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【短編小説】夢見がちな新人とギルドの受付職員

 ギルドがすいていることなどまずないのだが、今日は普段に比べれば人がいない方であった。こなした依頼の報告書をまとめて持ってきたノアを見て、受付担当のギルド職員が苦笑いを浮かべる。
「……こまめに持ってくることってできないの?」
 かんざしから垂れ下がる石の飾りをキラキラ輝かせながら問いかける彼女は、本当に機嫌が悪いわけではないらしい。この問いかけは形式だけのものであり、当然答えも同じ意味を持つ。
「善処します」
「よろしい」
 受付担当の女性はくすくす笑った。
「ほんと、なんでいちいちこんな分かり切ったこと聞かないとならないのかしらね」
「俺が早めに提出できれば話が早いんだけどね」
「無理でしょ。依頼をこまめにこなせばこなすほど、書かなきゃならない書類の量が増えるんだから」
 職員によっては大まじめに「さっさと報告書を出せ」と圧をかけてくる者もいるが、彼女はかなり緩い方だった。こちらの事情を理解してくれている反面、良くも悪くも自分と相手を対等に扱うので彼女の評価は面白いくらいに真っ二つに割れる。
「新しい報告書ができたらまた持ってくるよ」
「なるはやでお願いね」
 ウインク交じりの見送りを受けたノアは、さてどうするかと考えた。今依頼を受けるにしてもラスターは外出中。単独で依頼を受けるのも悪い話ではないが、時間がやや中途半端である。そういえば、先日購入した魔術理論書をまだ読んでいない。買って満足してそのままだ。帰路の途中で新しい紅茶でも買って、濃いめのミルクティーでも楽しみながら読書にしゃれこもうと思ったノアが、少し急いた歩調でギルドを出ようとしたそのときだった。
「あの……」
 声の方を向くと、小柄な女性の姿があった。ノアの顔を見て「ひゃっ」と悲鳴を上げたので、いつものパターンかなとノアは身構えた。だが、話の本題を切り出したのは女性の後ろにいた男性だった。
「よかったら、俺たちのチームに加わらないか? 一人で依頼をこなすより、よっぽど有意義で効率的だぞ」
 ……どうやら、調子に乗る新人というのはどの世界にも一定数存在するらしい。ノアは横柄な男の雰囲気を見てそう思った。
「こんにちは」
 あくまで穏便に対応してこの場をとっとと逃げ出そうとするノアだが、相手にはそういうつもりがないらしい。
「俺たちは魔物退治屋クライシス。数か月前に結成したばかりだが、先日ドラゴン退治を成功させた実力者だ」
 ドラゴンと言っても蛇に足が生えた程度のものから、伝承に登場する邪竜までピンキリだ。この調子だと多分蛇の親戚みたいな魔物を倒して調子に乗っているといったところだろう。
「ね、ねぇ! やっぱり無理だよ……だってこの人」
「無理じゃない、やるんだ!」
「こういうところで引き下がっていたら、いつまでたっても三流のままですよ!」
「がんばろうね、アンジェ」
 一番面倒なパターンだな、とノアは思った。声をかけてきた女性はノアを知っていて、その他三人はノアを知らないパターンだ。どうしようかなとノアは思った。こうしているうちにも穏やかな午後の読書タイムはどんどん減っていく。
「すみません、急ぎの依頼があるので」
「依頼? なんの依頼だ?」
 言葉のチョイスを間違えた、と思ったところで遅い。リーダー格の男は「おい!」と受付担当の女性に声をかけた。
「あいつが請け負った依頼の内容を教えてくれ」
「…………」
 ノアは目を逸らした。受付担当の女性は思いっきり顔に「不機嫌」という文字を出した。
 椅子から立ち上がった女性は、テーブルを飛び越えてリーダー格の男性に詰め寄った。突然距離を詰められた男性はよろめいて、ちょっとカッコ悪いしりもちをついた。
「あなた、いつになったらオオトカゲ討伐依頼の報告書を出してくれるわけ?」
「オオトカゲ……」
 思わずノアは呟いた。オオトカゲを「ドラゴン」と言い張るのを許されるのは魔物に対する知識がない都会人のみだ。自然豊かな地域ではよく見かける魔物なので、オオトカゲをドラゴンと言ったら失笑ものである。
「ほ、報告書よりも大切なものがあるだろ!」
「ハァ? 報告書がないおかげでこっちは迷惑被ってんのよ、あんたらここに来るのだって相当久しぶりじゃない。大方先日の依頼で手に入れた銀貨全部使いきったから来たんでしょ」
 どんどん剝がれていくこの虚栄を「メッキ」に例えるのはメッキに失礼かもしれない、とノアは考えた。リーダー格の男性と受付担当の女性はすさまじい言い争いに発展していく。止めた方がよいだろうかと考えたノアだが、「ギルド構内の魔術使用禁止」の掲示を思い出す。
「あ、あの……」
 ノアの服を引っ張って、声をかけてきた女性が申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、うちのリーダー……オオトカゲ退治をドラゴン退治だって思い込んで……調子に乗っちゃったんです。単独行動をしている方に片っ端から声をかけて勧誘活動をしているんですが、ノアさんは既に退治屋を組んでいますよね?」
 ああ、やっぱりこの子は自分のことを知っているようだ。それも別のベクトルで。ノアは妙にほっとした。
「うん。とても頼りになる相棒がいる」
「リーダーが気を取られている今がチャンスです、逃げてください……。あと、本当にすみませんでした」
「ありがとう、恩に着るよ」
 ノアのお礼に、女性はぺこりと頭を下げた。その一方で。口汚い罵り合いはどんどんヒートアップしていき、奥からすっとんできたギルド職員たちが二人を羽交い絞めにして争いを無理やり止めるのが見えた。

 後日、再び報告書提出のためにギルドへやってきたノアは、「口喧嘩禁止」「勧誘禁止」の掲示が増えていることに気が付いた。数枚の報告書を持ったまま固まるノアに、声が飛ぶ。
「……こまめに持ってくることってできないの?」
 かんざしから垂れ下がる石の飾りをキラキラ輝かせながら問いかける彼女は、本当に機嫌が悪いわけではないらしい。この問いかけは形式だけのものであり、当然答えも同じ意味を持つ。
「善処します」
 ノアは苦笑しながら、受付担当の女性に書類を手渡した。
「よろしい」
 受付担当の女性はくすくす笑った。
「あなたを勧誘した人たち、厳重注意を受けたのよ」
「えっ、本当?」
「片っ端から一人でいる人に声かけて、ナンパよりタチが悪いわよね」
 夜明けを思わせる色をした瞳を輝かせて、女性はハンコを押していく。名札に「Shino」と綴られているのが見えた。
 ――今度から名前で読んだ方がいいのだろうか。いつまでも「あの」とか「すみません」と呼びかけるのは失礼だろうか。とはいえ名前で呼ぶのはやや馴れ馴れしいし……。
「いいわよ?」
「え?」
「名前。好きに呼んでちょうだい。あなたの連れは初対面から『シノちゃん』ってブチかましてきたから、それに比べたら気にならないわよ」
「…………あとでキツく言っておきます」
「気にしないのに」
 シノは笑顔でオーケーサインを出した。不備はなかったようだ。
 お礼を言い、ノアがギルドを出ようとしたその時、見覚えのある四人組とすれ違った。随分と覇気のない男を先頭にぞろぞろと依頼書掲示エリアへ歩いていく。最後尾にいた女性だけがノアに気づき、ぺこりとお辞儀をしたので、ノアも軽い会釈を返した。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)