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【短編小説】封じられた声

 橙と紫の石をあしらったネックレス。誕生日プレゼントだ。私の「推しキャラ」をイメージした色なのだとすぐに分かった。すぐに連絡を入れる。

「誕生日プレゼントありがとう」

 文末がそっけないので適当にハートの絵文字を入れる。既読がついた。返事がくる。

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

 やっぱり文末には笑顔の絵文字がついていた。私は反射的に「別に気に入ったわけじゃない」と入力しそうになったが、慌てて――といいつつ、実際は全然慌ててなんかいなかったが――文字を消す。
 都心に住む私と、地元に残った友人。最後に会ったのは半年前。そのとき、私の部屋は推しに満ちていた。ポスター、アクキー、大量に作った・・・グッズの山。実家暮らしの友人は、ここまで推しに満ちた部屋は作らないと言っていた。オタク臭のする部屋を家族に見られる羞恥心が勝るからだ。私からすればとてももったいないと思う。せっかく公式が直々にグッズを販売してくれているジャンルにいるというのに、それを生かさない選択。私のジャンルではこうもいかない。推しは人気がある方ではないのでグッズとは縁遠く、唯一の希望としてすべてをかけていたランダム封入のグッズにすら姿かたちがなかった。だから私は撮影したスクリーンショットをうまく活用して、ポスターだのアクキーだのを一生懸命作ることになったのである。解像度が足りなくて少しギザギザしている推しもいとおしいが、滑らかでツヤツヤのいい紙に印刷された推しを飾れるものならそうしたい。そうしたかった。
 友人の中では、私はまだ推しキャラを推しているファンのひとりなのだろう。私は橙と紫の、なんだかちぐはぐな色の石をあしらったネックレスを見つめながらそんなことを考えた。
 あの日、友人が遊びに来た時。私の部屋の壁を飾っていたポスター。棚を埋め尽くしていたアクキー、缶バッジ、その他もろもろのグッズの山。そのどれもが存在しなかった。捨てたのではなくしまってある。壁紙が日に焼けてしまったので、ポスターの後だけがくっきり残っているのが嫌だったのでカレンダーを飾ったが、それだって一月のままだ。今はもう十月なのに。
 殺風景な部屋で、私は「大事にするね」と思ってもいないメッセージを綴る。
 ……推しはもう動かない。三次元の推しなら引退したとか犯罪をやらかしたとかいろいろあると想像がつくが、二次元の推しだって似たようなものだ。
 例えば、サービス終了とか。
 世界が緩やかに衰退するときの感覚とはこういったものなのだろうか。ニュース速報で流れてくるのは遠い異国の戦争の話だ。目鼻立ちがはっきりとしたかわいい少女が泣きながら何かを語っている。テロップが彼女の言葉を私にもわかりやすく説明してくれる。
「戦争が始まった、と言われて母に起こされました。暗がりの中避難していると、遠くで何かが爆発するのが分かりました」
 推しの世界はそうでもなかった。まるで早送りのようにして数々の問題が片付いて、みんな幸せに暮らせるようになっていた。現実の戦争もそうなればいいのに、と思う。連載小説の執筆に飽きた作家が、明らかにやる気のない文章表現で話を進めるときのアレみたいに。
 推しは幸せになった。その後のことは一生分からない。今もどこかで生きていて幸せに暮らしているとか、刑務所で罪を償っているとか、そういった続きは存在しない。そんな推しを推す意味はどこにあるのだろう? 好きでいるのは個人の勝手だ。では推すことは?
 そもそも好きでいることに行動など不要なのだ。例えば、ポスターを飾るとか。グッズを作るとか。しかし推すとなればそうもいかない。推すというのは一種の主張、キレイな言葉を借りれば「応援」だ。つまり私は彼が好きなのだという主張は結局のところ応援なのだ。
 その先には推しがいて、なんなら赤の他人がそれを見ている。主張、共有、祈り。「推す」という行為にそういった意味があるのなら、もういなくなったキャラを推す意味はどこにある? そんなものどこにも存在しないのだ。生きているコンテンツのファンが笑いながら「そのペンダント、×××のファン?」とか言ってくることはあるかもしれないが、私は×××には興味がないし、そもそも知らない。私にとって橙と紫は私の推しの色であって、×××ではない。でも色の記号なんてそんなものだ。赤と青が意味するキャラやカップリングはこの世にごまんといる。そんなものだ。
 ……スマホが通知音を鳴らす。友人は今でも私があのキャラを推しているものだと思っている。何の疑いもなく。何の憂いもなく。メッセージを読もうとしたらテレビが速報のSEを繰り出した。どうせ戦争の話だろうな、と思ったらそうだった。
 そういえば、私の推しの色はどこかの国旗になっていたと思う。調べたらあの国だった。戦争に巻き込まれた国の国旗だった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)