作家さんからのご希望も、気持ちはすごい分かるし、私はイラストレーターさんとのやり取りも多いので、イラストレーターさんがこうしたいっていう気持ちもわかるんですよ。なんか両方とも分かるからどうしようみたいな。けっこうバランス難しいですよね。
両方叶う形にしても、それはそれであんまり面白くない。まとまり過ぎちゃったりもするから、ちょっと違うんじゃないかと思ったらちゃんと言わなきゃいけないし。

近藤 そうですよね。今おっしゃったように、両方の意見を聞こうとすると、なんかよくないものというか、ちょっと中途半端になったりしますよね。

岡本 なんかね、つまらなくなっちゃったりしますよね。

近藤 それは、タイトルとかオビのキャッチとかもそうだと思うんですけど、まわりの意見を聞きつつも、全部聞いちゃうと、なんかうまくいかない。

岡本 意見を言ってくださりつつも、これだとこうなっちゃうからこう変えませんかというのを聞いてくださると、すごく仕事が進めやすいというか、とてもいい形になるなっていつも思います。

最初は広告制作会社で週3日徹夜だった

近藤 最後の質問なんですけど、岡本さんは新卒でデザイン事務所に入られたんですか?

岡本 いえ、新卒で広告の制作会社に、3年ぐらいいて、カタログとかをデザインしていました。本当に激務で週3日ぐらい徹夜するみたいな。今考えるとすごいですよね。そういうところで、なんか体力が鍛えられたのかもしれないですね。

近藤 すごい、3年もそんなところで!

岡本 それでもうさすがにちょっと無理だなと思って。作っているものにもそんなに愛着が持てないというか。昔から本を読むのは好きで、ちょうどその頃、ブックデザイナーの鈴木成一さんがテレビに出られていたのを見て、ブックデザインという仕事があるんだなと知ったんです。好きなものをデザインできたら、もしすごく忙しくても、もうちょっと頑張れるというか、また違うのかなと思って。

近藤 今はどう感じていますか?

岡本 そうですね。本のデザインはやっぱり楽しいなと思います。一冊一冊、それぞれ違うから、作るプロセスも全然違うのが面白いし。もともと小説を読むのが好きなので、一足先にゲラを読ませていただけるのも嬉しいです。
『両手にトカレフ』のゲラを読んだときも、すごく面白いと思ったので、そういう本に関わらせてもらえて幸せだなと思って作ってました。

近藤 そんなふうにおっしゃっていただけて、うれしいです。ブレイディさんの原稿を読みながら、デザインは岡本さんにお願いしたいなと思っていたので。 

岡本 ええ、本当ですか?こんなに素晴らしい作品、なんで私なんだろう、私で大丈夫かなと思いながら、ゲラを読んでました。

近藤 岡本さんは、ちゃんと王道感があって、ぱっと目を引くデザインにしてくださりつつも、ちょっと温かみがあったり。今回もかっこいい装丁なんですけど、かっこよすぎないというか、そのバランスがいいなあと思っています。

岡本 嬉しいです。目指すところを言ってくださっている感じ。

近藤 岡本さんは本当に人気で、ポプラ社からも、常に誰かが依頼してますよね(笑)。今回は、本当にありがとうございました!

岡本歌織(おかもと・かおり)
東京都生まれ。広告制作会社を経て、ブックデザインに携わる。『かがみの孤城』『夜行』『絞め殺しの樹』などの装丁を手掛けている。

▼そのほかの「ブックデザイナー」さんに関する記事。こちらもあわせてどうぞ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?