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知財戦略の基本はFFのATB(アクティブタイムバトル)特許に詰まっている

日本のゲーム業界で最も有名な特許

日本のゲーム業界で最も有名な特許は、人によっていくつか挙げられるものがあるかもしれませんが、私は特許2794230と特許3571207を挙げたいと思います。
これらの特許はFINAL FANTASY(FF、ファイナルファンタジー)シリーズのATB(アクティブタイムバトル)システムを保護するものとして有名です。

FFシリーズは日本で最も人気のあるRPGゲームの1つであり、ゲーム好きなら一度はプレイしたことがあるのではないでしょうか。
ATBシステムはスーパーファミコンソフトのFF4(1991年7月)に搭載され、以降少しずつ形を変えながらPS3ソフトのFF13(2009年12月)まで、長くFFシリーズのナンバリング作品で使われ続けてきた戦闘システムです。
(厳密には2013年発売のFF13ライトニングリターンズやそれ以降のFFナンバリング作品の移植版でも使われ続けているため、今日までずっと使われているといっても良いです)
ATBシステムの概要は以下のようなものです。

それぞれのキャラクタに時間毎に増加するゲージが設定されており、ゲージが一定量溜まったキャラクタに対してプレイヤが操作入力可能になる。

ATBシステムを理解したい場合には、実際にFFシリーズをプレイするのが良いと思います。
実は、初めてATBシステムを搭載したスーパーファミコン版FF4にはATBゲージが表示されておらず、見た目でシステムを理解するのが難しいかもしれないので、スマホアプリ等で展開されているリメイク版FF4や、FF5以降のシリーズ作品をプレイすることをお勧めします。

ATB特許はゲームシステムを保護する特許の先駆け的存在だそうで、私の記憶の限りでは特許庁が公式に発行している冊子でも紹介されているのを見たことがありますし、wikipediaやFFシリーズの攻略記事等にも、特許のことは言及してあります。
その他、ネットの海に残っているものとして2001年に日本弁理士会が発行したパテント・アトーニーという冊子に紹介記事を見つけました。
上記の記事では、スクウェア社(現スクウェア・エニックス社)が取材に協力しており、ATB特許の発明者の一人であり、FFシリーズの生みの親である坂口博信氏が解説をしていて、ゲームファンなら一見の価値があるものと言えます。
以下はその記事の抜粋で、ATB特許が先進的なものであることを雄弁に語る文章だと思います。興味がある方は、以下で言及されている日経エレクトロニクスの記事を探してみても良いかもしれません(そして私にも記事の内容を教えていただければ嬉しいです!)。

 このシステムを開発した当時、特許業界にも変化があった。ソフトウェア関連発明の保護が重要視されつつあったのである。株式会社スクウェアは、これにアクティブに対応した。その昔、特許の対象外とされており、無断で利用されることが多かったシステムについて特許出願を行った。アクティブタイムバトルという名称こそ使っていないが、このシステムが特許になったのである。
 当時の日経エレクトロニクスには、センセーショナルな事件として取り上げられた。株式会社スクウェアは、この特許によって、独占的にアクティブタイムバトルというシステムをゲームに搭載できるようになった。他のメーカーは、特許があるために真似ができないのである。「どうして、他のゲームにアクティブタイムバトルがないの?」と不思議に思う人も納得できるだろう。

ATBシステムは特許出願する前に雑誌で紹介されてしまっていた!

この特許は、特許法の原則に従えば特許にならなかったものです!
ゲームの発売日(1991年7月19日)のギリギリ直前である1991年7月16日に出願完了したのは良かったのですが、ゲーム発売の数ヶ月前からマンガ雑誌等でATBシステムについても情報公開がされており、出願前に発明が世間に公開(公知)されてしまっていたのです。

通常、出願前に公知になった発明については新規性が喪失したものとされ、特許を取ることはできません。

しかし、スクウェア社は新規性喪失の例外規定を適用することにより、出願前に公知になったATBシステムについて特許を受けることができました。
新規性喪失の例外規定とは、一定の条件を満たしていれば、公知になった発明であっても新規性を喪失していないものとして扱われることとする特許法上の救済制度です。

何らかの発明について特許を取りたい場合、なるべく早く特許出願を行うことが重要です。
しかし、全てを自分一人で管理できる個人発明家ならともかく、企業において発明を行う場合には、製品が完成する前に広告活動を行ったり、開発者や研究者が外部で成果を発表したりする場合があり、特許出願の前に発明が公知になってしまうことはしばしばあります。

FF4の場合も製品が発売される前から雑誌などに記事を出してしまっていました。特許的な観点での最善の策は製品の発売まで全ての情報公開を禁止することですが、当時すでにFFシリーズは国内でも有名なシリーズ作品となっており、営業的側面から発売前の情報公開を禁止するのが困難なのは容易に想像できます。
特許法の原則に従えばATBシステムは特許を取れないはずでしたが、スクウェア社はATBシステムの特許を取りたいという強い想いがあったため、特別な規定を使うという次善の策を講じることによって特許を受けることができたのです。

ATB特許は拒絶査定となっても諦めなかった!

