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POOL SIDE TALK Vol.1(2)

POOL SIDE TALK

すでにあるモノゴトを広告するだけではなく、事業の根幹や、社会の仕組みづくりからイノベーションに参加するPOOLinc.代表「コニタン」こと小西利行があらゆる領域で活躍する「越境クリエーター」をゲストにお迎えし、22世紀型クリエイティブとその可能性についておしゃべりします。進行はPOOLinc.副社長、且つコミュニケーションデザイナーの是永聡。第一回のゲストは博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎さんです。


POOL SIDE TALK vol.1(1)の続きです。今回は、「違和感」の重要性について。クリエイティブを生み出すヒントは、形ないものが発露した瞬間にあります。キーワードは「観察・再発見・共有」。違和感をすくい上げる最初のアプローチは「観察」からはじまります。



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欲望の発露を言語化する

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一橋大学の商学部の松井剛先生と『欲望する「ことば」』という本を書きました。「おひとりさま」「草食系男子」など、辞書に載っていないけれどみんな知っている言葉がある。それが「マーケティングとどう関係があるの?」と思うかもしれない。

もしみんながベビーカーを売る会社のマーケッターだとしたら、「イクメン」という言葉が流行っていた方がいいですよね。ベビーカーは今までお母さんからしか選んでもらえなかったけれど、「イクメン」という言葉がある世の中ならお父さんもベビーカーを「何買おうかな」と思ってくれるかもしれない。ショッピングモールの催事の担当者であれば、「朝活」という言葉が流行っていた方がいい。その方が、午前中のイベントの集客が期待できる。

でも「どうしてイクメンという言葉ができたのか」とか「どうして朝活という言葉ができたのか」ということを意外と誰も答えることができない。そのメカニズムについて書いた本です。

そういう言葉は、80年代では広告のフィールドでできた。「カエルコール」「朝シャン」など。今までなかった言葉が広告によって生み出された。それが90年代になると「エビちゃんOL」「コギャル」など、新しい言葉は雑誌から生まれるようになった。

それって新しい人間の「欲望の発露」を言語化しているものだよね。「おひとりさま」というのも今までは、旅行や食事はみんなですることが当たり前だと思っていた。その既成概念に対して「一人でご飯を食べに行きたい」という新しい欲望が現れはじめ、「おひとりさま」という新しい称号を与えているわけで。

その言葉とヒット商品には関係性がある。「エビちゃんOL」が流行するとサマンサタバサが売れる。「ファストファッション」という今までになかった言葉によってユニクロがヒットする。それはある意味社会記号によってマーケティングができるってことで、企業はそれらの言葉をつくり社会記号化したいわけです。

是永
90年代は雑誌が作ったとして、今は何が作っているのだろう?


そこが今、僕の研究対象としておもしろいところです。「ウェブでそれがつくれるのか?」という問題。ウェブはターゲットを細分化しているから社会記号はなかなかつくれないのではないかって松井先生とも話してるんだ。

メディアの話でいうと、日本って社会記号が生まれやすい環境なんだよ。アメリカではなかなか起きないことが、日本では起こりやすい。それは先ほど(vol.1)言ったように日本のマスメディアがとてつもない視聴率や部数を持っているから、一つの言葉ができて複数のメディアがそれを詰めはじめると、定着度が高い。

90年代、00年代までは「勝ち組」「負け組」「おひとりさま」「マイルドヤンキー」など、雑誌や新書などがつくった。雑誌はそういうものが作りやすい。なぜかというと、ターゲットのセグメントが徹底されているから。『Mart』はずっと主婦のことだけを書いているわけでしょ。読者の新しいの変化に対して彼らは敏感で、それらを言語化して先取りしていく。つまり、社会記号を生み出す原動力があった。

その雑誌からウェブに移っていくわけだけど。「ウェブが新しい社会記号をつくれるか」というと、ウェブはターゲットが細分化しているから新しい兆しを発見できても、その定着は難しいのではないか予想していて。ただ、ここ1、2年でいうと「港区女子」。あれは『東京カレンダー』のウェブが見出した言葉で。

そういう社会記号が生まれる環境についてすごく考えるよね。

小西
「港区女子」という存在が世の中に認知されかけているのを、先取ることができる人ね。



ファーストペンギン

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是永
「欲望の発露」を言語化するための一歩目は何だろうか?


