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【短編小説】喪失の形

※自殺の描写があります



 同人活動をやめようと思った。
 数冊だけ刷っても残る在庫に対する嫌気。毎日なんらかの「学級会」が勃発する嫌気。キャラの解釈に対する言い争いに対する嫌気。自分の絵だけスキもブクマももらえない嫌気。ともかくこれ以上この場所にいたくもなかったし、いる意味もないと思った。今月末でSNSのアカウントもすっぱり消して、絵を描くことさえやめようと思ったのだ。私はすべてがすんなりいくと思った。もともと動いているのかいないのかよく分からないアカウントが消えたところでフォロワーの生活が変わるわけないと思った。
 だが、どうやらそうはいかないらしい。
「××さんの絵が見られなくなるの悲しいです、死んでしまいます」
 ただひとり、そんなことを言うやつがいた。
 説得力はある。普段の行動からして「こいつは私の絵が好きなんだな」というメッセージ性は強く感じていたので、販売終了告知に対して慌てる人間どもとはまた別だということが分かった。「××販売終了」のニュースを見たとたんに慌ててコンビニに走り出してまとめ買いをしたり、あまつさえそれをフリマアプリで転売するようなバカどもとは違う。
 画面を、にらむ。光が滲む。別に泣いているわけではない。
 だから私は慰めに、彼女にこんなメッセージを送った。
「死なないでください! ちょっとSNSなどに疲れたのでおやすみするだけです。気が向いたら戻ってくるかもしれませんので、そのときはまたよろしくお願いします」
 純度百パーセントのウソを悪気もなく打ち込めるほど、私はひねくれた人間だったのだろうか。だからといって私の行動が非難されるいわれはない。彼女の「死んでしまいます」だって誇張表現の一種で本当に死ぬわけではないだろう。どんな神の絵でも、小説でも「その存在が消えたせいで死ぬ」人間などいるわけがない。水や食料と違って、芸術なんて最悪なくても生きるのに支障はないのだ。
 彼女からの返信はなかった。ツイートを見てると本当に落ち込んでいるようだ。だが、そんな彼女を心配する人はいない。先ほど更新された人気漫画の最新話に関する話題で流れてしまっているのだ。当然だ。私はあえてこのタイミングでSNSを更新したのだ。別に誰かに引き留めてもらいたいわけでもないし、むしろそんなことをされて決意が鈍ったら面倒なことこの上ない。だからといっていきなりアカウントを消したら、なんだかこちらが問題を起こしたみたいになる。最低限「私、アカウント消すと宣言しました」という事実だけはほしかった。
 私は月末までアカウントを更新しなかった。消します宣言が自分のプロフィールから流れて消えてしまわないようにするためだ。だから私があのアカウントに来たのは本当にアカウントを消すためだ。
 その時にタイムラインを見たのがまずかった。やたら私に対する呼びかけが多い。このアカウントを消すためにログインすると踏んでの行動だろう。私は嫌な予感、というには少々軽すぎる気持ちで例の人のアカウントを覗いた。私がSNSをやめたら死んでしまうとのたまったあいつだ。
 案の定、ではなく、意外にも彼女は嘘を言っていなかった。最も新しい投稿は、彼女ではなく彼女の母親の投稿だった。「娘は昨日、天国に旅立ちました」という報告に私は少し驚いた。へぇ、と思った。私みたいな素人の絵が見れなくなることを理由に、本当に死ぬ奴がいるんだと思った。同時に己があまりにも薄情だという事実を目の当たりにして、結構な絶望を覚えた。他人の死より自身の薄情さの方がショックだったらしい。どのみちどうにもならないし、私がこのアカウントを消さない理由も消えた。タイムラインではまだ私を探している人がいる。ご愁傷様。私はあなたたちの投稿に気が付かなかった。あなたたちが私の投稿に気が付かなかったようにして。ここでアカウントを消せば、月末のちょっとした悲劇ということで話が収まる。下手に首を出して「ショックです」とか言ってられない。
 ただ、自殺するなんて馬鹿だなあと思った。
 一年も経てば、どうせみんな忘れてしまうのにね。
 私も、あなたも。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)