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【短編小説】焼けた夢 三日目

 こちらの続きです。


 ノアは緊張していた。
 初級魔術の授業は基本的に実践から始まる。魔力の扱い方をここで徹底して学ぶのだ。自分の魔力の性質を知り、そのうえで危険性を知る。そして僅かな魔力を動かす。
 これを違和感が生じないようにやり遂げなければならない。ラスターが魔力を扱えないとか、教室が丸焼けになるとか、そういったイレギュラーがないように立ち回る必要がある。
 ノアはラスターとアングイスに紙切れとプリントを渡した。ラスターがノアの方を見た。今までずっと適当極まっていた教材が急にノアの手描きになっていたからだ。
「今配布した紙に魔力を通してみましょう!」
 ノアが声を張る。ラスターはアングイスの方を見た。きらきらとした瞳で紙に魔力を通している。再びノアの方に目をやると、ノアは妙に真剣な表情をしていた。
 ――ノアが夢に引っ張られてるってことは、ないよな?
 ラスターは少し不安になったが、今シノとコバルトの方を向くのは不自然だ。慎重に様子を窺いつつ、ラスターは紙切れを弄った。何の反応もない。
「みなさん、判別紙の反応はどうでしたか?」
 ノアの言葉に、アングイスは元気よく答えた。
「火だ!」
「せんせー、紙の色がかわりませんー」
 若干ふて腐れてるように見えるラスターが、手を挙げながらノアを呼ぶ。ノアは平静を装い、穏やかな声色で告げた。
「たまに魔力の属性を持たない人がいます。ラスターは珍しいパターンですね」
 ノアはラスターの傍にきて、紙の反応を見た。判別紙はちっとも変化していない。ノアが紙に魔力を通すと、若干透けた。
「俺が持たないものは属性なんですかねぇ」
 耳元でそんなことを囁かれたので、ノアは言った。
「そういうものだよ」
 そして、ラスターの指先に魔力の光をともした。ラスターは苦笑した。
「何だか楽しそうだ」
 それを「のんきなものだ」とノアは思う。しかし授業に初級魔術を選んだのは他でもないノア自身で、ラスターに非はない。むしろ、今後なんの役にも立たない授業を受けさせられているという意味では被害者だ。
「それでは早速魔力を扱っていきます。まず、魔力で球を作りましょう。小さいものでよいです、大きなものを作ると扱いが大変ですから!」
「こうか!?」
 アングイスの手のひらに、真っ赤な魔力が集っている。出力が高い。大きさは小さいが質量がすさまじい。
 自然にプレメ村での授業を思い出す。ああ、もうそれだけで気を失いそうになる!
「もう少し出力を抑えて、肩の力を抜いて!」
 ブレーキかアクセルかの二択しか持たないアングイスは、急激に力を抜いた。魔力の玉がぽーんと飛ぶ。ノアは慌てて自分の魔力をぶつけて、力を相殺させた。
「ゆっくり、ゆっくり力を抜いてください。さあ、もう一回!」
 その傍で、ラスターの分の魔力表現もしないとならないので負荷がとんでもない。ラスターは「わーい」と言って楽しそうにしているが。
「この授業、危なくないか?」
 コバルトが銃を取り出す。これに搭載されている銃弾は特別なもので、魔力の流れを阻害させる仕掛けが組み込まれている。いざとなったらこれで護身くらいならできるだろう。
「大丈夫だと思う。多分」
 そういうシノも、護身用の薙刀を引っ張り出して構えている。ラスターがちらちらと様子をうかがっているのも見えるし、ノアが必死の形相でアングイスの魔力玉を消滅させているのも見える。
「実際の魔術学校の初級魔術もこんな、幼稚園みたいなことになるもんなのかね」
「行ったことないからわからない」
 シノは教室に目をやった。ノアが「さっきの三分の一くらいの量でいいからね」と言っている。アングイスは不安げに「でも、それだと少なすぎないか?」と言って、「さっきのが規格外に多すぎただけだよ」と牽制を食らっていた。
 ラスターはノアからもらった魔力の塊を粘土のようにこねて、何かを作っていた。その際にチラリとコバルトを見た。コバルトがシノを肘でつつく。シノは手を水平にして横へ動かした。セーフ、のジェスチャーだ。まだ安心していていいらしい。
「えい!」
 アングイスが魔力を固める。危機を感じたノアが先手を打つ。
「できた!」
 ちょうどいい大きさと質量の魔力の塊がふにゃふにゃと動くのを見て、ノアは腰を抜かしそうになった。疲れた。長かった。もうラスターを気にしている場合ではなくなった。アングイスの魔力コントロールでここまで苦労するとは思わなかった。
「ふふふー! どうだ!」 
 アングイスが嬉しそうに魔力の玉を見せたその時、ラスターは魔力玉をウサギの形に加工していた。
 ……ヒョウガの魔力特訓をしたときのことを思い出す。あのときはフロルも居た。それなのにその時よりも疲労がすごい。アングイス一人を何とかするのにここまで苦労するとは思わなかった。現実の彼女も相応に努力を重ねたのだろう、とノアは思った。
「ノア、大丈夫かしら?」
「さぁね」
 コバルトは適当な返事をした。彼は不安げに、アングイスをじっと見つめていた。



 授業が終わった後、アングイスは魔力の扱い方を練習していた。ノアはちょっと迷ったが彼女の練習に付き合うことにした。ラスターはまだノアの魔力で遊んでいるが、魔力玉はそのうち空気に溶けてなくなる。また作ってくれと言われそうだ。
「練習する?」
「いいのか!?」
 顔をぱっと輝かせたアングイスは、早速魔力玉を作った。随分とうまくなってはいたが、まだまだ不安定だ。
「随分と上手になったね」
「そうだろう、そうだろう! ラスターに負けてたまるか、という気持ちで頑張ったからな!」
 そのラスターは、本来魔力玉を作れないのだが。
 ノアはアングイスの魔力操作の補助をした。つかみはよく、飲み込みも悪くない。ほっと息をつく。明日は大分楽になりそうだ。
「先生、明日は何の授業をするんだ?」
「何がいい?」
「そういうの、ワタシが決められるものなのか……?」
 ノアは「しまった」と思ったが、ここは夢の世界だ。多少本物と違ったって許されるはずだ。
「魔術学校だからね」
 ノアの嘘に、アングイスはぱっと顔を輝かせた。
「それじゃあ、初級魔術がしたい!」
「オッケー」
 ラスターはまた、ノアの魔力をこねるだろう。アングイスも、そろそろ次の段階に――作り出した魔力玉の、形を変える練習に入る。
 アングイスは一体何を作るのだろうか。ノアはちょっとだけ明日が楽しみになった。ここが夢の世界であることは分かっていても、ノアは明日が来ることを願ってしまっていた。





気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)