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【短編小説】夢の描き方

 待ち合わせ場所を間違えたのかと思ったのは、ノアだけではなかったらしい。隣のラスターがちゃっかり地図を広げて、自分たちが来た道を確認している。
 目の前でふんぞり返っている少女は肩からそこそこ大きなカゴを下げており、右手には虫取り網を握っていた。さながら昆虫採集に向かうつもり満々のようにも見えるその姿に、二人そろって面食らったというわけだ。
「あなた方がナナシノ魔物退治屋さんですね!」
 少女は鼻息荒く、宣言した。
「さあ、精霊探査に出かけますよ!」
 対してノアとラスターは沈黙する他なかった。
「さあ、精霊探査に出かけますよ!」
 それを「聞こえなかった」と判断したらしい少女に、ノアは慌てて「違います」と言ってしまった。
「え、あなたたちはナナシノ魔物退治屋じゃないんですか!」
「そうではなくて……えっと」
 すでに相手のペースに飲まれかけているノアに対し、少女はむむむ……と怪訝そうな表情をして見せる。
「いや、精霊探査って聞いていたんですがね。あなたが虫取り探検に行くようないでたちだったもんですから……」
 見かねたラスターが助け舟を出すと、少女はさらに怪訝そうな表情をした。
「馬鹿にしてます?」
「いや、全然」
 ジェスチャーを付けた否定を少女は不本意ながらも信じてくれたらしい。
「私はですね、大賢者になりたいんです! そのためには精霊と契約してすっごい力を手に入れないとならないんです!」
 ノアが考え込んでしまった。気持ちはわからなくもない。まず、精霊と契約したからといって大賢者になれるわけではない。次に、精霊との契約自体が相当難易度が高い。最後に、そもそも精霊は虫取り網には入らない。
「精霊を捕まえに行くとして、どこにいくんだ?」
 ラスターがやんわりと尋ねると、少女はあからさまなため息をついた。
「魔物退治屋のくせにそんなことも分からないんですか? 使えないですねぇ。で、も……」
 少女はポケットから一つの装置を取り出した。
「それは?」
「これは精霊発見装置です! これを起動すると、精霊の魔力に反応して、精霊のいる場所を教えてくれるんですよ」
 少女はラスターの手に装置を置いた。自由に見てくれという意味だ。
 装置は手のひらにすっぽり収まる程度の大きさで、下側に魔力の量を示すメーターがある。今は針が中央に来ている。精霊の魔力を察知しているのだろう。そこからもう少し右に針が振れた場合は、精霊が魔術を扱っている可能性がある指標になるらしい。一番右側のエリアは赤く、そこにくるとエラー表示らしい。右側に装置のスイッチがあり、左上にはランプがある。針を見なくてもこのランプの表示で精霊の魔力が大体どのくらいあるかがわかる仕様になっているらしい。エラーランプは様々な色に光ってエラーの要因がどれなのかを教えてくれる親切設計。
 どのみちヤバい装置だな、とラスターは思った。ノアのほうをチラリと見ると何かを察した顔をしている。
「あ、信じてないですねその顔はっ! これはあちこちで出回ってるパチモンじゃないですよ! 銀貨二百枚の本物ですから。現に私の装置は今! お二人が少し前に精霊と接触したと示しています」
 ノアとラスターは顔を見合わせた。
 確かにキュローナ村の依頼の際、二人は偶然ヒョウガとコガラシマルに再会している。その装置がコガラシマルの魔力に反応しているというのであれば納得はできるが、問題はその依頼からすでに何日も経過しており、何なら村からここに戻ってくるのに三日はかかっている。仮に精霊の魔力が頑固な油汚れのごとくこびりつく類のものであるならわかるが、さすがにそこまでひどいものではないはずだ。
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
 何もかもをあきらめたかのような様子であるラスターとは裏腹に、少女は嬉しそうに胸を張った。
「商業都市アルシュで、私と契約してくれる精霊を探す手伝いをしてほしいの!」



 商業都市アルシュ。
