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【短編小説】怪物のオムライス -Side Luster-

※このお話には自殺の描写があります


(手足に括りつけられたおもりがもたらしてくる苦しみに呻くとき、おもりを丁寧に作り上げた職人の気持ちを考える余裕はないのだ)



 王都ルフレードの街中は、正午過ぎという時間帯も相まって賑わっていた。食事処はどこも順番待ちで、「ただいま120分待ち」という看板が数値は違えど目につく。
 まぁ、とはいえ例外というものはどこにでもある。
 ラスターは必要最小限の動きで状況を把握した。
 ひっそりと佇むクリーム色の店舗には造花の葉が飾られており、入口近くに置かれた黒板には白チョークで「今日のオススメ」と掠れた文字が記載されている。
 ……その下に、赤いペンキでこう書かれていた。

 キケン!
 アンヒューム運営店舗。

 アンヒューム。生まれつき魔力を持たない者に対する蔑称。アンヒュームに関わると魔力を奪われる、という馬鹿げた迷信は未だに根強く……その結果がこの店舗の外観に現れている。
 赤や黒のペンキやエアスプレーで書かれた罵詈雑言。出て行け、という直球の文句。日中の清潔な街には相応しくない用語。花壇には枯れた花がそのままになっている。おそらく誰かが除草剤を入れたのだろう。
 扉を引くと、鳴るはずのベルは鳴らなかった。代わりに蝶番ちょうつがいのきしむ音がした。ラスターが店の扉をくぐったことに民衆は気づかないが、その方が都合が良い。
 見事に荒らされた店内で、綺麗に並ぶ椅子とテーブルだけが不釣り合いだった。ラスターは適当な席についてメニューのファイルを開いた。中身はほとんど空だったが、一ページだけ残っていた。

 ――なつかしオムライス!
 とろーりチーズがおいしさの決め手!

 色あせたオムライスの写真には「※ただし魔力を永遠に失います」という心ない落書きがある。ラスターは注意深く息を吐いた。
 ――商業都市の地区では、ビトスの食堂は大盛況だった。当初アンヒュームによい印象のなかった魔術師連中も、ビトス食堂のオムライスの味が忘れられず足繁く通うようになっていた。きっとそこに希望を見出したのだ。アンヒュームと魔術師が手を取り合う幻覚みらいをビトスはオムライスの向こうに見た。だから王都に店を構えると言ったのだ。
 ビトスがそんなことを言いだしたとき、店の空気は凍った。即座に正気に戻ったコバルトが血相を変えて彼を止めた。ラスターはその光景を覚えている。
「ビトス、よく聴きな。お前さんは夢を見すぎている。商業都市と王都を同列に考えるのはよせ」
「大丈夫。そもそも俺がアンヒュームだってバレなきゃいいんだ」
 ビトスの夢は叶った。王都に小さな店ができた。優しい色合いの店舗は王都の住民にもウケがよかった。封書がコバルト宛に来た。手紙の他に、店の割引券とビトスの写真があった。
「元気そうで……何よりだ、何よりだが……」
 ラスターはこのとき、コバルトが何を懸念していたのかすぐに分かった。
 封書は定期的にやって来た。しかしそのうち割引券と写真は来なくなった。当たり障りのない内容が綴られた文書だけが適当に詰め込まれていた。コバルトは異変に気がついた。しかし彼はアルシュの地区の外を歩けない。怪物に変貌した彼は雑踏を歩くと好奇の目に晒され、時に石を投げ付けられる。そんな彼が王都に行ったら「間違いなく見世物小屋行き」――コバルトが好んで使うジョークである。
 ラスターは頭を抱えた。写真で見た、温かみのある食堂には不釣り合いな臭いが食堂の奥から漂ってくる。意を決して店の裏へ行くと、流石にここには落書きはなかった。事務室には手紙が置いてあった。コバルトが送ったものだった。

「何があったかは聞かない。ここでは聞かない。だが……戻ってこい。お前さんの居場所はまだ残っている。アルシュに戻ってこい」

 筆跡が掠れて、震えている。時々誤字をかましたのか、塗りつぶされている箇所もあった。相当急いで投函したんだな、とラスターは思った。
 傍にメモが落ちている。客の注文をメモするときに使うはずのものらしい。笑顔の料理人のかわいらしいイラストがワンポイントでついているが、黒いペンで書かれた文字がそのイラストを潰していた。

「コバルト ごめん
ぼくがバカだった」

 太いペンで書かれた手紙をどうするべきかラスターは迷った。燃やせばいいのだろうか。コバルトに渡せばいいのだろうか。なかったことにしてしまえばいいのだろうか。自分が持って、永遠に隠しておけばよいのだろうか。
 結果など見ずとも分かる。既にネタバラシをしたくてたまらないらしい輩が、真実をちらつかせて笑っている。
 ラスターは厨房のドアノブに手をかけて、思いっきり引いた。綺麗なキッチンには愛用の道具がこれまた綺麗に並べられていた。
 少しの間を置いて、ラスターは無言で机を殴った。
 壁にかけられていたフライパンたちが一斉に跳ね上がった。鈍い打撃音が部屋に突き刺さり、手中で手紙に皺が寄る。吊されている質量のある物体が気だるげに揺れたが、倒れた椅子は動かない。
「なんでメモなんだよ……ッ!」
 一音一音に力がこもる。何かをぶつ切りにするかのような強さで声が絞られていく。
「バカヤロウが……、言えよ! 直接! 地区に戻って言えば良かったじゃねえか!」
 王都に店を構えるとビトスが言ったとき、どうして誰も止められなかったのだろうとラスターは思う。夢を持った人間の行動力というものはやや危うい盲信を孕んでいることに、もっと危機感を持つべきだった。
 ……持つべきだったのだ。



 日が沈んだことにも夜が明けたことにも気がつかないでいたら、扉の開く音がした。



(王都はアンヒュームの排除により手に入れた秩序を、今更手放す気はないのだとノアは分かっているが、理解はできない)


(投げ捨てたおもりが他人の頭にコブを作ったとき、俺はおもりを投げ捨てたことを悔やむのではなく、そこに棒立ちになっていた他人に苛つくんだろうな)


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)