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【短編小説】或る昼下がりのこと

 公園のベンチで本を読んでいたノアは、子供の泣き声に顔を上げた。
 魔術学校初等部の子供が五人集まっていて、そのうちの一人が泣いている。
「ごめんな、アンヒュームとは遊べないから」
 アンヒューム。古代語で「愛のない者」を意味するそれは、この世に生きる人間が持つはずの魔力を持たぬ者に対する蔑称。最近では「本来人間は魔力を持たなかったのだから、俺たちが起源ルーツだ」という主張から、ルーツという呼び方が広まりつつある。
 魔力を持たないというのは、少々生きづらい。魔術師中心社会の世において、彼らは常に排斥の対象であった。
 ノアは手元の本を閉じて、子供の会話をじっと聞いた。さて、どうするか。声をかけてもいいのだが、部外者がしゃしゃり出ていい問題かも分からない。ましてや相手は子供だ。ノアが出て行くべきではないのかもしれない。アンヒューム問題は非常に根深いもので、ノアの一言で何かが変わるとは思えない。
「父ちゃんが言ってたけど、アンヒュームに関わると魔術が使えなくなるんだって」
「だから、アンヒュームと遊んじゃいけないんだって」
「ごめんな。フィン」
 フィンはじっと涙を堪えていた。しかし悲しそうにしているのは彼だけではなかった。子供たちは皆、残念そうにしていた。もしもフィンがアンヒュームだということを隠し通すことができていれば、彼らは変わらずこの公園で楽しく遊んでいたことだろう。
 鳥が鳴いている。公園で何が起きているのかも知らず、暢気に歌を歌っている。
「どうしたの?」
 結局、ノアは子供たちに声をかけた。最近は不審者情報が頻繁に出ているのもあって、ここでアラームを鳴らされたらとんでもないことになるが……。
 しかし、子供たちはノアがずっと本を読んでいたことに気づいていたらしい。不審者なら暢気に本なんか読まないだろう、と判断した子供たちは少しの間顔を見合わせたものの、すぐに気さくな様子でノアに事情を教えてくれた。
「こいつ、アンヒュームなんです」
 集団の一人がフィンを示しながら言った。
「アンヒュームと関わると魔術が使えなくなるから、お別れしようってなったんです」
 ノアは跪き、子供たちに視線を合わせてから、掌で魔力を転がした。魔術師が自分を魔術師だと主張する際によく見られる証明で、子供たちもその意味を理解したらしい。
「アンヒュームと関わると魔術が使えなくなる、って、誰が言ってたのかな」
「おとうさん」
 別の子供が答えた。他の子供も「おかあさん」「おばあちゃん」と答えるが、一人だけ「ノーマン」と答えた。ここにいる子供の一人だった。
「君たちは、いつ頃知りあったのかな?」
「幼稚園より前から」子供はえへへ、と笑った。
「五年間ずっと一緒なんだぜ」別の子供が自慢げに言った。
「五年間彼と一緒に遊んでいて、魔術は使えなくなった?」
 ノアの問いに、子供たちは全員首を横に振った。正直な子たちだ。ノアは続けた。
「お兄さん、妹がいるんだけどね。妹がアンヒュームなんだ」
 え、と子供たちは目を丸くした。フィンはもう泣き止んでいた。
「でも、お兄さんは魔術を使えるよ。使えなくなったことなんてないよ」
 ノアはそう言って、指先に炎を灯した。炎は揺らいで水になり、くるくると踊って風になって飛んでいった。
「おとうさんが間違ってたってこと……?」
「あ、うちのとーちゃん、ときどきかーちゃんに怒られてる」
 えへへ、と子供たちは笑った。
「それに、お兄さんには……みんながお別れしたくないように見えるけどなぁ」
 子供たちは顔を見合わせた。
 彼らにノアはもう必要ないだろう。ノアは立ち上がってベンチに戻った。子供たちが「ごめんな」と謝る声が聞こえてきて、しばらくすると楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
 鳥が鳴いている。公園で何が起きていたのかも知らず、変わらず暢気に歌を歌っている……。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)