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【短編小説】終末がみえたとき

 地区を歩いているときのことだった。ノアは、贔屓にしている書店に行こうと足取り軽く道を歩いていた。「あまり奥に行くなよ」という、森へ遊びに行く子供にするかのような注意をラスターから受けているものの、用事があるのは地区の入り口付近にある書店だけだ。
 だからノアは、銀貨を多めに財布に入れていた。掘り出し物の逸品があったのに「お金が足りない」なんて悲劇があったら気を失ってしまう。ラスターが食料品の買い出しに向かっている間、ノアは限られた時間で本と向き合う必要がある。
 さあいよいよ例の書店が見えてきた。スキップしたい気持ちをひたすら押さえつけて、ノアは平静を装う。そのときだ、
「あの、お金をください」
 服の裾を引っ張る子供と出くわしたのは。
「え?」
 言葉の意味を理解するのに少々時間が必要だった。子供はみすぼらしい格好をしており、見た目ですぐに孤児だと分かった。髪は脂で束になっているだけでは飽き足らず、ところどころゴミが絡まっている。ぱっと外見を見ただけでは、この子の性別は見分けられなかった。
 子供はお腹を軽く押さえながら、ノアにすがるようにして同じ言葉を告げる。
「お金をください」
 ……どうしようか。僅かに生じた迷いは、子供が続けた言葉によってすぐに消しとんだ。
「もう三日間何も食べてなくて」
「三日も?」
 ノアは眉をひそめた。
「それは大変だ。近くに食堂があるから、一緒に行こうか」
 頭から書店のことがすっ飛んだ。ノアは孤児の手を引いて、近くにある食堂へ向かおうとした。
「あ、えっと」
 が、子供がやたらためらう。もじもじと体を動かしながら、ぽつりとつぶやいた。
「お金くれれば、自分でできる。他にも……いるし」
「君の他にも、お腹をすかせている子がいるってこと?」
 ノアの問いに、子供は俯いてしまった。それなら子供に銀貨を渡す方が手っ取り早い。ノアが財布に手をかけようとしたその時だった。
「じゃあ、これをやるよ」
 別行動していたはずのラスターがやってきて、子供にパンを示した。食パン二本の他にも肉や果物なんかもある。子供はきょとんとしていた。喜びからくる表情ではなかった。
「どうした? いらないのか?」
「あ、えーっと……。銀貨の方が……」
 ……お人好しのノアでも、さすがに異常に気が付く。ラスターが意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんたが本当に飢えているのであれば、食料も金と同等に嬉しい施しのはずなんだが……一体何をためらっているんだ?」
 その言葉で子供も自らの矛盾に気が付いたのだろう。みるみるうちに顔が赤くなる。八つ当たりのようにしてラスターを押し飛ばそうとしたが、ラスターはその動きを読んでいた。大量の食糧を持っているとは思えない身のこなしでひょいとその一撃をよけると、勢い余った子供は派手に地面に転んでしまった。
「大丈夫?」
 ノアが手を差し伸べようとするも、ラスターがそれを制する。子供は自分の力で立ち上がり、憎悪に満ちた顔でノアを見た。
「死ね!」
 そして、捨て台詞を吐いて去っていった。
 食料をたんまりと持ったラスターと、書店に行く気が失せたノアが残される。
「……あれも、地区ではよくあること?」
「よくあることだな」
 ラスターは書店を示した。ノアは首を横に振った。酷く疲れていた。
「あの子はどうなるの?」
「んー、そうだなぁ。手出しちゃいけないところに手出して死ぬのが一番多いかな。あとは魔物に食われるとか」
「……孤児院は?」
 ラスターは首を横に振った。それもそうか、とノアは思った。ラスターの対応がやたら慣れている時点で珍しい話ではないということは分かる。
「帰ろうか」
 そう言ったラスターの視線が、一瞬空を捉えた。カラス型の魔物が一羽、飛んでいる。あれは何かを狩ろうとする時の姿勢だ。シアンの目をぎらつかせて、静かに空を滑っている。
 ノアが何も言わず、ラスターの荷物を持とうとした。ラスターは素直に任せることにした。
年齢としが近かった?」
 ラスターの問いに、ノアは一瞬沈黙を作ったが、すぐに「うん」と返事をした。
「一番下の妹と弟が……双子なんだけれど、それよりもちょっと大きいくらいかな」
「まぁ、それが普通の反応だよ。あまり気に病むなって。下手すりゃしたたかに盗賊やる奴だっているし」
 ラスターはノアの背中をぽん、と叩いた。
「あ、クッキーを買ったんだ。帰ったら食おうぜ」
 ノアは静かに首を縦に振る。ラスターはもう一度空を見た。カラスの姿はどこにもなかった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)