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【短編小説】ティニアの花とキュローナ村のひみつ #3

 装置を止める「正しい」手段は、当然制御装置の操作である。だが、その気になれば他の手段も取れる。水を抜くとか、それこそ凍らせるとか。
 そして……当たり前の話だが、活動家たちは空を飛べない。彼らの妨害が決して届かないルートを取れた二人は活動家にとって最悪の相性であるといえるだろう。
「助かったよ、ありがとう二人とも」
 服の裾を絞りながら、ノアは礼を言った。すぐさまラスターが瓶の中身をノアにかける。塗料を落とすための洗剤か何からしい。
 噴水装置を凍らせた張本人――ヒョウガは照れくさそうに視線をそらした。傍に控えていた従者である精霊・コガラシマルが「ヒョウガ殿、そのようなときは『どういたしまして』と」と授業を始める。
「ど、どういたしまして」
 それを素直に受け取れるのが、ヒョウガの長所だろう。ノアは思わず笑みをこぼした。
「にしても久しぶりだな。あれからどう? 元気してた?」
 ラスターも外套を絞り、やはり瓶の水をかけながら会話に混ざった。二人がプレメ村を意図せず冬に閉ざしてしまったのがつい昨日のことのようだ。
「うん。オレもコガラシマルも元気。魔力はちょっと不安定、なときもあるけど」
「今の今まで暴走もない。そなたらのおかげだ」
 ノアからは魔力の扱い方、ラスターからは強い心の持ち方を教わったヒョウガは、その教えをきちんと生かせているらしい。
 一通り服の手入れを終えたところで、ノアが浄化魔術を展開する。その隙にラスターは問いを投げた。
「プレメ村には帰ってる?」
 ヒョウガが飛び上がった。
「な、なんでそこでプレメ村が出てくるんだよ」
「あれ? 俺は一言もフロルちゃんの話はしてないけど」
 ヒョウガの顔がみるみるうちに赤くなる。ノアはため息をついた。
「ラスター、いじめないの」
 村の方から「バキッ」と音がした。近くから「なんか氷がデカくなったぞ!」という声もした。
 ヒョウガの氷で装置を止めている間、自生地では職員たちが影響を調査している。浄化魔術の心得がある村人たちも同行して、汚された自生地を綺麗にして回っている。しかし調査メンバーの大半は素人らしく術式はノアより不安定だった。
 暴れまわった活動家たちは治安部隊にしょっ引かれていった。おかげでノアたちも本来の仕事ができる。魔物の形跡などがないかを調べればいい。
 ノアとラスターはヒョウガとコガラシマルを連れて調査に赴いた。地図を見ながら歩いても目に付くのはキュローナ村の職員や村人たちだ。
「地図によるとこの辺り、と言いたいけれど、この調子だと魔物の痕跡も何もないかも」
「残存魔力は?」
「それが分からないんだ。浄化魔術で消えてしまったのかもしれない」
 ラスターがしゃがみ込み、土の様子を見る。が、すぐに立ち上がってため息をついた。
「人の手が加えられてる。痕跡も消されたみたいだな」
「どうしようもないな……」
「……なんの魔物を探しているんだ?」
「マジックワーム。もしかしたら他の魔物もいるかもしれないけど……この水源に咲くティニアの花を守るために、水に寄ってくる魔物がいないかを探しているんだよ」
 ヒョウガがちらりとコガラシマルを見た。
「なんか、こう、いい感じにできない?」
「……他の生き物も一緒になって逃がしたい・・・・・のであれば、今すぐにでも」
「それはダメ!」
 ヒョウガがあわあわするのを見て、ノアは微笑む。すかさずラスターが肘で小突いてきた。
「ずいぶんと嬉しそうですこと」
「そりゃあ嬉しいよ」ノアはニコニコしている。本当にうれしい時の笑顔だ。
「あんなに辛そうにしていた子が、こうやって旅をして、望んだ未来を手に入れることができているんだ。嬉しくないわけがないだろう?」
 ラスターは適当に「そうだな、」と返事をしておいた。
 ノアがしゃがんで、浄化魔術を展開する。ヒョウガはそれをじっと見つめている。ノアが視線に気が付いて、そのままレクチャーが始まった。ラスターは思わず呟いた。
「ずいぶんと素直になったもんだ」
「元からヒョウガ殿は素直だ」
 傍の精霊がすぐにかみついてくる。ラスターは思わず笑ってしまった。
「あんたは変わらないな」
「どの辺りが?」
「ちょっと過保護なところ」
 コガラシマルの眉間にしわが寄る。これもまた変わっていない。
「でも、まぁ、その方がいい。ああいう手合いはすぐに騙される」
「…………」
 ラスターは足元に動いていたなにかを拾い上げた。
「それがマジックワームか?」
「いーや、これはただのミミズ。マジックワームはもう少しデカいし太いし、つつくと口を開ける」
 ミミズはラスターの手のひらの上でウネウネと動いている。
「こいつがいるってことはいい土ってことだ」
 ラスターはそっとミミズを土に置いた。うにょうにょと動いて土に潜ったのを見届けてから、水源で手を洗う。土を落とすためだ。
「これで調査は完了といったところか?」
「いや、ちょっとあんたに頼みがある」
「某に?」
「報酬ははずむよ」
「恩人の頼みとあらば、報酬などいらぬよ」
 ラスターは笑った。
「それじゃあ、遠慮なく」