 ソリトス王国で二番目に大きな都市であり、商業が発達している。反魔力ナシアンヒュームの傾向が強く排他的な王都よりも、ある意味では最も様々な人が集まっているといえよう。だから依頼人の少女――ハルがこの都市を選んだのは合理的といえば合理的だ。
「なぁ! ハルちゃん!」
 ラスターが耳をふさぎながら、声を張り上げる。
「その装置ほんとに大丈夫なのか!?」
 今、ハルの精霊発見装置は、彼女の手の中でこれでもかというくらいに発見通知の音を叫んでいた。
「……れは、……い反……」
 ハルが一生懸命何かを説明するが装置の音で何一つとして聞こえない。ラスターに関しては耳をふさいでいても大音量の通知音に耳をやられそうになっている。盗賊という職業柄、耳はいいほうだ。それが今あだになっている。
「装置のスイッチを切ってくれ!」
 ラスターが叫ぶと同時に、ノアが覚悟の突撃。ハルが一瞬怯んだ隙をノアは見逃さなかった。やたらうるさかった装置はぴたりと黙り込み、残ったのはこちらに対する白い視線だ。
「よし!」
 ノアがうまくその場をごまかそうとするが、あまり意味はなかった。
「それで、結局ここに精霊がいるってことか?」
「いや、ただいるだけならこんな音は出ないはず」
「つまり! 精霊が魔術を使っているってことですよね!」
 ハルはきらきらした表情でノアを見たが、ノアは複雑な顔をしていた。
 なぜなら、その魔力反応が見られたのが、
「ギルドの内部で誰かが魔術を展開してるってことか?」
 ラスターの問いにノアは答えられなかった。この魔力反応が本当ならば自分たちも魔術の効果範囲内に足を踏み入れたことがあるという事実が目の前にぶら下がってしまう。
「もしもそうだとしたらどんな魔術なんですかね? わくわく」
「ノア、どうだ?」
 簡易的な魔力探知をしてみるが、ノアは魔力の反応を感じることができなかった。たまに反応を感じて顔をそちらに向けるも、ギルドの利用者が何かしらの目的で魔術を扱っているだけだった。それに、もしもギルドという場所に魔術が展開されているとすれば、魔力探知をした時点である程度の反応があるはずだ。ノアの魔力探知から逃れられるレベルの精霊となれば、相当な実力を持っているということになる。どのみちうれしくない話だ。
 ラスターは窓からギルドの様子を伺った。いつも通りのギルドだ。特に変わった様子はない。報酬が少ないと文句を言うやつもいれば、自分たちの受けた依頼がどれだけ大変だったかを情緒たっぷりに語っているやつもいる。特段おかしなところはなかった。
「ギルド職員に話を聞いてみるか?」
「話を聞いてどうするの?」
「怪しい奴がいたらわかるはずだ。商業都市アルシュのギルドに何らかの魔術をかけそうな不届きものが」
 ハルは何が何だかわからないという顔をしていたが、ノアが「ギルドの人に精霊の居場所を聞いてみよう」というと素直に納得していた。
 ギルドの扉を恐る恐る開けるが、特に変わった様子はない。試しに例の装置のスイッチを入れてみたくもなったが、またあのやかましい音を鳴らしたら今度こそラスターが倒れてしまうだろう。
「何よ、まるで新米魔物退治屋みたいな振る舞いして」
 シノが呆れたようにして声をかけてきた。ラスターは片手をあげて軽く挨拶をした。
「シノ、聞きたいことがあるんだ」
「なぁに? あたしにわかることなら何でもいいわよ」
「最近、ギルドに怪しい人が来なかった?」
 ノアの問いに、シノの眉間にしわが寄った。
「ギルドに出入りする連中なんて、みんな多少は怪しいと思うけど」
 それはそうだ、とノアは思ったが、なんとか言葉を飲み込む。
「実は――」
 事情を説明すると、シノは何かくすぐったそうに笑った。
「何よそれ、精霊族の魔力を探知する装置? そんなものあるわけないじゃない。だまされたのよ」
「確かに粗悪品や偽物も多く出回ってるけど、これは割とちゃんとしたところの装置だよ。主に遺跡の発掘で使われる類のやつ」
 シノの表情がこわばった。そして、装置のことをまじまじと見つめた。
「本当なの? レプリカとかじゃなくて?」
「おそらくは。ラスターに頼めば――」
