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10歳の頃の日記

10歳の頃から、日記をつけている。
これが2001年に書いた最初の1ページ。

今日は、朝11:05にジャスコに行った。
来るときにパパとお母さんが車で
まよったけどぶじついた。ジャスコでは
手帳と、かんバッチと、本(4000円)を買った。
涼ちゃんは服も買ってた。おひるは
『●●●』というところに行った。
お子さまランチを買った。ヨーグルトが
あんまりおいしくなかった。家に帰って
つくえをせいりしてたらこの日記が見つかった。
こんどこそまいにちかくぞ!オーーー
           P.S. かみの毛切った。
マイコの今のプロヒィール
●●●麻衣子 10才
4年1組O型。ふたござ。
好きなもの=ネコ
2001年11月4日5:05

11時出発とは書かずに、11:05。時間をきっかり分単位で記録しており、小学4年生のわたしはずいぶんと真面目だ。今はなきジャスコしかり(現在のイオン)、カーナビがなく迷子になっていることしかり、文章の端々から時代を感じる。

それにしても、「P.S.」って誰に向けて追伸してるんだ。あと「プロヒィール」って。

ツッコミどころはたくさんあれど、日記の中に覚えている出来事は何一つない。現在30歳のわたしにとって、20年以上前の何でもない1日だ。当たり前だろう。

自らの日記を公開するとなれば、少しは恥ずかしく感じるかとも思ったが、あまりにも遠い日の自分過ぎて何とも思わない。まるで他人だ。筆跡も今とは全然違う。

(アラサー女子なら分かってもらえると思うが、中学・高校時代はかわいいギャル文字を書くことに必死だった。そして研究と練習を重ねた結果、その名残りは成人しても消えず、現在も年相応でない丸っこい文字しか書けずに、結婚式のご祝儀袋などで苦労するのである)

当時、日記をつけ始めたきっかけは、親からクリスマスプレゼントで日記帳をもらったことだった。どうするアイフルのCMを思わせるような上目遣いをした子ネコの写真が表紙で、鍵付きの、ぶあつい1冊。

母のお腹にいるときからネコと生活を共にし、生粋のネコ好きに育ったわたしはその日記帳を一目で気に入った。うれしくて、プレゼントをもらった時のことは今でもまざまざと思い出せる。

ただそのあと、なかなか日記は書き始められなかった。たとえ書いても続かず、続かないことが嫌になったのだろう。覚えていないが、日記には最初の何ページかを破り捨てた跡がある。

それでも、日記帳をもらってから1年近く経った2001年11月4日、机を整理し、髪を切って気分を一新した(?)わたしは、ともかく日記を書き始めた。翌日も、その翌日も。ときには長く間が空いてしまうこともあったが、無理せず、マイペースに日記をつけ続けた。

まさかそれが、20年以上も続くとはつゆほども思わずに。

文章という形でことばに思いを乗せることが、その後の人生に、たくさんの彩りを与えてくれるとも知らずに。

何事も、動き出すとき、最初の一歩を踏み出すときには大きなエネルギーが要る。今回、こうしてnoteを始めることにも躊躇があった。

誰に向けて書くでもない、ただの日記もどきだとしても、続かなくて自己嫌悪に陥るのでは?
誰にも読んでもらえず、逆に寂しい気持ちになるのでは?

それこそ、このnoteの記事もそのうち破って捨て去りたくなるかもしれない。ただその一方で、真面目な小学4年生だったかつてのわたしが言うのだ。

「何も考えずに始めてみたら? 無理せず、マイペースに歩き続けたら、思ってもみない場所にたどり着くこともあるよ」

というわけで、日記をつけて20年の節目に、noteで日記のようなものを残していくことにします。アカウントを作ったばかりで、まだ使い方もよく分かっていません。

もしここまで読んでくださった方がいらっしゃったら、それだけで本当にうれしいです。

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