さて、無事にATBシステムについて特許出願が完了しました。新規性喪失の例外規定を利用し、発明が公知になった問題も解消済みです。

満を辞して審査請求をしてみると、特許庁の審査によりATBシステムは特許を受けられないということで拒絶査定が通知されました!

・・・というわけで、ATBシステムは特許を受けられないということになったのですが、ここで話は終わりません。
スクウェア社は拒絶査定が出されても諦めずに不服審判を申し立てることとしたのです。
実は、ATB特許に対して拒絶査定が出されたのは1997年12月であり、この時すでにFFシリーズはFF7(1997年1月発売)まで出ていて、世界中で好評を博していました(余談ですが、ちょうど昨日、FF7リメイク版の発売日が発表されましたね! 楽しみです!)。
発明を実施している自社製品が売れに売れているその時に、自社製品のウリとなっているシステムについて特許を諦めないのは当然のことですから、お手本通りの知財戦術と言えます。

しかも、スクウェア社は不服審判を申し立てるだけでなく同時に分割出願をすることで、特許を受けられる可能性を高めることとしました。
分割出願とは、1つの出願書類の中に複数の発明が含まれている場合に、それらの中の発明の一部を抜き出して別の出願とする特許出願手続きのことです。
発明は様々な角度で抽出して言語化することが可能ですから、拒絶査定を受けた特許出願であっても、別の角度で抽出して言語化した上で審査を進めれば特許になる可能性があります。

最終的に、ATBシステムは分割出願を利用して3つの出願として権利化を目指し、そのうちの2つ出願での権利化に成功したのです。

特許権を行使するときのために、保険を残しておく

ATB特許では分割出願を利用して3つの特許出願としました。
分割出願には発明の権利化可能性を高めるという効果のほかに、他社に特許権を行使する際の保険という意味合いもあります。

基本的に、特許侵害をしている他社に対して特許権を行使する際、その特許出願に対する特許庁の審査が完了して特許として登録されている必要があります。
しかし、特許として登録されているということはその特許の内容は全世界に公開されていて誰もが見られる状態になっているということであり、権利行使先の他社ですらその特許の内容を隅から隅まで調べることが可能です。審査の終わった特許の権利範囲が大きく変化することはありませんから、特許の内容を詳しく調べられることで、権利行使先の他社がその特許の不備や回避策を見つけてしまって特許侵害を回避することができるという可能性が生じます。

しかし、分割出願をすることによって上記の懸念をある程度軽減することが可能です。
元の出願が特許になっていても、分割出願は特許になる前の状態で残っています。
元の出願を利用して特許権を行使した場合に、他社がその特許の不備や回避策を見つけて特許侵害を回避しようとしても、分割出願を利用して特許の不備を修正する形で権利化をしたり、他社がとった回避策に合わせて権利化をしたりすることができ、特許権を行使した後であっても他社の特許侵害状態を作り出すことができます
また、分割出願のさらに分割出願を作成することもできますので、特許侵害をしている他社からすれば、どれだけ特許の回避策を考えついて実行したとしても、新たな特許を作成される可能性が残ることになり、特許侵害を認めざるを得なくなるでしょう。

ATB特許についても、分割出願を利用して権利を増やしつつ、保険をかけることができていたのです!

現在の時点から考えるATB特許の果たした役割

「ファイナルファンタジーのバトルシステムといえばアクティブタイムバトル」と言えるほど、ATBシステムは長く使われ続けた偉大な発明となりました。
ATBシステムはFFシリーズのライバル作品であるドラゴンクエストシリーズとの最大の差別化要素であり、後発のゲームにも大きな影響を与えたと言われています(例えば、テイルズオブシリーズの戦闘システムはATB特許への抵触回避する中で生まれたものという見方もできます)。
また「アクティブタイムバトル」は商標登録もなされて現在も権利が維持されており、FFシリーズのブランド力向上にも一役買っていると言えます。特許や商標など複数の観点で自社製品を保護するという点で、知財戦略の基本を具現化していると言えそうです。

私見では、ATB特許はソフトウェア特許が認められにくい時代において果敢に権利化に挑戦したという点で、偉大なパイオニア(開拓者)であったと思います。
それは決して知財部門だけが頑張ったというものではなく、FFシリーズを通して世界で戦っていくんだという会社全体としてのチャレンジ精神が具現化したものであり、その時代に存在していたある種の壁を突破した証とも言えるのではないでしょうか。

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