「そこまでしなくていいわ」
 少し慌てているかのような声色で、シノは食い気味にノアを制した。ハルはシノのことをじっと見つめている。見とれているのだろうか。
「だって、壊れてるんだもの」
 シノの衝撃的な言葉に、全員が飛び上がった。魔力量を示す針は右に振り切れたままで、装置のスイッチを入れても音が鳴る気配すらない。
「元々壊れていたってことか?」
 ラスターが信じられないといった様子で呟いた。ハルに装置を手渡されて外観を見たときには壊れていなかった。この場所にかけられている魔術の魔力がそれだけ強烈ということなのだろうか。だが、エラーランプの表示を見る限りでは強い衝撃か何かで壊れたらしく、魔力過多が原因ではないらしい。
「俺がランプを見逃したってことか?」
「ラスターが見た後に壊れたんじゃないかしら? どのみち、ここに魔術がかかっているってこと自体が間違いってことよ」
「えぇ……こんなでっかいランプを見逃してたら俺ショックで寝込むんだけど」
 ラスターの口調はジョークを言っているときのものではなかった。半分本当にショックを受けているらしい。だが、現在においてはもっとショックを受けている人物がいた。
「ハル、大丈夫?」
 ノアがやさしく声をかけるが、ハルは目元をひくひくと痙攣させていた。それもそうだ。やっとの思いで購入した銀貨二百枚の装置がまともに役に立つ前に壊れてしまったのだから。
「だ、大丈夫。べ、別に、泣いてなんかない……」
「まだあきらめるには早いよ、装置を直してもらえばいい」
 ノアはラスターのほうを見るが、ラスターは渋い顔をしていた。そう、この装置、中身を見る手段がない。外装のどこにも開けられるような場所はなく、裏面をよく見るとノミの大きさの文字でこう書かれている。
「この装置は使い切りです」と。
 おそらく装置の仕組みそのものに修理を不可能とする機構が組み込まれているはずだ。そうであるのならば、耐水性等の観点から装置の中身を見れなくするほうが合理的ではある。
「や、やっぱり、無理なんだ。あはは……」
 絶望のあまり笑い出したハルを、ノアは慌ててギルドの外に連れ出した。
「……あの子が、依頼人?」
 残されたラスターに、シノが問いを投げる。
「精霊と友達になって、大賢者になりたいんだってさ」
 ラスターはシノのほうを見ずに答えた。いつも通りのギルドの光景を、本当に信じてよいのか迷いながら。
 ハルは壊れた装置を手にとぼとぼと道を歩いていた。銀貨二百枚。こつこつとためてきた銀貨二百枚。商業都市アルシュを選んだのが間違いだったかもしれない。もっと小さな地方都市から始めたほうがよかったかもしれない。
 歩くことに集中できない。ふらつく様子を見て声をかけてくれる人がいた。大丈夫です、と告げても信じてもらえないので、元気よく走って見せた。そうするとみんな安心した顔をする。
「やっと追いついた!」
 だから、そういわれたとき、ハルはちょっと笑ってしまった。
 ノアは本当に息を切らせて、ハルのもとにやってきた。ふらふらと歩いているだけかと思えば立ち止まり、急に走り出しては立ち止まり。小柄な彼女を追いかけるのはなかなかに骨が折れる、というのが正直なところである。
「あ……そうでした、報酬を」
 ハルは財布を見ようとしたが、ノアがそれを止めた。
「そもそもの話をするけれど、君はどうして大賢者を目指してるの?」
「そんなの決まってるじゃないですか!」
 ハルの大声に通行人が何人か振り向いた。が、ハル本人もノアもそちらにかまう余裕はなかった。
「魔術師はみんな大賢者の称号を目指すものなんですよ!」
 目をぎらつかせたハルが語気強く語るさまを見て、ノアはそういうものなのか、と思った。ノアだって魔術師の端くれではあるが、大賢者だった父を尊敬こそすれ、自分も大賢者になろうと思ったことはなかった。ただ、魔術師はみんな自然に賢者や大賢者を目指すので、どちらかというと異端なのはノアなのかもしれない。
「それで、どうして精霊との契約が必要だと思ったの?」
「そりゃあ、精霊と契約していたほうが有利だからですよ」
 完全に嘘である。
