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【短編小説】見栄を張る #4

 こちらの続きです。

「ラスター!」
 思わず声を荒げたノアだったが、ラスターは涼しい顔でとんでもないことを言い放った。
「だってこいつさー、自分たちのお仲間が死んだのを俺たちのせいにしてきて、襲い掛かってきたから、つい」
「つい、って何!? 何をしたの!?」
「あごの下を思いっきり……」
 ラスターはアッパーのジェスチャーをした。ノアはめまいを覚えた。
「治癒魔法かけるんだったら拘束しておいた方がいいぞ。叫びながらへっぴり腰で切り付けてきてラスターちゃん泣いちゃった」
 よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えるものだ、とノアは思った。しかし、実際暴れられても困るのは事実。拘束魔法の展開に入ろうとしたものの、既に女戦士がロープで男を縛っている。出番はなさそうだ。
「まだ生きてるのはいるかい?」
「どうだろう。返り討ちに遭って死んでいなければ」
 ラスターはそう言って再び洞穴へ潜っていった。ノアは頭を抱えた。まぁ、気絶に留めているだけ優しい方だ。もしもノアがこの場にいなければ遠慮なく殺しているに違いない。
 ほどなくして、ドラゴンの肉がどんどん運び込まれてきた。料理上手らしい同業者が肉を燻製にし始める。百六十人ほどの人手があるおかげか想定より早く加工は済んだ。ドラゴン肉は珍味として人気が高いので、美食家相手によく売れる。当然自分で食べてもよい。鶏肉に近い旨味が濃縮されていて、舌が融けるように美味いそうだ。
 肉、牙、皮、爪、骨――ドラゴンの遺体を余すところなく素材に加工した退治屋たちは、ホクホク顔で山を下りた。つい先ほどまで石になって死に直面していた連中も、結果として生きているならそれでよいらしい。
 ノアは身体強化の魔術をかけて自警団生き残りの男を担いでいた。ノアの分の分け前はラスターが持っている。女戦士もその後出てきた生き残りを二人担いでいる。相方の魔術師はどうやら身体強化を専門にしているようだ。
「事情の説明はどうする?」
 ノアの疑問に、ラスターは目を丸くした。
「しにいくの? 俺はこのまま帰るつもりでいたけど」
「帰るの!?」
 素っ頓狂な声を上げたノアを、女戦士はガハハと笑い飛ばした。
「そりゃ盗賊の兄ちゃんが言うことが正しいよ、馬鹿正直に出向いたって犠牲者についてあれこれ言われるだけさ」
「じゃあ、この三人は……」
「自治領近くに置いていけばいいんじゃないか? ……あ、」
 またラスターの悪知恵が働いたな、とノアは思った。
「どこかに荷車ってある?」

 ノアたちは、フォンを通じてラスターの悪行を見た。
 荷車に生き残りを乗せたラスターは、彼らを薬品でたたき起こす。拷問一歩手前じゃないかという脅しと暴力をふんだんに用いた彼は、生き残った三人を服従させることに成功した。
「逃げようとか考えるなよ? もしも逃げたらあんたらにつけた腕輪から針を出す。超猛毒だ。パタッと倒れて簡単に死ねるぞ。あと余計なことを言っても殺す。俺の言うことをすべて真実として肯定しろ。どのみち真実がバレたら、あんたたちはこの領土で暮らせなくなるんだからな。これはお互いにとって都合のいい話なんだ、分かるか?」
 生き残った自警団を連れたラスターは、領主にこう説明した。
「ドラゴンは退治できました。自警団の皆様の獅子奮迅の活躍ぶりを領主サマにお伝えできるのが、私だけというのが残念でなりません。総勢百名以上の魔物退治屋は全員、あの悪名高きドラゴンによって……」
 ここでラスターは鼻をすすった。女戦士が露骨に笑いをこらえる。 
「私は仲間を見捨てて逃げました、すると自警団の皆様が勇猛果敢にドラゴンへ挑み始めました。いくら勇敢な自警団といえども、相手はドラゴン……」
 またラスターは鼻をすすった。ついでにオイオイと泣き始めた。
「結果として、こちらの三名と私一人だけが生き残ったというわけでございます。ですよね?」
 フォンが告げる。ラスターが生き残りの足を思いっきり踏んだ、と。
「はい!」
「そうです!」
「間違いありません!」
 ……仲間と一緒に石化していた方が彼らにとっては遥かに幸せだったのではなかろうか、とノアは思った。
「もしかしたら、他の生き残りもいるかもしれませんが……今のところは分かりません」
 うまいな、と思った。これならノアたちがしれっと街を歩いていても「実は生き残っていました」でつじつまが合う。
「あんたの連れ、なかなかやるね」
 女戦士の褒め言葉を素直に受け取ってよいものか、ノアは少し迷った。



 報告書を読んだシノの顔が面白い。笑えばいいのか怒ればいいのか分からないという顔をしているが、ノアがお土産のドラゴン肉の燻製を手渡すと笑いがこらえられなくなったらしい。
「あー、最高」
 そう言ってあっさりと受理のハンコを押した。
「みんな似たり寄ったりなことを書いてて面白いのよね。唯一しおらしいのは仲間を失ったグループかしら。それでも随分と晴れ晴れとした印象だったわ」
 せいせいした、と言わんばかりのシノにノアは少し気持ちが楽になった。
「ところで、誰も書いてくれないから聞きたいんだけど……。この、自警団の生き残りってどうなったの?」
 ノアは、笑ってごまかした。
 シノが呆れた顔をした。


――依頼完了。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)