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尾道 naïf(ナイーフ)「皿の上に、シェフがいる」

2019年に訪問した飲食店で、個人的に最もエキサイティングだった一軒は、尾道の新開地区の路地裏にポツンと佇む。
入口には鉄の看板が。福山市の鉄のアーティストが作成したという。
インテリアは瀟酒。なんでも殆どがシェフと友人たちの手作りだという。

「naïf(ナイーフ)」

フランス語で、素朴、無垢といった意味の店名。
素朴さ、真摯さが滲み出てくるようなシェフの寡黙な立ち居振る舞いから、既に店名の由来が伺えた。
それ以上に、シェフが作り出すお料理が、虚飾を排した無垢な味わいだった。

「皿の上に、シェフがいる」

無垢、といっても、技巧がないという意味ではない。
十数年間、東京の著名なレストランで腕を振るったシェフ。藤沢周平の小説に出てくる剣客ではないが「腕におぼえあり」だ。
しかしシェフは自らの技に溺れず、腕自慢にならず、素材の持ち味を引き出すことに注力する。

例えば「サゴシの低温ロースト 焼き茄子」
地産地消にこだわるシェフは、地物のサゴシを低温でじっくりロースト。
「サゴシといえば塩焼きよね!」と二度と言えなくなるほどの、これ以上ないほどの焼き加減。
身が膨れているようにフワフワ。例えれば、焼き立てのスフレのようなフワフワさ。こんなフワフワのサゴシ、今まで味わったことがない。

火入れも凄ければ、味付けも見事の一言。
小さく刻んだ玉ねぎは酸味の効いたバルサミコ風味。
添えられた茄子は、イタリア原産種の茄子をブイヨンでじっくり煮たもの。
サゴシの下には、焼き茄子をブイヨンとカツオだしを割ったスープで煮含め、ピューレ状にしたものをソース替わりに。

手が込んでいる。想像以上に手が込んでいる。
それでいて、素材の持ち味を殺さない。素材を活かす。
真の素朴さ、真の無垢さとは、磨き抜かれた技術と料理への深い愛情をもってこそ、活かすことができるのか・・・。
シェフの料理に対する愛情、そしてシェフの料理人人生の険しくも豊穣な来し方に、僕は心の中で首を垂れた。

実はシェフの料理から一皿だけ選べなんて、そんな無茶なことは言えない。言えるわけない。
例えば、シェフの師匠のスペシャリテでもある「サフランスープ」。
淡い味付けの中に具材の鱧の出汁が染み通る。件のサフランスープとは比較にならぬ透明感。

「アオリイカ セロリ パクチー」
稀少な食材であるアオリイカを、贅沢にもエスニック風味で。唐辛子とナンプラーが、繊細なアオリイカとビックリするほど合うのだ。凍結したフロマージュブランの粉末を合わせても、これまた合う。合う。

「金目鯛 ビーツ」
金目鯛といえば濃い目の味付けで煮付けるのが定番。でも酸味の効いたビーツ風味のソースが、見事な火入れでフワフワな金目鯛と、有り得ないくらい相性が良いのだ!
金目鯛の脂と、メリハリのある酸味。ラピスラズリのように真っ青な器とのコントラストも、美味しさのうち。
そこにドイツ産のピノ・ノワールであるシュペートブルグンダー。
シェフ、そしてペアリングをチョイスしたソムリエに感謝である。

虚飾を排し、素材の持ち味を引き出すお料理。
ソムリエがチョイスする自然派ワインとのペアリング。
寡黙だが素朴で真摯な、職人気質を絵に描いたようなシェフ。
今年コロナ騒動で伺えず残念だったが、シェフに会いにまた尾道へ行こう!

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