Indeed but構文が嫌いだった話

東大英語の大問2は、伝統的に自由英作文が出題される。今回は、自由英作文の際に多用されていた(していた?)Indeed〜,but〜構文が嫌いだった話をしようと思う。

英語学習については他にも記事を書いているので見て頂けると嬉しい。


東大英作文

東大英語の大問2は、伝統的に自由英作文が出題される。ずいぶんニッチな話をしていると思われるかもしれないが、東大入試が「知識偏重」であることについて度々社会的な議論が起こるということは、きっと多くの方々は東大の選抜方法(入試問題)について熟知していることと思う。

今回取り上げたいのは、その中でも「意見表明型」の英作問題だ。例えば、以下のようなものである。

2015年東京大学第2問B
【問題】
“Look before you leap”と”He who hesitates is lost”という, 内容の相反することわざがある。どのように相反するか説明したうえで, あなたにとってどちらがよい助言と思われるか,理由とともに答えよ。全体で60~80語の英語で答えること。

入試英語を一通りやった方なら、ことわざの意味を対比的に説明して(30語)、自分の立場を取り(10語)、判断の根拠となる要素を1~2個つけて(20~30語)、再度結論を述べて締めれば収まりがいいなと察しがつくだろう。(ちなみに受験生だったころの筆者は"leap"と"hesitate"の意味がわからずにこの問題を白紙で提出した)


Indeed but構文という万能兵器

このような意見表明型(特にA or B型)の英作文で威力を発揮するのが、Indeed butをはじめとする譲歩構文だ。優秀だった筆者の友人は「英作はIndeed but使っとけばだいたいなんとかなるよ」と言っていたし、〇進ハイスクールでもそのように教わった記憶がある。

Indeed but構文は、抽象的な自由英作文の問題を簡単なパズルの形に落とし込む。自分が指示したい主張の「強み」をbut以下に挿入し、支持たくない主張の「強み」をIndeed以下に挿入すれば、反論‐再反論の出来上がりだ。3分クッキングも驚きのはやわざである。

実際に、ちょっとググってみても譲歩構文をテクニックとして紹介するサイトに簡単にたどり着くことができた。

画像1

そして、このサイトで先程の問題の解答例が紹介されている。

2015年東京大学第2問B
【問題】
“Look before you leap”と”He who hesitates is lost”という, 内容の相反することわざがある。どのように相反するか説明したうえで, あなたにとってどちらがよい助言と思われるか,理由とともに答えよ。全体で60~80語の英語で答えること。
【解答例 作成者:東大生R.M.君】
The former one recommends being careful in making decisions, while the latter one recommends making decisions quickly. The former one is better because enough consideration is necessary in making correct decisions. Of course, you may lose your chances if you think too much. However, making decisions without any care is much more dangerous because it can cause many mistakes. I believe that it’s necessary to assess the situation fully whenever we make decisions.

Indeed butではないが、Of course howeverの形で譲歩構文が展開されている。なるほどさすが東大生、前半部のまとめも的確で、しっかりと自分の立場を明確にしており、譲歩構文を用いて「判断の根拠となる要素」を盛り込んでいる。白紙提出した筆者とは雲泥の差である。

記事はこのように続く。

画像3

な、なんだってー


譲歩構文の論理性

そろそろ、Indeed but構文が嫌いだった話をしようと思う。もう一度、先ほどの解答例の譲歩構文の部分を見てみよう。

Of course, you may lose your chances if you think too much. However, making decisions without any care is much more dangerous because it can cause many mistakes.

さて、この問題は「あなたにとってどちらが良い助言と思われるか、理由ともに答えよ」と言っている。では、この解答例はどのような理由説明を付しているか、分析してみよう。

この部分の文章構造は以下のようになっている。

①もちろん、考え過ぎによって機会を逃すこともある ②しかし、軽率な決断の方が圧倒的に危険だ ③なぜなら、それは多くの失敗を生み得るからだ

この部分の論理構造は以下のようになっている。

(根拠①)考え過ぎによって機会を逃すことがある (根拠②)軽率な決断は多くの失敗を生み得る (結論)軽率な決断の方が危険だ

…このあたりで筆者が言わんとしていることを察した方もいるかもしれないが、Indeed but構文の嫌いなところを示すにはまだ足りない。ここで、「自分が指示したい主張の「強み」をbut以下に挿入し、支持たくない主張の「強み」をIndeed以下に挿入すれば、反論‐再反論の出来上がり」というIndeed but構文の特性を使って、解答例を逆の立場に書き換えてみよう。

Of course, making decisions without any care can cause many mistakes. However, thinking too much is much more dangerous because it can make you lose your chances.

文章構造は以下のようになっている。

①もちろん、軽率な決断は多くの失敗を生み得る ②しかし、考え過ぎの方が圧倒的に危険だ ③なぜなら、それによって機会を逃すことがあるからだ

論理構造は以下のようになっている。

(根拠①)軽率な決断は多くの失敗を生み得る (根拠②)考え過ぎによって機会を逃すことがある (結論)考え過ぎの方が危険だ

なんと、同じ根拠を用いて全く逆の結論を導くことができた。Indeed but構文ってすげー!


