【短編小説】自称・優秀な薬師と毒の村 #2
こちらの続きです。
帰路の途中、ラスターは森に生えている植物類を細かく確認した。時々小さな草花か何かを手折って、ノアに手渡す。ノアの両手は見る見るうちに葉っぱや花でいっぱいになった。
「ラスター、これは何? お土産かなにかなの?」
「それ、全部毒」
「ど……え? 毒?」
ノアは自分の腕に抱かれている植物を見た。中にはきれいな花を咲かせているものもある。
「このあたり、結構毒草が生えてるんだな。俺としては興味がそそられるが……」
「あの薬師さん、大丈夫なのかな」
ノアの呟きにラスターは首を横に振った。ノアはぎょっとした。
「あの解毒剤にこれが入ってる」
ラスターはノアの抱く植物の中から、一本の茎を拾い上げた。まるでオシャレな槍の穂先に似た形の葉っぱは、確かに先ほどの光景の中に見覚えがあった。しかし、そんなに鮮明には覚えていない。
「早く戻った方がいいね」
「まぁ、手遅れな気もするけどなぁ」
「そんなこと言わない。行くよ」
両腕で大量の草花を抱えて、きびきびと歩くノアの後ろを、ラスターはのんびりと歩いていた。
村は変わらず活気がなかった。薬師が「おかえりなさい!」と元気に二人を出迎える。その時、彼女はノアが抱えている大量の植物に目を輝かせた。
「まあ! 薬草をこんなにたくさん持ってきてくれたんですね! ありがとうございます」
「え」
言葉を詰まらせたノアには見向きもせず、薬師は植物の状態を見ている。ラスターは何も言わず、ただ冷めた目で彼女を見つめていた。
「これは毒素を排出する効果があって」
「嘔吐と下痢」
すかさずラスターが薬師の言葉を翻訳する。
「こちらは気持ちが落ち着きます」
「幻覚や幻聴」
「こちらは汗を流すことによるデトックス効果がありますよ」
「発汗や心拍数の増加」
「そしてこちらはリラックス効果が見込めます。心地よく力を抜くことができるんですよ」
「筋力低下とけいれんの発作、神経麻痺」
ラスターの翻訳はノアの耳にしか届いていないが、この薬師が結構な勘違いをしているということだけはよくわかった。
「お二人とも、ゴブリン退治ありがとうございました。報酬はギルド経由で支払い済みですよね?」
「ええ、そうですね」
「本当にありがとうございました。これで、この村の人々は苦しまずに済みます」
薬師はノアの腕から勝手に薬草(毒草)を受け取り、自分の家に入っていった。すかさずラスターが後を追う。
「あのバカ、本当に毒草を薬にするつもりなのか?」
扉には鍵がかけられてしまったが、ラスターの前では意味をなさない。少し待って、ニルコが奥の部屋へ行ったことを確認してから鍵穴をいじくる。
「開いたー」
どこか楽しそうなラスターは、そのまま室内に足を踏み入れた。ノアはすかさず後を追う。が、ラスターは奥の部屋の扉を開けずに、そこで立ち止まっていた。何かを考えている様子だった。
「……? どうし――」
ノアの問いかけは途中で止まる。ラスターが彼の口を塞いだのだ。
扉の向こうから足音がパタパタと聞こえてくる。何か焦っている様子だった。ラスターは慌てて近くの部屋の扉を開けて、そこに逃げ込む。ノアも同じようにした。
扉が閉まった直後、ニルコが部屋から出てきたらしい。二人はじっと息をひそめて、ニルコがそこから去るのを待った。彼女はしばらく廊下をぐるぐる歩いていたようだが、意を決して外に出て行った。何かをしに行ったらしい。
静寂が空間に宿ったのを確認してから、ラスターは部屋を出た。ノアも後に続いた。行き先は勿論、ニルコの部屋である。
ゆっくりと扉を開くと、そこには誰もいなかった。ゴミ箱に勢いよくぶち込まれているのは、先ほどノアから奪い取った植物の類である。ノアが部屋をゆるりと見渡している間、ラスターは目当てのものに近づいていた。
ベッドに布がかぶせられている。その下に、質量のあるなにかが隠されている。
ラスターはゆっくりと布を捲った。面白いくらいに静かな動作だった。
ノアとラスターがゴブリン退治に出る直前、ニルコの薬を飲んでいた男が泡を吹いて死んでいる。
「毒?」
「だろうな。きっと何度か薬を飲んで、致死量になったんだろ」
ラスターは布を元に戻した。
「村人は今も薬を飲んでいるのかな?」
「まぁ、飲んでるんじゃないか?」
「……様子を見に行こうか」
「その方がいいな」
自然に、ラスターが先頭に立つ。外の様子を伺い、ニルコがまだ帰ってきていないことを確認する。よっぽど慌てていたらしく、玄関の鍵がかかっていなかったのはラッキーポイントだ。
二人は急いでニルコの家を脱出し、村長の家に向かおうとした。ゴブリン退治の情報収集の際に尋ねたときには留守(彼も毒で臥せていたので、おそらく来客に対応できなかったのだろう)だったが、今ならどうだろうか……。
村長宅の近くには既に人だかりができていた。慌ててやってきたニルコの姿を見て、村人たちは既に何かしらの覚悟を決めているようだ。
「ネイリィが、息を引き取りました……ゴブリンの毒のせいで……」
村人も村長もニルコの言葉をすっかり信じ切ってしまっている。現に、姿を見せた村長もあのコオロギ入りの飲み薬を飲みながらの登場だ。
「どうにもならないな」
ラスターの口元がそんな動きを見せた。ノアはゆっくりとため息をついた。彼らのためを思えば薬の真実を告げる必要があるが、突然やってきた部外者の言うことを信じてもらえる可能性は低いだろう。
依頼を終えて一週間した頃、二人は別の依頼を受けるためにギルドへやってきた。二人の姿を見つけた受付担当・シノがこっそりと近づいてくる。
「あ、シノちゃん。どうした? 俺とデート?」
「ちょっと来て」
シノはラスターの挨拶を完全無視して二人の服を引っ張った。そして、ついてくるかどうかを全く確認せず、真っ直ぐ会議室へと向かう。少しの間を置いて、二人は彼女の指示に従った。
会議室は主にギルド職員が使うためのもののはずだ。利用者が入っていい場所ではない。しかしシノはお構いなし。こういうところが彼女の評価が割れる原因だな、とノアは思った。
シノは二人に対し、淡々と「座って」と言った。着席と同時に、彼女は早々に話を切り出した。
「苦情が来ているわ」
「苦情?」ラスターが眉をひそめた。
「リョセ村の人からよ。毒を扱うゴブリン退治を頼んだのに、ゴブリンが退治されていないって」
To be continued
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)