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【短編小説】みんな自分が一番

 X国ではデモが活発になっていた。未だに負の遺産である身分制度が残っているこの国では、奴隷の人々に社会保障を認めていなかった。しかし、今となっては奴隷という身分はその名前以外に意味をなしていない。彼らも普通に働き普通に生活をする平民となんら変わりがない。それなら、彼らにも社会保障を認めるのが道理だろう。
 世の中の気運とは裏腹に、国の議員たちは渋い顔をしていた。彼らに社会保障を認めるとなると、この国を動かす法律の大半を改正するために様々な検討をする羽目になる。
「そもそもですね。奴隷身分の廃止を、ただの象徴として見ている輩も多いんですよね」
 議員の一人がそんなことをぼやいて炎上したのは、X国の人たちにとっては記憶に新しい。実際、デモ行進する人の中にはとある漫画作品のワンシーンを掲げている者もいた。それは貴族身分の青年と奴隷身分の少女の悲恋を情緒たっぷりに描いた人気作品で、これを切っ掛けに奴隷身分問題に興味を持つ人もたくさんいる。奴隷身分問題のことを「権利問題」と理解していない人は、議員の中にはもちろんのこと、デモ行進する活動家の中にもたくさんいるのだ。
 総理大臣はうーん、と唸った。感情としては奴隷身分をなくしてやりたいが、そのための労力は馬鹿ならない。だから負の遺産と呼ばれているわけなのだが……。
 近いうちに国民投票がある。与党としてはあんまりやりたくないというのが正直なところだが、ここで明確に反対を表明すれば立場が危うくなるのは明白だった。ひとまず社会保障の新案を練らねばならないところだが、それも気が進まない。
「総理、いいことを思いつきました」
 そこにやってきたのが、悪知恵の働くことで有名なO氏だった。

 国民投票の結果、反対が賛成を大きく上回り、民意としては「奴隷に社会保障を認めない」という結果に落ち着いた。テレビは口々に「まだ自分の立場を表明していなかった人が、一気に反対派に流れ込んだ」という解説を各々の言葉で並べていく。総理としてはほっと胸をなでおろしたところだが、一体全体どうして反対派がこんなに増えたのかが分からない。
「君はいったいどんな手を使ったんだ?」
 眉をひそめる総理に、O氏は笑顔を浮かべた。
「何、簡単なことですよ」
 手元のお茶を啜ってから、O氏は総理にだけ聞こえる声でからくりを告げた。
「奴隷身分の人々に社会保障を認めるとしたら、各種保険料が今よりも十五パーセント上昇するという試算をこそっと流しただけです」
 総理は目を丸くした。
「たったそんなことで!?」
 O氏の笑みが深くなる。しかし、それは悪だくみをする汚い人間の顔ではなく、未来を純粋に憂う民の顔だった。
「自分が不利益を被ることになったとしても、遠い立場の人間を助けたいと思う人はそういないんですよ。尤も、これは我が国の国民性のことを考えると、あまり喜べる結果ではありませんがね……」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)