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【短編小説】奇跡の子 -中編-

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 治療といっても、八つ当たりのようにして患者の身体を切りつけるだけである。満足したらしいアングイスはご機嫌に鼻歌を歌いながらノアたちのところへやって来た。
「オマエ、いいやつだな!」
 開口一番、アングイスはノアにそう言った。
「ワタシのことを手伝おうとしてくれたんだろ、聞こえてたぞ! でも今回ばかりは睡眠薬強奪クソ患者と偏屈情報屋が正しかったな!」
 ノアがすごい勢いでラスターを見た。
「あ、俺が情報屋の方です」
 速効で逃げようとするラスターだが、コバルトとアングイスから同時に放たれたツッコミがラスターに突き刺さる。
「情報屋は俺だよ」
「オマエがクソ患者だよ!」
「誤解だ!」
「誤解も何もないだろ、クソ患者!」
 アングイスがトドメの一撃を食らわせる。仔犬のような瞳でノアを見るラスターだが、全く効果がなかったようだ。
「ラスター、後で詳しい話を聞かせてね」
 ノアの低い声にラスターの表情が曇る。ゲラゲラ笑うアングイスはノアへ手を差し出した。
「ワタシはアングイス。ここらで一番の美人女医をやってる」
 ノアはその手を取った。強く握ると折れてしまいそうなくらいに細かった。
「よろしく。アングイス」
 "美人女医"というところにはあえて触れなかったが、ノアはアングイスの顔をじっと見つめた。つややかな肌、ザクロのような赤い瞳……。顔立ちは決して悪くない、というのが正直な感想である。全身の包帯とぼろ切れの服が足を引っ張っているような、そんな感じがした。
「ホントはオマエがやろうとしていた治療もできたけどな、ワタシは治癒魔術を使うよりこういう治療の方が性に合ってるのさ!」
 ふん、と胸を張るアングイスは妙な幼さがあってかわいらしい。先程まで患者を切りつけていた医者とは思えない仕草である。
「それで、オマエたちは奇跡の子とかいうふざけた輩を殺してくれるのか?」
「そこまでやるわけないだろ」
 コバルトとラスターの声がぴったりと重なる。アングイスは口を尖らせた。
「アングイス、君の知っていることを教えてくれないかな」
 ノアの申し出に、女医はにやりと笑った。鋭い歯の輝きが、ノアの目に強烈な残像をもたらした。
「アイツはな、急にこの地区にやってきて、診療所を開いたのさ! 無償で診るってのがウリらしくて、ワタシたちから客を取っていったわけ」
 アングイスはテーブルにひょいと腰掛けると、足をぶらぶらさせながら話を続けた。
「まぁいいんだけどね? 治してくれるんだったら。でもアイツ、なんか知らないけど治してくれないわけ。ホントなら指先にちょこっと包帯巻いておしまいだったはずの患者が、ワタシのところにやってくると包帯どころの話じゃなくなってる例がすっごい多い」
「怪我にせよ病気にせよ、地区の人たちが不健康になっているのは彼女が理由だったのか」
「地区の連中は金に余裕がないのが多いからな! 無料ってコトバに釣られてそっちにいっちゃうのさ」
 アングイスはそう言うと、テーブルから飛び降りた。どうやら一箇所でじっとしていることがあまり得意ではないらしい。
「それでな、ワタシとしてはアイツを追い出してほしいわけ! ホントならワタシがキチンと治療してやれるのに、あの女が全部仕事奪って患者を苦しめてるってのが気に食わないの!」
「へー、単に奇跡の子に嫉妬しているわけじゃないのか」
 欠伸混じりに割り込んだラスターを、アングイスはキッと睨み付けた。
「ワタシがそんな不純な動機で人を追い出すわけないだろう!」
「奇跡の子の方が胸デカかったから、てっきりそういうことかと」
 怒ったアングイスがラスター目がけてメスを投げるも、やはりラスターは全部回避する。
「オマエ、ホント嫌いっ!」
 目の前で繰り広げられた突然の暴力に、ノアは少し唖然とした。コバルトが全く動こうとしないのにも驚いた。
「止めないの?」
「それは俺の台詞だよ、ノア」
 酒を全部ラスターに取られてしまったコバルトは、アングイスの私物らしいポットから勝手に中身を飲んでいた。ポットの中身は白湯で、グラスは耐熱性らしい。
「止めるチャンスがなかったのと、……ラスターなら一本くらい刺さっても大丈夫かなって」
「そりゃ確かにそうかもしれないね」
 コバルトは愉快そうに笑いながら、喉をグウグウ鳴らした。
「それで、奇跡の子って簡単に会えるもんなの?」
「診療時間中は無理だな! 大体五時くらいに診療所を閉じるから、そのタイミングでいけばいい!」
 考え込むノアに、コバルトが白湯の入ったコップを差し出してきた。


 最後の患者を治療し終えた奇跡の子――メース・ランチャーは息をついた。痛みに苦しむ患者たちが晴れ晴れとした顔をして帰路につく。その姿を見ているだけでメースの心も晴れ晴れとする。
 そこに、ふたつの影が下りた。メースは優しく微笑みながら、ふたりに近づいて治癒魔法の準備を始める。
「この魔術はどこで学んだのですか?」
「独学です。故郷の村では結構頼りにされていました」
 メースは明るい微笑みを浮かべたまま、魔力を集中させた。
「診療時間は過ぎてしまったのですが、特別ですよ」
 しかし、かざした手の動きはそこで止まる。治すべき怪我が見当たらない。
「ナナシノ魔物退治屋のノア・ヴィダルと申します」
 治療を受けに来たそぶりを見せていた片割れが、そう、口を開いた。


To be continued

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気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)