みんなに言いたいのは「違和感が大事」ということ。日常における違和感ね。世の中にはファーストペンギンがいるんですよ。「おひとりさま」というのも、そもそもは新しい欲望だった。今まではごはんや旅行は「みんなでするもの」だった。でもそうじゃない人たちが現れた。最初の頃、ファーストペンギンはがんばって一人で食事をしていた。その人を〝例外〟として見るか、「一人で食事をしている女性を最近よく見るな、これは新しい世の中の欲望の発露か」と見るかでは全く違う。新しい欲望の発露を感じることができる人は、新しいビジネスをつくれるわけです。

「おひとりさま」が発見されたら、おひとりさま向け宿泊プランとか、おひとりさま向けメニューをつくることができる。欲望を顕在化できるわけですよ。「イクメン」にしても、「実は男の人も育児に関与した方がよかったでしょ?」と薄々思っていた人が何人かいる時にそういう言葉ができると、まず本人たちがスターになる。同時にフォロワーが生まれる。それからメディアが取り上げ、僕たちのような人がそれに合わせた商品をつくる。社会記号の言語化というのは「欲望の定義」であり「欲望の顕在化」、それを加速させる力がある。

「きっと世の中にはこういうことを思っているに違いない」ということを先回りして、その欲望を言語化してあげることが素敵なコピーライターの仕事だったり、それを一早く広めることが素敵なジャーナリストの仕事だったりする。だから優れたPRパーソンというのは世の中の新しい欲望を先回りして言語化できるスキルを持っている人のことを言います。

小西
実際には動きがあって、羊の群れがとある方角へ向かって走る。それを、別の羊の群れに「こっちに行ってるよ」と球を投げているような感じ。


例えば、「おひとりさま」は牛窪恵さんが『男が知らない「おひとりさま」マーケット』という本を書いた。彼女の友人であるフレンチのシェフが「フレンチに来るお客さんって普通はカップルが多いのだけど、最近女性一人で来る客が多いんだよね」と言った。シェフはその現象を違和感として覚えた。それを聴いた彼女は「ああ、その一人で来たい気持ちわかる」と共感した。そして「きっと世の中の多くの人はそれを求めているに違いない」と、違和感を言語化した途端にブレイクした。つまり、彼女はファーストペンギンを見た時に「その行動はもっと多くの人の欲望の発露だ」ということに気付いたということ。

小西
言語化して、具象化して、世の中に提示したから見えてきた。


博報堂は生活者発想が大好きで。その考え方があるから、日常の違和感がとても大事。新入社研修の時に必ずタウンウォッチングがあります。「街に出て、何か探してこい」ということがある。それは単純に「街に出て何かを見てこい」ということではなく「今までの常識からするとおかしな行動をしている人を探せ」ということ。「おひとりさま」のファーストペンギンを見つけることと同じで、それはもしかしたら新しい欲望の発露かもしれない。

例えば今年、報告されたのは

・犬をバギーに乗せていて散歩している人が多い
・機能ごとに美容室を使い分けている女性が多い(襟足だけを切る・カラーは別の美容院など)
・路上で飲み会をしている人が多い


きっとそこにはそれをやる何らかの欲望がある。

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おかしなことに気付くことはあらゆる企画の原点となる。違和感を抱いたら全てメモっていて、自分なりに分析してみる。


