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任天堂がコロプラへの損害賠償額を44億円から96億円に増やした理由の考察

任天堂がコロプラ の白猫プロジェクトを特許侵害で訴えた事件はゲーム業界でも最も有名な特許侵害訴訟になりました。
このnoteでも、過去に任天堂の特許権の確認をしています。

今回、事件の続報として、コロプラのIR資料から任天堂が損害賠償額を96億円に引き上げたという情報が流れたため、世間を再び騒がせています。
訴訟開始時の44億円でも、ゲーム業界のみならず、国内ではトップクラスの損害賠償請求額だったのですが、96億円に倍化するとさらにインパクトは強くなるので、大騒ぎになるのは当然でしょう。

しかしながら、損害賠償請求額が増えるのは、一見すると不思議なことです。
しかも、増えた理由として「時間の経過等のため」とされていますが、IR資料を読む限りでは遅延金は96億円には含まれていません。

では、なぜこのように損害賠償請求額が増えたのでしょうか。

そもそも任天堂は初めから損害賠償請求額を低く見積もっていた

まず第一のヒントは、訴訟開始時の任天堂の訴えの内容にあります。
任天堂は、損害賠償の一部請求として44億円を提示しています。

すなわち、任天堂の立場としては、44億円以上の損害賠償があることは明らかだけれども、とりあえず低めに見積もった(とはいえ無視できない程度の)金額で、特許侵害訴訟を進めることにした、ということです。

ここで、最初から全額請求しても良いのでは、という疑問が生じるかと思いますが、一部請求とすることで原告(任天堂)側にはいくつかのメリットがあります。

1. 特許侵害の有無に集中して訴訟を進められる

特許侵害訴訟は何年もかかるのが通常で、本件もすでに3年以上かけて訴訟が進んでいます。
特許侵害訴訟の難しいところは、大きく分けて以下の2つです。

 ①特許侵害があったかどうかの争い
 ②損害賠償額がいくらになるかの争い

ここで、任天堂としては最終的には両方の争点で勝ちを収める必要がありますが、そもそも①特許侵害を立証できなければ②損害賠償額が争われることはありません。

したがって、まずは①特許侵害を全力で立証する必要がありますが、人間のやることですからマンパワー的な部分などでどうしても予算や工数には限界があります。
そこで、最初はまず①特許侵害の争いで全力を出し、侵害がほぼ確定した段階で②損害賠償請求額の算定に全力を出す、という2段構えで訴訟を進める、というのが特許侵害訴訟ではよくある戦術です。

今回はおそらくですが、①特許侵害の争点はほぼ確定したので、②損害賠償の部分で争う段階になったと思われます。
わざわざ(最強法務部と言われる)任天堂が請求額を増やすくらいなので、特許侵害が認定される見込みが立ったというのが本当のところではないでしょうか。

2. 初期の裁判費用を減らす

実際に裁判をするとなると、多額の費用が必要になります。

裁判所への印紙代、弁護士への報酬、などなど。
ひとまず金額の大きそうな上記2点に絞って、一部請求とするメリットを考えてみます。

まず印紙代について。

裁判所のホームページによれば、訴えを、提起するのに必要な印紙代は以下の通りです。


訴訟の目的の価額が100万円までの部分         その価額10万円までごとに1000円
訴訟の目的の価額が100万円を超え500万円までの部分  その価額20万円までごとに1000円
訴訟の目的の価額が500万円を超え1000万円までの部分 その価額50万円までごとに2000円
訴訟の目的の価額が1000万円を超え10億円までの部分  その価額100万円までごとに3000円
訴訟の目的の価額が10億円を超え50億円までの部分   その価額500万円までごとに1万円
訴訟の目的の価額が50億円を超える部分        その価額1000万円までごとに1万円

この表にしたがって計算すると
44億円の損害賠償を訴えるのに必要な印紙代は982万円
96億円の損害賠償を訴えるのに必要な印紙代は1562万円
となります。

後から賠償金額を変更して引き上げる際には足りない印紙代を追加すれば良いのですし、とりあえず安くしとくに越したことはないですね。

また、表から明らかなように、50億円を基準に計算式が変更されますので、なんとなくそのあたりに一部請求の金額を置いておきたくなるのが人間心理なのではないでしょうな。

ま、そうは言っても印紙代は誤差みたいなものですが。

次に弁護士報酬について。

一般的に、弁護士を通して裁判をする場合には着手金が必要になります。

任天堂が担当弁護士へと支払っている正確な金額は担当弁護士のみぞ知ることですが、ここでは一定の基準として旧日本弁護士連合会の報酬規定を参照してみます。

事件の経済的な利益の額が
300 万円以下の場合          経済的利益の8%
300 万円を超え 3000 万円以下の場合 経済的利益の5%+9 万円
3000 万円を超え 3 億円以下の場合  経済的利益の3%+69 万円
3 億円を超える場合          経済的利益の2%+369 万円

表にしたがって計算すると、44億円の損害賠償を訴えるのに必要な着手金は8869万円、96億円の損害賠償を訴えるのに必要な着手金は1億9269万円となります。

裁判で負ければ着手金は完全なる損失になるのですから、最初は賠償額を低くして着手金も低めに見積もっておく方がリスクは減りますが、着手金を出し渋りすぎるのは弁護士軽視の態度でもあり、取引先との信頼関係に関わります。

一方で、弁護士としても着手金としてある程度の金額をいただきながら、裁判で多額の損害賠償を勝ち取れば追加の着手金や成功報酬で何倍も儲けが出ますので、仕事のやりがいは大きいでしょう。

任天堂はこの辺りのバランスを取った金額を考えたのではないでしょうか。
法律のプロであれば、コスト面でも最善を尽くすのが当然ですし、任天堂の担当者は法律のプロとして至極真っ当な戦略を取ったわけですね。

また、44億円という賠償額は、印紙代と弁護士の着手金を合計した場合にちょうど良い感じに1億円を切る程度の金額ですし、1億円というキリのいい数字で予算の承認権限が変わる、みたいな社内事情が関わっている可能性もあります。
個人的にもこの説は一部請求の44億円の根拠としてかなり有力だと思っています。
事件の影響力を考えればそんな事情で賠償額が2倍に変わるというのは意外かもしれませんが、企業ってそんなもんですよね。

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