「あれ?」
 ノアから浄化魔術を教わっていたヒョウガが顔を上げた。
「どうしたの?」
「コガラシマルがいない」
 きょろきょろと辺りを見回すが、見慣れた冬の精霊の姿がない。代わりにやってきたのはラスターだ。
「精霊クンには俺から依頼を投げた。ちょっと空の方にいる」
「何を頼んだんだ? あんまり危ないことは……」
「周辺の様子を見に行ってほしいと頼んだのさ」
 ラスターはそう言って、ノアに地図を広げるように指示した。
 キュローナ村とティニアの花の自生地の地図だ。左上にはティニア湖があり、中央よりやや右上にキュローナ村。水源のティニア湖からやや複雑な水路を刻んで第一浄化装置があり、そこから噴水に水が供給されているのが分かる。噴水――第二浄化装置が水に魔力を付与し、それをこの辺りに放出しているという仕組みだ。
「活動家くんたちが言っていたことが事実だとすれば、この噴水からばらまかれている水の周辺に集落かその跡地があるはずだろ?」
「それを知ってどーするんだ?」
 ヒョウガが首をかしげる。
「この問題を解決できるかもしれない」
 ラスターは近くに咲いていたティニアの花を引っこ抜いた。ノアが目を丸くする。ヒョウガは「あ、」と声を上げた。
「何してるの!?」
 思わず大声を上げたノアに、ラスターは「静かに」のジェスチャーをした。
「これはティニアモドキ」
 引っこ抜いた藍色の花の根を、ラスターは示した。
「遠目で見たら本当にティニアの花に似ているんだ。俺ですらパッと見抜けなかった」
 続いて、ラスターは別の花を引き抜いた。「あ、」と二人が声を上げる。根の形が全く違う。ティニアモドキの根はやたらめっぽうに生えていて無秩序だ。花や葉は似ているのに。
「こっちは本物のティニアの花だ。見ての通り根の構造が違う。ティニアの花は観賞用だが、ティニアモドキには毒がある」
「危ない植物ってことか?」
「きちんと加工すれば薬になる。腹下したときにはよく効く」
 へー、とヒョウガが感心した。ノアはラスターの顔をまじまじと見つめながら、慎重に声を発した。
「気づいていたの?」
 さながら秘密を共有するかの如く。誰にも聞かれないようにして。
 ラスターは小さく頷いた。
「最初の調査の時に気が付いた。村長に苦情言いに行こうとしたら、水が黒くなってそれどころじゃなかったけどな」
「ティニアの花の代わりに、ティニアモドキを育てていたってこと?」
「多分それは違うと思う。ティニアの花もティニアモドキも同じところに咲きたがるんだ。むしろティニアモドキが先にあって、ティニアの花がモドキに似た進化を遂げたんだ。自分には毒があるよ、って嘘をつくために。まぁ生存戦略ってやつ? まぁ、姿が似ているだけで違いはあるけどな」
「じゃあ、ティニアの花を育てていたら、勝手にモドキができたってことか」
「ちゃんと管理してたら気が付くんだけどな。そのあたりはサボったんだろ。どーせバカな観光客には分からない、って」
 ラスターのため息に合わせて冷たい風が吹いた。空から降り立った冬の精霊の姿に、ヒョウガが飛び上がる。コガラシマルが戻ってきたのは別によい。問題はその姿だ。着物はべっとりと血に汚れ、髪はやや乱れている。本人は平然としているが、血まみれの精霊が上空から降りたって驚かない人間がいるわけがない。ヒョウガは即座に傷を確認しようと血まみれの着物をひっつかみ、ノアは慌てて治癒の魔術を展開しようとしたが、精霊は平然と答えた。
「これは返り血だ。某は無傷故問題ない」
「な、なにがあったんだよ……」
 ふう、とコガラシマルは退屈そうなため息をついた。そして、ラスターに向かって告げた。
「そなたの推測は正しかった。ここより少し歩いた方に集落がある」
 今度はノアが飛び上がった。
「なんだって!」
「魔物の襲撃を受けていたが、某が切り伏せた。やや頑丈であったが故、ここまで着物を汚す羽目になったが」
「案内して!」
 叫びながら走り出すノアに、ラスターが慌てて続く。ヒョウガに服の裾を引っ張られたコガラシマルも我に返り、案内人を置き去りにした二人の後を追う。コガラシマルはノアの肩をちょいちょいと叩いた。もしも彼をこのまま好き勝手に歩かせていたら、一生村には到着しないだろう。なんせ、方角が逆だったもので。
 道なき道だった。コガラシマルが魔力を付与できる人数には限りがあるので、空を経由することはできない。が、距離は近かったのが救いだろう。急に開けた森には巨大熊の死骸があり、村人がぽつぽつと集まって途方に暮れていた。
「あ、先ほどの剣士さん!」
 村の子供がこちらに気が付いた。ノアはギルドの登録証を取り出して軽く自己紹介をする。すでにラスターは熊の死体を調べているようだった。
「すっげ、この熊の皮膚ってなかなか剣を通さなくて苦労するんだけどズッパリいってるじゃん」
「そこの剣士さんがやってくれたんですよ。いよいようちの村も滅亡するかと思いました」
「うちの村?」
 ノアの台詞に、村人は頷いた。
「このティニア湖周辺には、いくつか村があったんですよ。キュローナ村が急にティニアの花を保全し始めた結果、魔力を含んだ水目当てで魔物が増えたんです」
「しかも保全してる~って名目の花も結局モドキばっかりなんだよ!」
「ウィルの兄貴が住んでた村も壊されちゃったしな」
 子供まで参戦する始末。どうやらノアたちが思っている以上に問題は大きいらしい。
「よろしければ、村長の話を聞いてくれませんか。そちらの剣士様のお召し物も洗濯が必要かと思いますので……。古い浴衣でよければ、お着替えもあります」
 その申し出を拒否する理由はない。


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)