小西
でも「直感だけに頼らないように」ということは言っておかないといけない。走っている集団に対して名前をつけて、それが流行ると雑誌も売れるし、その人たちが扱っている商品も売れるからいいのだけど。例えばある日突然、自分が投げた言葉がきっかけで誰かが叩かれたり、暴動が起きたりするかもしれない。広告の作り手として責任というか明確なビジョンを持ってファーストペンギンを世の中に送り出していくことを考えないと、ネガティブリリースになってしまうこともある。


そこはすごく悩みますよね。欲望は次々と生まれるんですよ。人って貪欲だなぁと思うんですよね。ソーシャルメディアができると承認欲求が生まれたり、「リア充になりたい」という欲望が生まれたり。テクノロジーの進化や世の中の変遷と共に欲望は続々生まれてきて。それを後から「それって承認欲求だよね」と言語化していくわけですよね。広告というのはその世界を暗示的に描く。

新しい人間の欲求や欲望を次々体現していくことにおいては、実は広告のドラマやコンテンツもジャーナリズムも近しいところで異なる手段でやり合っている気がする。

小西
僕も全く同じ感覚を持っています。コミュニケーションの流行りが、広告からPRに移ったのではなくて、広告もドラマもマンガもPRも「与える影響」という観点で同列に評価されるようになったということです。仮に100万人見ているメディアが登場しても『キングダム』の方がすごいわけですよ。



Art=観察→再発見→共有

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小西
先日、日本画家の千住博さんに話を聞く機会がありました。そこで「芸術とは何ですか?」という非常に抽象的な質問をしてみた。すると彼は「観察と再発見と共有──それがアートです」と言い切った。

ラスコーの壁画には、「こんな生き物がいるよ」ということが描かれています。「この動物は食べることができる、角がある動物は強くて、角がない動物は弱いよ」というような。あれは当時の人が観察して描いたもので。そこでは発見ではなく、再発見が行われている。

「こういう動物だと思っていたけど……あ、違う」

そう思った瞬間に描いている。「みんなわかるかな?」と思いながら。千住さんはそれこそがアートだということを言い切った。

千住さんが描いた滝は、他者が描いた滝とは違う。きっと「滝には音がないんだ」という感覚の再発見を絵に込めていると僕は思った。そして「どれくらいの大きさで描けば、みんなに伝わるだろう」ということを想いながら描いているんだと思う。これって結構、デザインの話に近いと思いません?


それってニュートンが万有力学を発見した話と似ているね。ニュートンは「物と物が引き合う」という万有力学を発見した。だけど、後世の人が「物が微粒子になり、高速で移動していると引っ張り合わない。だから、この理論は完璧じゃない」と気付いた。それを今度はアインシュタインが説明するために相対性理論をつくる。アインシュタインの説明も、「ここが説明できない」というのが出てくる。すると量子力学の人が「こうじゃないの?」と新しい説明をはじめる。そのようにして上位概念をどんどん作っていくというのと一緒だね。

小西
そう、観察と再発見からくる。さっき嶋くんが言った「街にこんなおかしな人がいる」ということこそが再発見なんですよ。現象にキーワードをつけるということに近い。

今、プレゼンテーションについての本を書いていて。出版社の人に「小西さんってプレゼンテーションによくキーワードを置きますよね」と言われた。考えてみると、確かに置いている。「その法則を教えてくれないか?」という内容で。

先ほどの話に出てきた「おひとりさま」は、世の中の事象を観察して再発見して言語化しています。まさに千住さんの説明の流れでつくられている。でも、これはとても難しいことなんですね。一発でその再発見を言語にしなきゃいけないからスキルがすごく必要。でも同じ「再発見」なんだけど、それより易しい方法があるんですよ。教えましょうか?実は、いま流行っているキーワードを置いて、今の時代とずれた部分を再発見するんです。簡単に言うと、現存するキーワードをモジるということ。

例えば「ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)」という言葉があるけど、今はもっと互いが近くなってるんしゃないか、と再発見する。で、もう「ファーム・オン・テーブル」だよね、となる。これなら考えやすいでしょ。で、そうなったら「じゃあ屋上に農場をつくりますか」という提案になってくる。つまり、世の中に今あるキーワードを置いて、もう一つ進化させる。そうすると伝わりやすい。