 精霊と契約すれば、確かに魔力量は増大する。が、増えすぎた魔力を扱いきれなくなったり、最悪体が耐えられなくなる場合もある。何よりも契約した精霊と魔力の性質が同じになるため、扱える魔術の種類はひどく狭まるのだ。
「歴代の賢者で精霊と契約していたのは数えるくらいしかいなかったと思うけど」
 故に、精霊と契約した魔術師はそのジャンルの魔術を極める以上のことをしなければ賢者になれないのだ。
「だって! 私みたいな平凡な魔術師は、精霊の力を借りるしかないんです!」
 ……魔術の才能というのはどうしても生まれつきの性質によって左右される。精霊と契約した結果才能を開花させたタイプの魔術師もいるが、それだって賢者になれるかと言われると微妙なところではある。
「精霊と契約すれば賢者になれるというわけではない、っていうことは分かってる?」
「もちろんわかっています。でも、このままじゃどのみち賢者になれませんから……」
 そういう意味では、生まれつき賢者になれる人間となれない人間というのは決まっているのかもしれない。実力が努力で埋め合わせできる程度であればまだいいのだが……。
「ハルは賢者になったら、何をしたいの?」
「だから、魔術師はみんな……」
「うん。俺が話してるのはその先の話。賢者になった後、どうしたい?」
「そりゃあ、お金をいっぱい稼いで、お母さんにいい暮らしをさせてあげるんです」
「優しいね」
「そうでもないです。私、長女なので……」
「それは、賢者じゃないとできないこと?」
 ハルが言葉を詰まらせる。
「精霊と契約するとメリットもあるけれど、デメリットだってあるよ。そこまでして賢者にならなくても、もっと他の選択肢もあると思わない?」
 雑踏が動き続けている。それぞれの目的地に向かって足を動かしている。本屋に入る人がいれば、喫茶店から出てくる人もいる。
「私は賢者になれないってことですか?」 
 ハルはノアのほうを見ずに問いかけた。
「それは俺には分からないけど、もしかしたら他の方法があるんじゃないかなって」
「…………」
 店先からおいしそうなにおいが漂ってきた。ハルのおなかが「ぐう」と鳴った。
「何か食べようか?」
「い、いえ。それよりも、ありがとうございます」
「ん?」
「ノアさんの言葉で目が覚めました。ちょっといろいろ考えてみます。装置が壊れたのはちょっとまだ立ち直れそうにないですけど……勉強代として考えます」
 ハルの手にある装置は、もうランプもついてはいなかった。

「なんか知らないうちに解決してたみたいだな」
 ギルドに戻ったノアとハルを見たラスターは開口一番そんなことを言った。
「はい。なんかちょっとふっきれました。装置が壊れたのはちょっとまだ立ち直れそうにないですけど……」
「まぁ、世の中賢者より賢者じゃない方の人が多くてもうまく回ってるんだ。なんとかなるさ」
「ありがとうございます」
 財布を取り出そうとしたハルに、ノアは「報酬はギルド経由の受け渡しでいいよ」と告げた。といっても銀貨五十枚程度の依頼なので、ここで現金払いでもノアからすれば問題がないのだが。
 カウンターに向かうハルの姿を眺めながら、ノアは考え込む。
「ここにかかってる魔術のことか?」
「ああ」
 結果的に壊れてしまったとはいえ、精霊の魔力を感知する装置に反応があったということには間違いない。誰が何のために、という点に関しては分からないままだが、何かが起こる前に動いた方がいいかもしれない。
「精霊の話ならコガラシマルに聞くのが早いんだろうけど。弱ったな、別れ際にどこに行くのか聞いておけばよかった」
「ちょっと探ってみる」
「できるの?」
「まぁ、ギルドが攻撃にさらされてるとしたら地区にも影響が出るだろうからな。海のことは漁師に問えとも言うし、情報屋にも共有しておきたい」
 ノアはもう一度魔力感知をしたが、やはり反応はなかった。少し離れた受付からシノが「またやってる」という顔をしているのが見える。ノアはなんだかいたたまれなくなって、魔術の展開をやめた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)