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【短編小説】君の好みをまだ知らない

 雑貨屋のテーブルを占拠してあれもこれもと贈り物を選ぶノアを、ラスターは店の外から見ていた。大事な弟妹に聖夜の贈り物といったところだろう。遙か昔――それこそ原初の魔女が現れる前――民が争いに疲弊していた頃、身寄りを失った子供たちにパンを配って歩いた兵士がいた。彼の些細な活動は他者の共感を呼び、パンの他にも菓子や干し肉を配る者が現れた。そして一年で最後の満月の日は休戦とする風習が誕生したのだ。まぁ、後世には「贈り物をする」という部分だけが残ったのだが。
 相手が五人も居れば贈り物の量も半端ではない。一人にひとつとかにしておけばいいのにノアはそこで手を抜かない。書き物が好きな弟には本とインクと新しいペンをセットにするし、料理好きな妹には調理道具一式と来た。僅かに頬を赤らめながら店員と話し込むノアが楽しそうなので、ラスターとしては「まぁいいか」という感じではあるが。
「……贈りものかぁ」
 聖夜の習わしと縁遠かったラスターは、そもそも誰かへの贈りものを真剣に考えたことはなかった。家族の記憶は殆どなく、贈りものと言われてぱっと思いつくのは娼館の女たちだ。彼女たちにだって、適当な花やガラスの飾りがついた装飾品を与えていれば問題なかった。
 ……言われてみると、ノアの好みを知らない。
 読書と手紙が趣味だと話していたことはあるが、そういったものに関連する道具を与えるのは悪手だとラスターは思っている。自分の専門外のアイテムを相手に与えたところで、それが相手の好みの道具になるとは限らないし、本に関しては既に購入している恐れがある。かといって、「プレゼントは何がいい?」と問いかけたところで……あのノアのことだ。「大丈夫だよ」とかわしてくるのがオチに決まっている。
 情報を取り扱う職にありながらこんな苦戦を強いられるとは想定外だった。コバルトがこの場に居なくてよかったと心底思う。「お前さん、盗賊引退した方がいいんじゃないか?」とゲラゲラ笑ってくるに決まっている。喉をグウグウ鳴らすオマケまでつけて。
 雑貨屋の前を通り過ぎたラスターは物思いに更けながら道を行く。洋菓子店でケーキを受け取った夫婦がニコニコと笑いながら「次は肉屋に――」と会話をするのが聞こえた。ラスターは途方に暮れた。
 ――贈りものって、こんなに難しかったか?
 結局足が止まったのは、いつもの花屋であった。


 拠点に戻ると、既にノアは帰宅していた。テーブルにはケーキと鳥の丸焼きの他、聖夜のオーナメントまで並んでいる。想像以上に浮かれた相棒は「おかえり!」と少し高い声でラスターを出迎えた。
「こりゃまた随分と気合いが入ってるな」
「街を歩いていたらついついあれもこれも、って手を出しちゃった」
 雪だるまの飾りをつつくと、中で魔力か何かが反応したのだろう。ピカピカ光りながら音楽を鳴らし始めた。
「あ、そうだ。これやるよ」
 別に思い出したわけではなく、ただ話題を切り出したラスターはノアに袋を差し出した……というより、半ば無理矢理押しつけるようにして渡した。ノアは少し目を見開いたが、すぐに袋の中身を確認する。
 小さな植木鉢と、袋に入った土と種。種の入った袋には「かみさまのおくりもの」という記載がされていた。雑草の一種で有名ではあるが、正しく加工すれば内臓の不調によく効く薬になる。
「ありがとう。これ、ラスターも育ててるやつだよね?」
「よくご存じで」
「枕元で揺れてる小さくて、赤い花の……」
 ノアが説明書に目を通し始める。育成のコツなんかが記載された紙だが、そこら中に生えているこの雑草は育てるのにコツもなにも必要ない。「土が乾いたら水をやりましょう」という最低限のルールさえ守れば育つ。
「もしかして俺のいないときに部屋の掃除に入ってる? ベッドの下覗いたりしてる?」
「いや、この前の……ほら、ちょっと用事があって部屋に行ったら、ラスターが睡眠薬飲んだの忘れて……」
「あー、あー、思い出したくねぇやつ思い出した」
 ふふ、と笑ったノアはどこか懐かしそうに見えた。雪だるまの飾りもご丁寧に黙り込む。タイミングを見計らったかのようにして。
「ありがとう、嬉しいよ」
 雑貨屋にいたときと同じような顔をするノアに、ラスターも思わず笑ってしまう。
「気に入ってくれたならよかった」
 安堵のため息を飲み込むラスターに、今度はノアが小箱を差し出した。
「受け取って」
 まるで指輪が入っていそうなケースだな、という感想を抱いたラスターは間違っていなかった。ただし、中身は指輪ではなくて銀の腕輪だったが。
 中央に埋め込まれた赤い石の鈍い輝きを眺めていると、ノアから説明が飛んできた。
「悪意のある魔術から装備者を守ってくれる魔道具だよ。あまり強いのは防ぎきれないけれど、御守りにはなると思う」
「そりゃ心強いな」
 本体のやさしい光沢からしても相当な値のする一品だろう。雑草の鉢植え単品で終わらせた己の感覚を殴りたくなるくらいには。宝石部分はおそらく錬金術の類いで作られた人工の石でも、肝心の本体部分が精巧すぎる。
「これ、値段すごかっただろ」
「そうでもないよ」
「金銭感覚が違う?」
 ラスターはノアに視線をやった。
「ほんとだよ、全然高くない。クロッセの万年筆置き一つ分くらいの値段」
「その、クロッセの万年筆置きってのが俺の感覚だと分からん」
 ノアは笑って誤魔化した。後で調べてやろうとラスターは内心ごちた。
「普段の仕事でも、ラスターに先陣を任せることが多いからね。少しでも役に立つものがいいなって」
「あまりにも綺麗で身につけるのが勿体ないくらいだ」
 おしとやかな輝きもラスターにとっては嬉しい仕様である。主張の激しい装飾品は職業柄避けておきたい。暗闇に潜む暗殺者が銀のブレスレットをしていたせいで潜伏場所がバレました、となってはお笑いぐさだ。そんな死に方をしたらもれなくコバルトも笑い死にしてしまうことだろう。
「……ありがとな」
「どういたしまして」
 腕輪を装着しようとしたその時、ラスターはうっかり雪だるまのオーナメントに触れてしまった。発動した魔力で再び光りながら歌い出すそれを見て、ノアが楽しそうに笑う。
 静かに輝く銀の腕輪も、今日ばかりは周囲に影響されたらしい。七色の輝きを受け、光を解き放っていた。それはラスターも例外ではない。おそらく、きっと。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)