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【短編小説】決意のとき

 術者の意識がなくても効果を発揮するタイプの魔術は、アカツキにとっての生命線でもある。万が一夜を迎えたときにでも最低限の安全は確保できる。今回もそのパターンだった。
 目を覚ますと、みんな眠っている。燃え尽きた焚き火の跡からうっすらと煙が立っている。
 少し離れたところでラスターが眠っている(ように見える)。そして――。
「おはよう」
 ノアの口元が、そう動いた。

   決意のとき

 大変な依頼だったね、と言ってノアは焚き火の準備を始めた。携帯食料はそのままでも食えるが、炙ると多少味がマシになる。パンを押し固めたかのようなそれは、軽量で効率的なエネルギー補給ができるという点においては優れていても、肝心の「味」を考慮していなかった。
「おれは救助に来ただけだから、別にどうってことないけど」
「でも、大変じゃなかった?」
「まぁ、少しは」
 ノアと話をするとき、アカツキは妙に緊張する。彼のことを警戒しているわけではなく、単に彼がシノノメに近い性質を持っているからだ。こちらへの気遣いが、姉がこちらに向けてくる心配とほぼそっくりそのまま一致する。
 ……山奥の魔物退治の依頼だった。先に出た魔物退治屋が崖から落ちて動けなくなり、後からやってきたノアたちが救助を要請したというわけだ。パターンとしてはよくあるものでも、ここまで来るのに難儀した。馬車と徒歩を駆使して二日。一番手っ取り早く動けるからという理由でアカツキが抜擢されたのだが、指示した連中はアカツキの体質のことを忘れていたらしい。夜は強制的に眠ってしまう。そんなアカツキの旅路にかかった時間のうち、半分が睡眠で消し飛んでいる。
「来てくれたのがアカツキで助かったよ」
 ノアが荷物袋から干し肉を取り出した。「食べる?」と聞かれてつい反射的に首を縦に振る。ノアが笑う。そんなに面白い顔をしていたのだろうか。
「目が」
 見透かしたかのようにして、ノアが答える。
「目が、とても輝いていたから」
 肉から香ばしい匂いが昇る。アカツキは唇を尖らせた。
「そりゃ、肉って聞いたらみんな喜ぶだろ。子供だって何だって」
「そうだね。肉料理には心を躍らせる不思議な力があるからね」
 火で炙った干し肉に、アカツキは遠慮なくかぶりつく。やや熱いが炎の加護を受けているアカツキには多少熱に対する耐性がある。このくらいなら問題ない。歯が繊維を裂く。この感触がアカツキは好きだった。飯を食っているという自覚がにじみ出るからだ。
 少し離れた場所でラスターがひらひらと手を振った。肉をくれと言っているらしい。ノアは炙ったばかりの干し肉を持ってラスターの所に向かった。何か会話をしているらしいが、あまりよく聞き取れなかった。
 ノアはすぐにアカツキの所に戻ってきた。
「ラスターから差し入れ」
 小さな飴だった。確かに隠しておくには丁度いいサイズだ。アカツキは丁寧にその粒を受け取ると、慎重に包み紙を剥がした。口の中へ放り込むとすぐにイチゴの匂いがはじけて、飴はすぐになくなってしまった。
「どう? 救助隊の仕事自体は」
「悪くはないけど、やっぱ体質がなぁー」
「でも上手くやれてると思うよ。ウワサになってるし」
「ウワサ?」
「いい救助隊員がやってきたって」
 ノアはニコニコしている。アカツキは何と言えば分からなくなって、少し落ち着かなくなった。
「ま、まぁこれでも精霊族だし? 当然魔術の質には自信があるって!」
 ノアが携帯食料を手渡してきた。匂いだけならパンの匂いだ。食うと得体の知れない感触と匂いで頭が混乱するが。
「それに、質が良くてももしかしたらあと少しで島に戻るかもしれないし?」
 ……本当はすぐに日輪島に戻り、精霊族の仲間とともにアマテラス相手に戦うつもりでいた。が、ソリトスの暮らし体験ということで二ヶ月ほどの猶予期間を設けることになった。アカツキをソリトスにおいておきたい姉を黙らせるための措置である。
 島に戻ると一言言えば、姉はすぐに怒鳴ってくる。しかしノアはそうしない。言葉の端々でそれとなく「ソリトスに残る方がいい」というニュアンスを感じるが、それでもノアはアカツキに強要はしない。
「アカツキ」
 ……携帯食料にかぶりついたアカツキは、そのまま動きを止めた。ノアの方を見る。
 赤い日差しが、まるで森を燃やすかのようにして輝いているのが見えた。
「君が、納得できる選択ができることを祈っているよ」
 返事の代わりに、携帯食料を噛んだ。ノアが笑う。アカツキは水筒を取り出して、数度咀嚼しただけの携帯食料をそのまま胃へと流し込んだ。パンの味はしなかった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)