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【短編小説】焼けた夢 二日目

 こちらの続きです。


 とんでもないことになっているな、と思わなかったわけではない。ラスターはこの上なく目を輝かせるアングイスを見ながら思った。
「ワタシは×××! オマエの名前を教えろ!」
「俺はラスター。よろしくな、×××」
 ラスターは、医者をやる前のアングイスを知らない。家族がいるという話も聞かないし、聞こうと思ったこともない。地区の住人にとって家族がいないのは珍しい話ではないからだ。
 だからここが夢の――偽りの夢の世界であるからといって、アングイスがべらべらと自分の家族について語りだしたのには驚いた。
「ワタシの親は二人とも魔力、じゃなくて、魔術が苦手で、弟も苦手なんだ。でも、ワタシは結構な才能があったみたいでな! お父さんとお母さんが頑張ってワタシを魔術学校に通わせてくれたんだぞ、すごいだろう?」
「へぇ、そうなのか。俺は親に無理矢理入学しろーって言われたから、×××がうらやましいよぉ」
「そういうな、ラスター。入学ができたということは可能性があるということだ! 同じ学び舎で切磋琢磨し、ともに頑張ろうじゃないか!」
 同時に、思う。
 アングイスの家族は今、何をしているのだろうか。
 娘に対しこれだけの期待と愛情をかけるような家族だ。彼女を捨てるなんてありえない。考えうる可能性としては既に故人、とはいえ、全員がそっくり殺されるパターンがあるのだろうか。悪人であれば多少なりともラスターの耳に入るだろうし、そうでなければ理不尽に恨みを買ったとか、そういう筋書きだろう。
「ところでラスター、ワタシは初級魔術の授業がとっても楽しみなんだ! オマエはどうだ? やっぱり魔術学校に来たら魔術の実践授業が一番の楽しみにならないか?」
「俺は弁当の時間が楽しみかな」
 アングイスは大声で笑った。
「オマエ、ほんと面白いな!」
「ほんとに?」ラスターはアングイスの鼻先を指でつついた。
「ワタシは嘘つかないぞ!」
 わいわい騒ぐ二人は、教卓にノアが戻ってきたことに気が付かなかった。
「ほら二人とも、今日・・も授業を始めるよ」
 ノアが黒板に数字を書き始めると同時に、ラスターは机に突っ伏して眠った。
 一日を早く回せばそれだけ覚醒が早まるはず、というシノの見解をコバルトは信じた。授業を三回やってさっさとアングイスを正気に戻してやりたいらしい。が、おそらくほかの理由がある。今のアングイスは異様に口が軽い。
 ――自分の知らない間にいらんことをくっちゃべっていたなんて、そんなのゴメンだろ。
 ラスターにチョークを投げながら、ノアは算術の授業を続けた。魔術の術式には必要な知識だ。
 アングイスは懸命にノートを取って、演習問題にうなっている。一方でラスターはすらすらと答えを書いていた。
「授業中寝ていたというのに、ずるいぞ」
 むう、と頬を膨らませたアングイスに、ラスターはニヤッと笑った。
「実はここでしか使えないヒミツの解法があるんだ」
「そんなものがあるのか!」
「教えてほしい?」
 アングイスは勢いよく頷いた。ラスターは数式の下にメモを書きながら言った。
「あとで銀貨一枚な」
 アングイスは飛び上がった。「金をとるのか!?」
 その瞬間、ノアから五本目のチョークがラスターめがけて放たれた。
 ノアがあまりにも手馴れているので、シノはちょっとだけ不安そうな顔をした。
「なんだか本当に夢の世界みたい、これで現実に引き戻すことができるかしら」
「現実の感覚が戻る中で、この状況を本物の魔術学校だと思い込んでいるとしたらそれはもう夢のせいじゃないだろうよ」
 コバルトは喉をぐうぐう鳴らした。シノは肩を竦めた。
「それもそれで問題でしょう?」
 コバルトは答えなかった。代わりに酒を一口飲んだ。
 教室では、ラスターから算術を習うアングイスがラスターを褒めちぎっていた。
「はい、答え合わせしまーす!」
 満点を取れたアングイスは、嬉しそうに体を揺らしていた。
「明日の授業はいよいよ初級魔術です。みなさん、予習をしっかりしてきてくださいね」
 ラスターが固まる一方、アングイスは「やったー!」と言ってこぶしを突き上げている。それを見たノアは、自分のしでかしたことに気が付いた。初級魔術を選ぶべきではなかったのだ。
 ノアは教室を出て、シノたちのところに急いだ。
「何かあったの?」
 戻ってきたノアに、シノは開口一番そんな問いを投げる。
「明日、初級魔術の授業をするんだけど」
「……お前さん、ラスターが魔力ナシアンヒュームだってことを忘れてたな?」
 ノアは頷いた。シノは目をぱちぱちさせた。
「分かってて言い出してるものだと思ってた」
「魔術学校で魔術をやらないのはおかしいと思って……」
「呆れた。……って言いたいところだけど、あの空間は夢よ。いくらでもやりようはあるわ」
「そうだな」
 コバルトが割って入る。
 彼の手にスキットルが握られているのを見て、ノアは思わず「飲んだの?」と聞いてしまった。「お前さんも飲むかい?」という誘いに、ノアは首を横に振った。
「お前さんの親父さんだって、映画になったときに同じようなことをしただろう」
「父さん役の主演俳優がルーツだったから、魔術の部分だけ父さんが代わりに術を展開させたってやつ? それを俺がラスターに対してやればいいって?」
 二人は頷いた。ノアは頭を抱えた。
 ノアの父、大賢者カルロス・ヴィダルはその奇想天外さが芸術家たちに好評だった。様々な作家が彼を物語の主人公とし、その作品のひとつに映画があった。カルロス役の俳優が生まれつき魔力を持たないルーツ――で、被差別的なニュアンスをもたない呼称で、生まれつき魔力を持たない人間の意――であることは、当時相当話題になった。
「あれ、すごーく難しいんだよ?」
「まぁ、多少の失敗は『夢』ってことでごまかせるでしょ。本当はあたしが幻術駆使してなんとかできればいいんだけど、あの子が現実を現実と把握した時に精神崩壊を引き起こしそうになったら、誰も何もできなくなっちゃうから」
 シノはそう言って、あくびをした。疲れているようにも見えた。
「そもそも授業だってずっと続くわけじゃあないんだ。一度くらいラスターに恥をかいてもらうのもいいだろう? なんせ面白そうだ」
 楽しそうなコバルトに、ノアはちょっと脱力した。



 2/1 21時 更新予定



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)