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【短編小説】見栄を張る #2

 こちらの続きです。

 ニリーアは商業都市アルシュの北側にある小さな自治領だ。北西部にはニリーアの人々が「神山」として信仰するニリーア神山がある。ドラゴンが住み着いたのはこの山らしい。
 自治領というよりは村に毛が生えたくらいの土地には、ところどころで鎧を着用した屈強な人々が歩いていた。彼らが自警団なのだろう。ドラゴンが近くに住み着いているという割に住民たちはさほど怯えていないように見える上に、自警団たちは何かに息巻いているように見えた。
「瞳孔がやや開いてる。何かに興奮しているのかもな」
 ラスターが冷静にそんなことを言った。
 五十八人の部外者がぞろぞろとニリーア領主邸に集まる。集落の真ん中にそびえる、ややセンスの悪い城がそれだった。歪んだ門の閂が外され、スミスともう一人の従者が道を開ける。
「こちらへ」
 無愛想という言葉をそのまま人型にしたかのようなメイドは、こちらがついてこようがついてこまいがどうでもいい、というような歩き方で庭の道を行く。
 ノアたちもそれに続いた。庭先で呆けたようにして何かを待つ意味はないからだ。
 立派とは言えない、おままごとのような庭。数十歩で城の入り口までたどり着きそうだ。ラスターは花壇を見て「手入れがへったくそだなぁ」という暴言を投げた。無駄に重厚な扉が開くと、城内があらわとなる。内装はそれらしく整えられていたが、折角の落ち着いた空間は床に敷かれたレッドカーペットが全力でぶっ壊している。
「こちらで少々お待ちください。客室はそこまで広くありませんから」
 もうめちゃくちゃだな、とノアは思った。そのとき、また玄関の扉が開く。
「こちらで少々お待ちください」
 従者が同じセリフを吐いた。そして再び外へ出た。
「あんたらもドラゴン退治に来たのか?」
 連れられてきた集団の一人が、ノアたちにそんなことを問いかけた。ノアは頭痛を覚えた。いくら何でも人数が多すぎる。
「ここまで人が必要ってこと?」
「こりゃもう何かあるだろ。ドラゴンの種類すら割れてないなんて嘘だ」
 ラスターの唇の動きが必要最低限になる。重要なことを話すときの彼の癖。唇を読まれるのを防ぐため。
「依頼を放棄すべきだった。信頼が命よりも重いなんてことはないのに」
「そういう世界もあるさ」
 ノアは黙り込んだ。ラスターはため息をついた。
「ほら、ほんとの依頼主サマのお出ましだ」
 カーペットの奥から、金色のスーツの男が出てきた。どうやら彼がニーリアの領主のようだ。ラスターは口元を隠し、ノアは直感的に視線を逸らした。あまり目立ちたくなかった。
「えー、魔物退治屋の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。ニーリア自治領領主のグレイズ・ニーリアです。総勢百六十一名の魔物退治屋を呼び寄せたのは言うまでもなく我々のニーリア自治領に未曽有の危機が……」
 総勢百六十一名、と言ったあたりでラスターが「バカか?」と遠慮ない暴言を吐いた。いつもならラスターを小突くノアだが、今日に関してはそんな気力がなかった。
 この意味があるんだかないんだかよくわからない会合で得た情報は「ドラゴンは山の中に住んでいる」程度のものだった。ラスターがするりと人ごみを抜けるのがノアには分かった。ここにいても意味がないと思ったのだろう。
「いいものみつけた」
 だからそんな彼がニーリアの城を片っ端から物色して重要書類をくすねて来てもノアはあんまり驚かなかった。
 領主は言いたいことを言い終えて満足したのか、さっさとドラゴンを退治しに行って来いと言わんばかりに魔物退治屋たちを追い出した。庭を適当に歩いているとラスターがさらっと戻ってきたのだ。ノアが一人になった瞬間を見計らって。
「領主の部屋にはドラゴンの生態に関する本が山積みになっていた。それに、これ」
 ラスターが持ってきたのは、騎士団申請の書類であった。
 この国で騎士団を名乗れるのは王都の騎士団のみである。しかし、自警団や私設治安部隊も一定の功績が認められ、実力があると判断されれば騎士団を名乗ることができるようになる。自分の「騎士団」を持つ自治体はそれだけで箔がつくのだ。
「つまり俺たちは使い捨ての駒みたいなものか」
「そうだろうな」
 ラスターは周囲の気配を伺いながら答えた。少し上の空にも感じる。
「呼び寄せたドラゴンを俺たちに退治させようとして、おいしいところを自警団に持っていってもらう。そうすればドラゴンを『退治』したっていう実績が生じる。晴れて騎士団だ」
「……はぁ」
 ノアは、どっと疲れてしまった。ラスターが肩をぽんぽんと叩く。
「ところでその書類、どうするの?」
「元あった場所に返しておくよ」
「どうやって?」
 ラスターは近くにいたメイドに声をかけた。
「こちらの紙があの窓から飛んできたんですが……」
 二階の、開けっぴろげになった窓を示しながら。



 百六十一人がぞろぞろと山に入っていく光景はなんとも異様だったと思う。身動きも取りづらい上に連携もお話にならない。ドラゴンの種別はある程度絞れるが、残念ながらトカゲに翼が生えた程度の弱いやつではないようだ。騎士団の名乗りを認めてもらうための小細工となれば、呼び寄せたドラゴンもそれなりの強敵に決まっている。
 先陣を切るのは命知らずな戦士たち。次いで魔術師、後方支援職。ノアは「自分は魔術師だ」と言い張ってラスターと行動を共にした。
 霧の深い山は想定よりも冷え込む。ノアは外套の襟もとを強く抑えた。同業者たちが神妙な顔で調査を始めるが、ラスターはそこに混ざろうとはしなかった。
 彼らの目の前には、踏み荒らされた草花が横たわっている。柔らかな腐葉土に残る足跡はここにドラゴンが住み着いた証拠に他ならず、その体躯の巨大さを物語っていた。
「全長、十メートルくらい?」
「いざとなったら逃げることを視野に入れた方がいいかもな」
 ラスターが大真面目な口調でそんなことを言った。
 同業者の一人が「足跡が続いている」と声を上げた。そのつま先が向かう先には巨大な洞穴があった。岩壁を掘り進めて作られたらしい穴はそのまま横に掘り進められているようで、複雑な構造にはなっていないらしい。
 血気盛んな一人が飛び込んでいった。続いて他の面々も同じようにして進んでいく。
 ノアは小さく息をついた。腰の剣が妙に重たくなった。洞窟の内部はしばらく岩肌が続く道だったが、徐々に小石が多くなる。小石といっても、砂利から大岩までバリエーションは豊富だ。
 ほどなくして、一本道だった洞窟に分岐が見えた。
「どっちにいく?」
 ざわざわと相談に入る者もいれば、直感で右を、もしくは左を選ぶ者もいた。ある魔術師が「右から魔力の反応がある」と叫ぶと、皆こぞって右側を選択した。
「ノア」
 そんな中、ラスターは分岐点にしゃがみ込み、石を一個拾い上げていた。
「どうしたの?」
「この石なんだが……」
 細長く、少し曲がった石だった。片方の先端は丸く形が整っているのに、もう片方の先端には折れた跡があった。もっと長い石だったのだろう。
「……あんまり、こういうこと言いたくないんだけどさあ」
「言って」
 ノアは急かした。ラスターは、ノアにだけ聞こえるように己の予測を口にした。
「人の指に似ていないか?」


To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)