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1-1 ひと昔前の父親へ思うこと 

私は、ゼネコンで働く父親と公立幼稚園教諭の母親の間に生まれましたが、覚えている限り、平日は家に父親が居ませんでした。

昭和の時代は、「24時間働けますか?」と栄養ドリンクがCMをうつほどに、働けば働くほど良いとされていた時代でしたが、

令和になり、私自身が3人の父親となって思うことは、昭和であろうが時代に関係なく、本当はもっと早く帰れただろうな、って思います。

昭和の時代は、仕事という名のもとに、お酒の付き合いが多く、ウェットな人間関係を作ったり、維持したりすることが、仕事の肝であったと思うので、仕事終わりに飲みに行くことに批判的ではありません。

ただ、見事な横ばい力を発揮する日本の賃金推移を考えると、物価は昭和の方が今よりも低く、いたずらに残業する必要もなかったため、付き合いというお酒の席の多くは、サラリーマンの都合良い息抜きだったんだろうなって思います。


参考:厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査 結果の概況」

年齢も60近くなり、立場も偉くなった私の父親が、今では早々に家に帰っている様子から、総じて若かりし父親達は、平日の育児という難局をパートナーに任せて逃避するため、自分は仕事という名のもとお酒の席に行っていたに違いない!と思っている次第です。

そのように偏見たっぷりに考えてみると、ひと昔前の母親を少し気の毒に思ってしまいます。

令和となって、昭和と賃金は変わらないものの物価が上がり続けている中、夫婦共働きでないと苦しい家庭は、我が家に限らず多いと思いますが、令和に生きるサラリーマンとしては、家族との時間=幸せな時間、と思っています。

昭和のサラリーマン、令和サラリーマン、果たしてどちらが幸せなのでしょうか。

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