論理的であるということ

全く同じ情報を使って二つの異なる結論を導くことができた。このことから考えられる仮説は以下の二つだろう。

①導出が論理的でない(論理の飛躍がある)

②実は二つの結論は字面が違うだけで情報としては同値

これは哲学の記事ではなく英語学習の記事なので、後者は緻密に検討することなく切り捨てさせて頂く。というか、さすがにこの二つが同値だというのは無理があるだろう。

結論として、この解答例で使われている譲歩構文は全くもって論理的ではないと言うことができる。Indeed butを使っとけば論理的になると思っている輩は、「なーんにも考えてないんじゃないの?」と言われて然るべきなのだ。


だが、待って欲しい。誰がIndeed but構文が論理的だと言っているのか。

記事は以下のように続く。

画像4

そう、誰もこれが論理的であるとは言っていないのだ。そもそも譲歩構文は論理的であることに重きを置いていない。彼らが欲しいのは、論理ではなく説得力なのである。


「論理的」と「説得的」

世の中には、説得的であることを「論理的」と呼ぶ人がいる。「英作文は論理的に書くように」と言いながら譲歩構文を勧める英語科講師もそうだ。就活で「志望動機を論理的に話すようにした」と言っている人も、両者を混同している疑いがある。

例えば、「論理的な話し方」というキーワードでググってみると、説得的であることを論理的であると呼んでいる例を多数見ることができる。

論理的な話し方とは、「その人個人の話し方をわかりやすく説明できる話し方」のことです。「正論」や「相手を従わせることのできる話し方」と似ていますが違うので注意してください。
正論であるかどうかに関係なく、言いたいことがよく整理されており、わかりやすい話し方のことが論理的な話し方です。https://techacademy.jp/magazine/21648
なぜなら、「論理的に伝える」とは順序立てて伝えることだからです。たとえば、車を運転したことがない人に、車の運転方法を伝えることを考えます。 
[1] カギでドアを開ける
[2] 車のエンジンをかける
[3] サイドブレーキを下げる
[4] ブレーキを押しながら、ギアをPからLやDに変える
[5] ハンドルを握りながら、ブレーキから足を話す
[6] ハンドルを握りながら、アクセルを入れる
といった順番で説明を行うはずです。なぜなら、順番通りに話をしないと、相手の理解が追いつかないからです。https://www.fastclassinfo.com/entry/logical_presentation

「論理的な考え方」や「ロジカルシンキング」で検索するとこんな感じだ。

例を挙げましょう。

2013年全国小学校学力テストの1位は秋田県である。同テスト2位は福井県である。
同じく3位は石川県である。
従って、地方の小学校は学力が高い。
これは論理展開としては、全く問題のないものです。
根拠を3つも挙げた上で結論(地方の小学校は学力が高い)
を導いて
いますから、構造だけを見れば、
優れたものと言えましょう。http://jbi-school.jp/blog/ronritekisikoutowa/
ロジカルシンキングとは、「論理的思考」という意味の言葉です。「論理」という枕詞があると、数学や論理学といった難しいことを思い浮かべてしまうかもしれませんが、ロジカルシンキングは「難しいことを表現するためのスキル」ではありません。
むしろ、「複雑で込み入ったものを、誰もが簡単にわかるように表現するスキル」「誰もが誤解ないようにコミュニケーションとることができるスキル」といったほうが的確です。ビジネスの現場で日々使う実践的なスキルなのです。https://allabout.co.jp/gm/gc/297538/

ややわかりにくいかもしれないが、リンクを辿ってもらえば言わんとしていることをわかって頂けるはずだ。

説得的という意味で「論理的」という言葉を使っている人がここまで多いと、「論理的」という言葉に説得的という意味を認めざるを得ないような気もしてくる。言葉の意味は帰納的に決まるものだとすれば、説得的とは別の意味での「論理的」を「演繹的」と呼ぶべきなのかもしれない。

まあ、そんな定義論はどうでも良いのだ。

重要なのは、説得的であるだけで論理的であると装うことは問題かもしれないが、必ずしも論理的であることが説得的であることより優れているとは言えないということだ。言葉はコミュニケーションのツールであり、コミュニケーションは「伝える」ことが目的である。英作文にせよ、志望動機にせよ、商談にせよ、説得的であることは論理的であることよりよほど重要だ。(厳密に考えるなら、論理が説得力の一要素である場合が多いことに注意する必要があるが)

そもそも、厳密に論理的に何かを主張するのは非常に難しい。先ほどの英作文の例で考えてみればわかるが、論理的にどちらかを選び取ろうとしたら、「あなた」の性質と「よい助言」の条件について大胆な仮定を置かざるを得ないだろう。「私は失敗を気にせず、とにかく挑戦したい人間なんでーす。そこに理由なんてありませーん」「よい助言っていうのは、それに従うと生涯賃金が増える助言のことでーす。そこに理由なんてありませーん」と開き直らざるを得ない。しかし、その開き直りが「“Look before you leap”の方がよい助言でーす。そこに理由なんてありませーん」とどう違うのかと問われると、意外と答えるのが難しいのである。

科学は演繹的であることを諦めたことで発展してきた。数学は演繹的であるために自身が恣意的な仮定を置いていることを認めている。我々も面接官に評価されようと思うなら、グループディスカッションで「それは説得的だけど論理的ではないよね?」などと言ってはいけないのである。

個人的な好みの話をすると、筆者は論理が軽視され説得力が重視される風潮が嫌いである。そして、入試英作文におけるIndeed but構文がこの風潮を象徴していると気づいたとき、Indeed but構文が嫌いになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?