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【短編小説】住処を追われた獣

 つけっぱなしのテレビはバラエティ番組を垂れ流していたはずだったが、いつの間にか動物番組になっていた。人間の手による環境汚染で住処を終われた動物たちの特集で、SDGsに関連しての特集だったようだ。ゲストに呼ばれた女性芸能人は、健気に流氷の上を歩き回るホッキョクグマに涙していた。
「へー、よかったね。死ななくて」
 そう言ってケタケタ笑うY子の手には何本目か分からない缶ビールがある。もうやめとけ、と言ったところで「窓口ギョームはぁっ、このくらい飲まないとやーってらんないのよぉー」というのが彼女の言い分だ。それが通じるなら世界中の窓口係はみんな肝臓を壊していることになる。
「元気に暮らせてんならいーじゃんいーじゃん」
 あはは、と笑って、Y子はポテチに手を伸ばした。が、目当てのものがなかったらしい「からっぽー」と文句を言ってコンビニの袋を漁る。
「どこがいいじゃんいいじゃんなんだよ」
 同期のS志がため息をついた。彼も酔っ払っているようで頬が少々紅潮していた。
「本当はそうならなかったのに、人間のせいで住処を追われてんだぞ」
「えー? だってアフリカとかだとライオンから逃げるために場所移動するとかあるじゃん。それと似たようなモンでしょー」
「それはサバンナから出ることはないだろ」
 Y子はむっとしたようだった。少し勢いよく開けられた袋から、コンソメパンチのポテチがぽーん、と飛んだ。
「何? S志ってSDGs推進過激派ぁ? だいじょーぶだってぇ。どーせアタシたちが死ぬまでなら地球は持つって」
 その言い方はないだろうと思った私は、Y子を軽くいさめた。テレビでは専門家が「今日から貴方にもできるエコロジー」について丁寧に解説していて、番組と連携しているTwitterの「参考になりますー!」という投稿がテロップになって流れていった。
「最近の異常気象とか見ても危機感がないのか? ていうかそもそもお前ニュースちゃんと見てるのか?」
「何? お説教タイム?」
 このままY子はともかく、S志にもヒートアップされたら困る。ここは私のアパートだし、あまりうるさくすると隣の人に迷惑だ。……と思った矢先に壁をドンと叩かれた。もう限界だった。
「喧嘩するなら他でやって! ご近所さんに迷惑でしょ!」
 騒音を阻止するための怒声には、壁ドンは来なかった。

 その宅飲みから数日後、Y子から連絡があった。私はそれを聞いて飛び上がるほどに驚いたが、同時に「やっぱりな」と思った。
 隣人があまりにもうるさいのでY子は今のアパートを出ることになったらしい。まぁ分かる。Y子の隣に住んでいるのは人気ユーチューバーで、騒音への苦情に関する知らせを燃やしてアップロードするような女だ。イチ足すイチがニになるのを見ているような気分である。
「あり得なくない!? 折角立地も間取りも完璧なところに入れて、すごく快適だったのに……」
「そうだね」
 ホント最悪! と叫んだ彼女に、私は咄嗟に電話を切ってしまう。近くに居たS志が「あいつアパート出ることにしたのか」と言った。
「うん。隣の人がうるさいんだって。立地も間取りも完璧だったのにって怒ってた」
 私はため息をついた。
「慰めて上げた方がいいかな」
 S志は首をかしげた。
「必要ないだろ。元気に暮らせるならそれでいいっていうのが、あいつの持論なんだから」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)