確かに、草食系男子が増えると「○○男子」の振れ幅は許容される。

小西
本当は「おひとりさま」や「美魔女」という独立したものをつくり出す方がいいけれど、それはヒットする可能性が低い。でも、既に世の中で認知されているキーワードを進化させると高い割合でヒットします。図抜けたインパクトはないけど、「これが→こうなる」ということは、考えやすいし、何より伝えやすい。

このキーワードを進化させる方法を、勝手に〝ライザップ式〟と呼んでいます。広告の最上表現はライザップだと思っていて。今までいろんな人が「どうすればこの結果になるのか」ということを一生懸命伝えようとしてきた。普通は「この商品を使うと、こういう効果があります」ということを見せる。

「なぜ、このビールはうまいか」
「なぜこのシステムはうまくいくのか」

広告は概ねこの「なぜ」ということを一生懸命説明しようと頑張ってたのですが、ライザップはそれを無視した。「あなたのこんな姿が、こうなります」ということを簡単に見せている。音と画でシステム化した瞬間にドラマティックにわかりやすくなった。そうしたら、人がたくさん集まった。こらがこうなる。と見せられたら、あとは自分で探す。それが「ライザップ式」です。


その話を聞いていて、自分がやっていたことを思い出しました。プレゼンの時、提案するキャンペーンが終わった後の日経新聞の想定記事をよく書いてたんだ。そこには、ある新車が売られて、どういう想いで開発されて、どういう人に受けて、こういった手順でヒットしたということが書かれている。その記事を読んだ宣伝部長が「おお」と唸ったら僕の勝ち。まさにライザップ方式だよね。



PRとは「新しい概念を定着させること」

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この前、ドラマ『グランメゾン東京』を見ていた。鈴木京香さんと木村拓哉さんの営んでいるレストランに潜入したスパイがレシピをライバル店に流していた。彼は良心の呵責に耐え切れず、「すみませんでした」と二人に謝る。すると「いいのいいの、レシピなんてライバル店に知られても絶対に真似られないから」と言った。この話から言いたいことは、たとえ想定記事が書けてそういう企画書をつくることができても、メディアリレーションのスキルやPRのスキルがなければ最終的に実現できないということ。

小西
それはいろんな人が言っていることだよね。金沢に『銭屋』という料亭があって、料理長の高木さんがよく言っていた。

「銭屋のレシピを全て渡しても構わない。絶対に同じものはつくることができないから」

昨日入荷したカニと、今日入荷したカニは厳密に言うと違うので調理の方法が変わる。そのことをいちいちレシピに書いていない。それは体感で覚えていくものだから。それはもう個人のスキルに帰属するよね。PRでもコピーライティングでもマーケティングでも全部そうだと思うけど。


「新しい概念を定着させること」が本来のPRです。自分から語らずに、影響力のある第三者を巻き込んで、世の中にその価値観を伝える。

ソーシャルな話で言えば、「女の人が子どもを育てることが当たり前」という世の中に「男性も育児参加した方がいい」ということや「男女の結婚が当たり前」という世の中に「LGBTの人たちも結婚できた方がいい」など。マーケティングに近いところで言えば、例えば「死」というネガティブな現象に対して、「終活」というポジティブな考えを持たせること。

学者を巻き込みたければ学会をつくればいい、世界の人たちを巻き込みたければ国際会議をやればいい、政治家の要請を巻き込みたければロビー活動をやればいい、メディアを巻き込みたければパブリッシュをやればいい、という具合に。基本的に制限がないニュートラルな仕事なんですね。だけど多くの人は、PRの人に対して「メディアに情報をあげる人でしょ?」と思っている。そう思わせているのがPR業界の最大の課題です。



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POOL SIDE TALK vol.1(3)へ続く

文:嶋津亮太



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