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大阪 家全七福酒家「王道の広東料理をお気軽に」

2017年の年末は、骨休めに大阪に行ってきた。
「家全七福酒家」でランチ。あまり聞いたことのない店名かもしれないが、かつての「福臨門」が改名。フカヒレや干しアワビなど「乾貨」が名物の、香港屈指の超高級広東料理店である。なんでもお家騒動?があり、分裂。日本の店舗は「家全七福酒家」に店名変更したとのこと。
「福臨門」は、九龍でも香港島でも東京でも大阪でも行ったことがあり、本場の広東料理に感動したことを鮮明に覚えている。

ランチはコースでなくアラカルトで。
まずは酔っ払い海老。
店長が、ガラスの容器に入った活けのさいまき海老を恭しくサーブ。そこに白酒(蒸留酒)を入れると、海老がガラスの器の中をピチピチと暴れ回る。海老がお酒で酔っ払うのだ。
その後火を付けてフランベ。
最後に上湯スープを豪快にかけて湯引き。
間断なく流麗なパフォーマンスにウットリ。
海老は生姜の入ったタレで。白酒の香りが海老に移るので、お酒が苦手な方はしんどいかも。

続いてはスープ。
僕はすっぽんの薬膳スープを味わった。
上湯とすっぽんの出会い。例えようのないとろみと深み。もちろんすっぽん特有の臭みは皆無。美味しすぎる出会いに身も心も蕩けた。

日本人が抱きやすい「中華はしつこい」というイメージとは全く異なる世界だ。繊細でありながら、複雑玄妙。あっさりしているのに、コクが奥深い。「福臨門は味が落ちた」という評判も聞いていたが、この時のスープの味わいに、陰りは差していなかった。
香港通としても知られる写真家の菊地和男が、「福臨門」の上湯を「錦のスープ」(『超級食香港』)と例えている。様々な色糸を用いて織り上げられた絹織物のように、様々な食材をダシに用いるからこその、複雑な味わいのハーモニー。
鶏ガラ、金華ハム、干し貝柱など乾物、野菜類を贅沢に用いた上湯スープだからこその重層的な味わいである。

同行者は名物のフカヒレスープ餃子を注文したが、こちらも文句なしの美味。ディナーなら高額なフカヒレ料理も、ランチなら2000円足らずで、「錦のスープ」と共に楽しめるのだ。(画像参照)

そして飲茶彩々。
「干し貝柱と豆苗の蒸し餃子」
「海老蒸し餃子」
「海老入りシュウマイ」
「牛肉シュウマイ」

ありきたりの飲茶とは全く異なる美味しさである。客席の端を、割烹着姿の中国人らしい中年女性が歩くのを見かけたが、あるいは点心師ではないか?
冷凍や出来合いではなく、作り立てだからとしか思えない、瑞々しい旨さだった。
「牛肉シュウマイ」は香菜やクワイが入っていて、香りや食感も楽しい。薬味はリーぺリンのウスターソース。香港が英領だった歴史をも想起させてくれる美味である。〆はパンプキン粥。「錦のスープ」をふんだんに用いた、繊細かつ深みのある味わい。

「福臨門」の飲茶の旨さは、ジャッキー・チェンの専属通訳として知られた辻村哲郎の著書『香港の食の物語』から教わった。ディナーでフカヒレやアワビを味わえば、数万円は下らない。そんな高級店のエッセンスを味わうには、飲茶が良い。安価な飲茶にも決して手抜きがないのが、「家全七福酒家」の矜持である。

「福臨門」時代から数えると十数年ぶりの再訪だったが、大満足だった。
若かりし頃ライターの真似事をしていた時に、大先輩に「文章に絶品とか天才という表現を安易に使うな」と指摘されて以来、絶品とか天才とかの表現は控えている。しかし、そのことを踏まえても絶品と言いたい美味しさ。
広東料理の王道を気軽に味わえること。それが飲茶の最大の魅力である。アバンギャルドも最先端も良いが、王道とのコントラストがあってこそのアバンギャルドなのだ。

「家全七福酒家」をはじめ、「中国飯店」「維新號」「赤坂四川飯店」「華都飯店」「聘珍楼」・・・。王道中華、侮るなかれである。僕は前のめりに星の数を追いかけるだけでなく、常に温故知新の気持ちを忘れたくはない。王道あっての革新だと思うからだ。

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