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元漫画編集が初めて小説に挑戦したら、すべてがぶっつけ本番すぎた

はじめまして! 文芸編集部の稲熊と申します。
一年ほど前にポプラ社に入社いたしました。

以前は漫画の編集をしており、文芸編集者としては新米なのですが、この度余命一年、夫婦始めますという作品を担当させていただきました。

本が手元に届いたときは感動で震えました……。

仕事一辺倒に生きてきた瀬川拓海は、ある日、突然の余命宣告を受ける。失意の中、通院時に偶然知り合ったのは、天真爛漫な女性・葵だった。拓海と同様、余命いくばくもないという葵は「死ぬ前に結婚を経験してみたい」という突拍子もない理由で、拓海に同棲の話を持ちかける。ふたりは夫婦として叶えたい6つの目標を作成し、残された1年で疑似夫婦生活をスタートすることに…?

ポプラ社HPより

約一年前、入社してすぐに取り組んだ企画なので 、
文芸の世界は初めてづくし。
「えっ、小説ってこうなんだ!?」「ここは漫画と全然違う!!」
などなど、ありとあらゆる新鮮さと驚きをもって必死に作り上げた、
ものすごく思い入れの深い一冊になりました。

元漫画編集・現新米文芸編集の私が経験した、
小説が出来上がるまでの大変さと素晴らしさ
ぜひ、この記事をお読みいただいている皆様にも知っていただきたい!
ということで拙いながらも記事にしてみたので、
もしよろしければお付き合いください。

1. ご依頼に至るまで(お声かけ)

きっかけは、高梨愉人さんの第一作目、
『二度目の過去は君のいない未来』(集英社文庫)でした。

壊れかけた夫婦に訪れた残酷で優しい奇跡──。僕は大学生、妻は小学生に!? やり直せないはずの過去に戻ったら、あなたは何を選びますか?

集英社HPより

年の差夫婦が過去に戻り、大学生と小学生になってしまう。
二度目の人生で、果たしてふたりはもう一度手を携えて生きていけるのか?
という、キャッチ―な設定と普遍的なテーマ性に惹かれました。

先の読めない展開と、個性あふれるキャラクター。
個人的に何より刺さったのは
リアリティとユーモアが両立した、魅力的な会話の数々でした。
もはや人物たちが現実で生きていると言っても過言ではありません。
(まだの方はぜひ読んでいただきたい……)

こちらの作品は夫婦の「やり直し」を描いていたのですが、
もし高梨さんが夫婦の「馴れ初め」を描いたらどうなるのだろう?
という好奇心がむくむくと湧いてきて、お声かけに至ったのです。

高梨さんからご快諾をいただいて、いよいよ打ち合わせの日々が始まりました。

既刊や連載などを読み込み、作家さんに惚れ込み、
「お仕事をご一緒していただけませんか?」とお願いする。
この流れは漫画と全く一緒です。

2. 驚き① プロット段階で最後まで決める

そしていよいよプロット…つまり物語の骨格・あらすじに入ります。
ここで私が驚いたのは「いきなり最後まで話作るじゃん」ということでした。

漫画は最初の1~3話を最高に面白く仕上げ、
あとは読者の反応などを見ながら感想を反映していく、
かなり即興型の作り方をするのが一般的なケース。
(もちろん人によってやり方は違うと思うのですが)

対して小説、特に書下ろし作品は、
連載を経ずにいきなり一冊の本に仕上げるため、
最初から最後までをきっちり詰める入念・計画型といえるかもしれません。
そのため、物語の根幹になる部分がぶれないよう
作品を一本貫くテーマのようなものをきっちり決める必要がありました。

今回は、前述した前提をもとに 、高梨さんと打ち合わせを重ね、
余命一年同士という期限付きのふたりを通して
夫婦、広義で言えば家族を、真正面から描く!
というテーマが決定しました。

今の世の中って、ゼクシィの名コピーではないですが、
ひとりでも幸せになれるのが明らかだと思います。
誰かといることがかえって不自由だったり煩わしかったり……

でも私が高梨さんのプロットを拝見して
とても好きだな、と感じたところは、
負の側面を受け入れたうえで、
それでも人と生きるってやっぱり素晴らしい部分がたくさんあるよ、
という優しい肯定
があるところでした。

その素敵な部分をより詰めていくこと約3か月弱、
いよいよ原稿に取り掛かっていただく時がやってきます。

そこで驚いたのは「えっ、もう次、原稿じゃん」ということでした。

3. 驚き②:いきなり原稿

漫画の場合は「ネーム」という段階が間に挟まります。
コマ割りや構図、台詞まで指定された「本番の一段階前」の状態のことです。

しかしなんということでしょう……小説ではそれができない。
つまりぶっつけ本番です。
いきなり本という山頂目指して数か月登山をするような感じです。

作品にもよりますが、およそ10万字前後の原稿を完成させたのち、
描写を足していただいたり、一部のシーンを削ったり、
全体を俯瞰しながら作品をより良く整えていく作業に入る。

数か月の執筆期間に加え、改稿がさらに数週間~数か月。
編集ももちろん打ち合わせややりとりをさせていただくのですが、
圧倒的にひとりで作品に向き合っている時間が長いので
作家さんにとってはものすごく孤独で長い闘いなのではと思います。

そして同時進行でカバーのデザイン に入ります。

4. 驚き③ カバーはまっさらな状態から

漫画であれば当然、漫画家さんのイラストに
そのイラストをさらに魅力的に見せるデザインが加わってくるのですが、
小説の場合は文字であり、ビジュアルが存在しないため、
真っ白な状態からカバーづくりがスタートします。

イラストや写真以外にも、本当に多様な選択肢がある状況で、
どのような印象を読者の方に持っていただきたいか?
興味を持ってもらうためにどんなデザインが最適か?
ということを熟考して少しずつ形にしていきます。

作品の顔を作っていくにあたり、
漠然としたイメージや尽きない悩みを親身に聞いてくれ、
最適解に導いてくれるのがブックデザイナーさんでした。
今回二人三脚してくださったのはbookwallさんです。

bookwallさんとも相談して、
・タイトル(余命=切ない)とカバーイラスト(温かい、幸せそう)のギャップ
・夫婦の関係性をぱっと見で把握できる
などなど、パッケージを決定していき、
装丁イラストは前田ミックさんにお願いすることになりました。

「全体が明るく、温かい印象だが、一抹の儚さを感じる(光の演出)」
「ふたりが密着しているというよりは、関係性が分かるような描写で」
今思い返しても具体性どこ?と言いたくなるような私の依頼を
こんな素敵なイラストにしていただけるってどういうことなんでしょうか……。

拓海の手を引いて先導する葵、というのもキャラクターの関係性が分かって大変素敵です

さらにエモーショナルな帯も付いて、いよいよ本としての体裁が整いました。

5. 誰かの大切な一冊に(完成)

そうして11か月、約1年。
ついに完成した本が書店に並びます。

タイトルはとにかくストレートにわかりやすく、
『余命一年、夫婦始めます』に決定しました。

今回、全体的に感じたことではあるのですが、
小説って露出する機会が少ないこともあり、
全体的にかなりぶっつけ本番感が強い印象があります。
作家さんも、出版社も、そして読者の方もです。

書下ろし小説は連載という段階もなく、
作品について事前に情報を得ることが難しいと思います。
そのため、あらすじやカバーで興味を持ち、
その作品が素敵に違いないと信じて手に取ってくださる
すべての読者の方の存在
は、本当に有難いものだと感じます。

誰かと生きることに幸せを感じている人も、悩んでいる人も、
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。
心に残る一作となることを祈っております。


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