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副志間高校3年A組【同窓会】

チェックインを終え、妻と2人、ホテルを出たのは17時半を過ぎた頃だった。

8月。コウスケが同窓会なら私も好きにさせてもらうね、と彼女が言うので、久しぶりの札幌行きを決めた。街は今、ちらちらと白く光り始めている。

子ども達も一緒に行きたがるのではないかと内心期待していたが、部活がある、少年団の練習がある、できっぱり断られた。娘も息子も、サトミに似て自立心が強い。仲が良いと思い込んでいた片想いの相手に振られた、そんな気持ちになった。

会場(といっても普通の居酒屋)に着くと、懐かしい顔ぶれがすでに並んでいた。おせーぞコウスケと悪態をつく男幹事のゲンジも、こっちこっち!と笑顔が可愛い女幹事のサナも、あの頃のままだ。

部活は途中でやめてしまったが、一緒につるむ友達がいて、たまに彼女もいて、それなりに楽しい高校生活だったと思う。目立つグループにも嫌われず、きっと周りからも「陽キャ」に見られていた。そうだ、そういえば3年の時には生徒会役員なんかもやっていた。

だが、今目の前にいるのは、卒業後に一度も連絡を取っていないメンバー達ばかりだ。専門学校を卒業し、知り合いがいない田舎町に就職したせいもあってなのか、地元組とも都会組とも会うことが少なくなっていた。

「コウスケ何飲む?」隣でショウタが聞く。「とりあえずビールかな」答えながら彼の左手に目がいった。造船に明け暮れる日焼けしたその手に、指輪はまだない。あの頃、電車で彼の隣の席を取り合う女子がいるほどモテていたのだが。「相変わらず忙しい?」「この歳になっても散々こき使われてるよ」「独り身はいいなぁ、どうせ遊んでんだろ」「うるせー」ショウタとは時々思い出したように連絡を取っていたので、懐かしさはあまりない。

「コウスケ久しぶりだね、元気だった?」酔いが心地良くなってきたところで、マイに話しかけられた。美人で気遣いのできる彼女と、可愛くてとにかく明るいサナはニコイチで、男子の憧れの的だった。札幌に就職して、結婚して、今は子育て中だと話すその目尻には皺がくっきりと見えるが、変わらず美人だなと思った。「うちの子と歳同じくらいじゃん」そう言いつつ、当時自分は “サナ派” だったことを思い出した。


トイレは混んでいて、先客がいた。後ろからの足音に気付いたのか、まりりんは振り返って驚いたように「あーコウスケだ」と言った。

「おーまりりんじゃん」「懐かしい、その呼び方。元気だった?」「元気元気。まりりんは?」「うん、元気だよー。卒業以来だよね」「ね」「仕事忙しい?」「そうでもないかな」「そっか、私もだよ」「え、まりりん今何してるの?」「一応、ライターやってる。まだまだだけどね」「ライターって、雑誌に書いたりするやつ?」「そうそう」

あとでゆっくり話そう、そう言い残してまりりんは空いた個室に消えた。

「ミノリとか常田が行くって言うから、私も出席しようかなって」酔って大声になっているミノリと、一発芸を求められて考え込んでいる常田を横目に、まりりんは控えめに話し始めた。大学を卒業後、地元に戻って数年働いた後、転職とともに札幌近隣に移り、今は独立して横浜に住んでいると言う。「すごいね、独立してライターなんて」「コウスケこそ、人の命を助けるってすごいよ。福祉の仕事から離れちゃったから、なおさらそう思う」

「そういえばまりりん、いっつも本読んでたよね」「そうそう。あ、でもサッカーも好きだったよ、観る専門だけど。よくコウスケと話した記憶がある」「まじ、そうだっけ」「まじ。私、当時浅田選手がめっちゃ好きでさ、『昨日ゴール決めたね』って話しかけてくれたよ」「あーそうだったかも」「でしょ?(笑)」

けして美人とはいえないが、学年の女子で一番落ち着き、あまり表情が豊かじゃなかったまりりんが今、つぶらな瞳を細めて笑う。コンパスで書いたような、パンパンにはちきれそうだった丸顔が、今は重力に負けて四角くなりつつある。

「大変なこともあるけど、80歳になった時に後悔しない人生にしたいんだ」そう語る表情には、少なくないだろう苦労と充実感が見え隠れする。

「嬉しかったのはさ」ハイボールのグラスを受け取り、そっと置いた後まりりんは静かに話し始める。「大学入試の面接の練習でペアになった時、コウスケすっごい褒めてくれて『まりりんと話してると心が清らかになる』とか言ってて、なんか笑っちゃったけど、すごい嬉しかった」「そんなことあったの?」「うん。福祉とかカウンセラーとか興味あったから、そう言ってもらって自信になったし、進路間違ってないかもって思えた」「へぇーまじか」「うん、ありがとうね」

思い返せば、「ただ楽しければ良い」高校時代だった。気の合う友人がいても、彼女がいても、適当に勉強して適当に過ごして、今が楽しければそれで良いかと思っていた。そんな気楽な学生だった自分が、1人のクラスメイトを励まし、20年以上経った今でも覚えているような存在だったなんて。意外なことだ。


「ユカ先輩とどうだった?」ゲンジがいたずらに大声で尋ねてきた。ショウタは「お前やめとけ、こいつの嫁さんの同級生なんだから」かなり酔いが回っているようだ。「……おい、そこの笑ってるまりりんはどうなんだよ?」ゲンジの悪ふざけは本当に昔から変わらない。自分のいじりがまりりんにまで飛び火したじゃないか。

すると、まりりんは「えっ…」と口ごもった後、きっぱりとこう言った。


「うーん、コウスケだったかな〜」


「えっ…」今度は自分が言葉に困った。さすがのゲンジも驚きを隠せず、触れてはいけないところに触れてしまって戸惑っていた。その横で、ショウタはニヤリだ。

「ほんとだよ。『まりりん、髪切った?』なーんて、よく気がついたよね。あ、でも昔のことだからね。ユカ先輩と付き合ってるって聞いた時は精神的に大ダメージだったけど、サトミ先輩と結婚したって聞いた時はすごく安心したんだから。とっても遅くなったけど、ご結婚おめでとう。」

息継ぎしないままに、まりりんは早口でこう言った。赤らむ顔とうっすら涙目になっているのは、アルコールのせいなのか、なんなのか、わからない。

「あんなに努力家で、真面目で、ひとりで抱え込む先輩なんだから、大事にしてね?」「あいつは最強だから大丈夫だよ」まりりんに向かってそう冗談を言った後、ふとスマホを見るとこんなに時間が経っていたのかと気づいた。


今戻りますと打ちながら、みぞれ混じりの雪が落ちる繁華街を急いだ。こんな時間に食べないよ、なんて言われるかもしれないがアイスでも買っていこうか。

札幌も、自分が住むあの町も。今年ももうすぐ、冬に染まるだろう。



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